第四〇話 集落探し、開始
村長さんの時と同じように、バリーに宛てた手紙にも諸々の事情が書いてあったんだと思う。家に上がっても、すぐにあれこれ聞かれることはなかった。
バリーの家は、何か袋に入った……ゴミで散らかっていて、横並びで歩くには手狭。半身で通らないと厳しい場所もあった。
「茶なんてものはない。構わんな」
「うん。村長さんにももらったし」
リビング……いや、リビングらしき部屋に辿り着くと、バリーは少し汚れたソファに座るよう、わたしたちに言った。バリーはその向かいの地べたに座ると、大きなため息をこぼす。
「す、すみません……突然押しかけて」
「まったくだ。俺も忙しいと言うに」
忙しいか……ならこのゴミの山も仕方ないのかな。生活ゴミ、にしては臭わない。別に臭いってわけじゃないし。
「このゴミの山は?」
「ちょっ、アニュエっ……」
ギロリと睨まれた気がするけど、気にしない。
「材料の余りやら出来損ないだ。捨てるのが面倒になってきてな」
「じゃあ、バリーも鍛治師か何か?」
「兄者はそうだが、俺は小物屋だ」
そう言ってバリーがそばの袋から取り出したのは、ひん曲がった指輪。失敗作ってやつか。
……ふむ。小物屋、か。
「そんな話はどうでもいいだろ。お前たち、小物を買いに来たわけでもあるまいし」
「あっ、そうだね。まあそうなんだけど」
ちょっと考えたこともあったけど、今はいい。今は関係のない話だ。
わたしたちがここに来た本来の目的は、恐らくこの近くにあるであろう『赤の集落』の捜索。そのための拠点探しだ。
「なに、事情は書いてあった。大体のことは分かった」
わたしが話を切り出す前に、バリーから話を切り出してくる。しかし、バリーはその後に、『が……』と続ける。
「やめておいた方がいい」
「……集落探しを、ですか?」
のっけから否定されて、思わずお姉ちゃんがそう口にした。バリーは首を横に振る。
「いや、この家に泊まることを、だ。散らかってて汚いぞ」
いやそっちかい。思わずソファから転げ落ちそうになった。
「掃除すればいいんじゃない?」
「さっきそれが面倒だと話しただろ」
「な、なんなら私たちもお手伝いしますけど……」
そう提案すると、少し悩んだ素振りを見せたバリーが、やがて首を縦に振る。
「別に、お前たちがそれで構わないのなら問題ない。重労働だぞ」
「慣れてるし。ね、お姉ちゃん」
「まあ、掃除くらいなら……」
要はゴミを放り出して潰して、家の中を水洗いすればいいわけだ。魔法を使えば一瞬だし、余裕余裕。
「……って、そうじゃなくて」
セルフツッコミ。違う、そうじゃない。わたしたちの目的は集落探しだって。ほぼおじさんの家を掃除しに来たわけじゃないんだって。
「バリーは、なにか知らない? 『赤の集落』のこと」
わたしがそう聞くと、バリーは小さくため息をついた。
「そのことだがな。何十年とこの村で暮らしてきて、微塵も心当たりがない。本当にこの近くにあるのか?」
「お母さんがここに来たときの状況を考えると、そうでないとおかしいんだよね。だから、それはほぼ確実」
おじいちゃん曰く、お母さんは全身に酷い火傷を負ってこの村にやってきたらしい。まだ小さな女の子がそんな状態で長い距離を移動できるはずがないし、乗り物にでも乗っていれば、それこそ別の誰かがお母さんを助けているだろう。
それが事故にせよ他者からの攻撃にせよ、どのみちこの近くに集落がないとおかしな話になってくる。というか、そうであってほしい。じゃないとここまで来たの無意味じゃんってなるし。
しかし、ここでまたしてもバリーが首を横に振る。答えはおおよそ予想がついているけど。
「俺も、名前自体は兄者から聞いたが……普通、集落なんて規模のものがあれば、すぐに誰かが気付くだろ?」
「まあ、そうなんだよね。普通そうなんだけど」
そりゃあそうだ。赤の『集落』なんて言うくらいなんだから、それなりに人は暮らしているはず。そんなものがこの近くにあれば、長年この村に暮らしている人間ならば、気付くはず。
現実は、気付いていない。地図にも載っていないくらいだ。そこがおかしい。
考えられるとすれば……見当違いな場所を探しているか、あるいは、集落自体が『隠れている』か……。
そうなると困りもんだな。ただでさえどこにあるか分からないのに、それが隠れてるってなったらどう探せばいいんだって話だ。
でもね。だからと言って、諦めるわけにもいかない。
「……でも、さ。わたしたち、見つけなきゃいけないんだ、赤の集落ってやつ。お母さんのことを知るためにも」
「はい。時間がかかることも、大変なことも分かってます。それでも、見つけたいんです」
「お前たち……」
無駄足になってもいい。でもきっと、集落を見つけることで、何かお母さんのことを知ることができるはずなんだ。
だから、大変だからって諦めるなんてこと、できやしない。意地でも見つけてやる。
わたしたちの言葉を聞いて、バリーは大きなため息をついていた。なんだか、呆れているようだった。
「呆れた?」
「いや……少し懐かしいと思ったんだ。あの子によく似てる」
「お母さんに、ですか?」
「ああ」
聞けば、お母さんも昔は少し意固地なところがあったんだそう。今の私たちにそっくりだったって。へへ、流石血が繋がってるだけあるね。
「手伝えることはあまりないが、応援はしよう。少し面倒だが、この家を綺麗にする良い機会だしな」
「ありがとう、バリー」
「ありがとうございます!」
バリーの協力が得られたところで、物陰から音がした。振り返ると、そこには腕を組んだケルティ。あれ……いたんだ。全然気付かなかった。気配隠すの上手いな。隠す意味あった?
「話、まとまった?」
「こっちは。ジョセフのことは大丈夫なの?」
「うん、バッチリね。で、こっちの話もまとまったみたいだし」
ケルティはジロジロと、家の中を舐め回すように眺めた。
「家の掃除ってのは、私の方でやっとくよ。一緒に行っても、手伝えること少ないしね」
これはありがたい申し出だ……なんだけど、それはそれで気が引ける。ここ最近、ケルティにあれやこれやと押し付けてばかりな気がする。ちょっとは休んでもらいたいとも思うんだけど……。
「い、いいの? ケルティさんに雑用ばかり押し付けてる気が……」
「お姉さんに遠慮なんてしないの。掃除なら得意だし」
何故かその部分を強調したケルティが胸を張る。流石お姉さん。お胸も大きい。わたしたちとは大違い。年齢の差だと思いたいね!
「そういうわけで。よろしくね、おじさん」
「おう。自己紹介も無しにおじさん呼びとはな。よろしく頼むぜ」
……あはは。こっちはこっちで、なんか上手くやっていけそうな雰囲気あるな。任せても良さそうだ。
そんじゃまあ、当面の宿は確保できたし、村長さんにもバリーにも挨拶できたし……わたしたちは、わたしたちのやるべきことをしにいきますか。
「じゃあ、任せるね、ケルティ」
「はいよ。頑張ってね」
「ケルティさん、バリーさん、行ってきます!」
「おう、気を付けてな」
二人に見送られ、わたしたちはバリーの家を後にした。
とは言ったものの、村を覆う広大な森の中から集落を見つけ出すのは、そう簡単なことじゃない。先の見えない探索に、既に体が重くなっていた。
「はあ……『木を隠すなら森の中』とは言うけど、探す方の身にもなれってね……」
「あはは……仕方ないよ、地道に探そう?」
お姉ちゃん、元気だなぁ。旅についてこられて嬉しいのかな。そりゃあ、何も知らないまま学園にいるよりは、気分も晴れるだろうけど、そこまでウキウキするかね。普通。
ま、そんくらいウキウキしてなくちゃ、集落探しなんてやってられないからね。お相手が隠れてるっていうから尚更。
しかも、今回の探索で面倒なのは、『下手に別行動をとることができない』ってことだ。まあ人手が足りてないって言われてもそうなんだけど。
現状、『赤の集落』はお母さんの故郷ではあるけど、『絶対安息の地』ではない。もしかすると、幼い頃のお母さんのように、わたしたちが狙われることもあるかもしれない。
前世で剣聖と呼ばれていたわたしならともかく、お姉ちゃんは……何かあった時、助けるのが間に合うとも限らない。だから、基本は一緒に行動するしかないんだ。別行動の方が効率はいいんだけどね。
……ま、完全に当てがないかって言われると、そうでもなかったりする。
遠い昔、お母さんは火傷を負った状態で現れた。森の方から。丁度、村の入り口とは正反対の辺りの森からやってきたらしい。だったら、真っ先に探すべきはその近辺。妥当な判断だ。
「でも、おかしな話だよね」
「何が?」
足場の悪い森の中を歩いていると、不意に、お姉ちゃんがそう口にした。
「集落っていうくらいなんだから、誰かが知っててもおかしくないとは思わない?」
「だから、集落ごと認識できないようにしてあるんだろうね。たとえば土の中とか」
あとは、魔法で。とにかく、人の目の当たらない場所か、人の目そのものを逸らしているか。そうでもしないと、何十年とバレずにいるのは難しい。
「それって、何のためなのかな。そこまでして隠れる意味って?」
「さあね。ものすごいお宝を隠し持ってるとか」
「あー、なるほど」
隠れてる理由は分からない。そもそも、赤の集落ってのが何なのか分かってないからね。文字通りの集落なのか、何かの暗号なのか……。
うーん、なんか考えるのもしんどくなってきたな。考えるより動いてた方が楽かも。体は重いが。ちゃっちゃと見つけてしまいたい。
ちゃっちゃと見つけてしまいたい、が……。
「……お姉ちゃん」
「うん、分かってるよ」
生き物の気配だ。それも、こちらに殺意を向けている。この単純で本能的な殺意は……獣だな。
二人揃って剣を抜く。詳しい数までは分からないが、お姉ちゃん側とわたしの側、両方の木陰から気配を感じる。少なくとも二匹はいるな。
「やれる?」
「もちろん。これでも元副会長なもので」
「そりゃ安心」
したところで、木陰から低い鳴き声と共に影が飛び出してくる。獲物の正体は、野生のオオカミだ。
わたしの方は、一、二、三……四匹。お姉ちゃんの方は三匹か。
まずは一匹。一番先頭にいたオオカミの頭部を真っ二つに切り上げ、呆気なく殺した。
二匹目、それでも変わらず突っ込んできたオオカミの喉元に、おじいちゃんお手製の剣をズブリと突き刺してやった。
三匹目と四匹目は、瞬く間に殺された同胞を見て、一時後退。わたしから距離を取った。
オオカミに気を配りながらも、お姉ちゃんの方に視線を向けると、舞でも舞っているかのように、ひらりひらりとオオカミの牙を、爪を躱しながら善戦していた。既に一匹は地に伏しており、二匹目は切り傷だらけ。おっと、流石は学院会副会長。こっちは無傷か。やるね。
「負けてられないな、っと!」
一気に距離を詰め、三匹目の頭部を切り刎ねる。天高く舞った頭部を見てびびったのか、四匹目は背を向けて逃げ出した。ありゃりゃ、敵前逃亡か。逃げられるとでも思ってんのか、犬っころ。わたしたちを食おうとしたこと、せめて犬みたいなキャンキャン鳴いて詫びろ!
「烏……落としっ!」
毎度恒例の『飛ぶ斬撃』。一直線に飛来した斬撃は、そのままオオカミの体を上下真っ二つに切り裂き、その奥にあった木の幹を両断して消えた。
……おっと。最近また強くなっちゃったかな。それとも、戦ってきた敵が強すぎて、手加減が下手になってる? 気を付けないとな……。
あ、それよりも。
「お姉ちゃん、どんな感じ……」
そう言いながら振り返ると、お姉ちゃんが丁度、最後のオオカミにトドメを刺しているところだった。頭を串刺しか、わぉ容赦ない。人のこと言えんが。
お姉ちゃんは串刺していた剣を引き抜くと、剣を二、三度振って血を飛ばした。たぶん、わたしの方も終わってるって、音で分かってたんだろう。鞘に剣を納めると、ひらりと優雅に振り返る。
「お疲れ様、アニュエ」
「わぉ、優雅……これが格の違いってやつか……」
「……何の話?」
「ううん、なんでも。こいつらの死体片付けてから、先に進もっか」
疑問符を浮かべ続けるお姉ちゃんを無視して、オオカミたちの死体を土葬アンド超火力火葬。これで群がってくる奴らはおらんだろう。その辺に飛び散った血は……水で洗い流しとくか。変に残しておくと、あとで厄介だしね。
さてさて、それでは先に進むとしましょうか。願わくば、手掛かりくらいは見つけたいもんだね。




