第三十九話 母の故郷
旅を始めて、八日目。馬車で走るわたしたちの目の前に、小さな村の風景が現れた。方向や距離、特徴から考えて、その小さな田舎村が、おじいちゃんの故郷である【バッツァ】で間違いないだろう。
「見えてきたねぇ」
「うん。たぶん、あの村だよね?」
「だと思うよ。この近くには他の村もないみたいだし」
ケルティが地図を広げ、そう言った。だったら、あれがバッツァなんだろう。おじいちゃんの故郷で、そして、お母さんが育った場所。
な、なんか……ドキドキしてきたな。別に悪いことしてるわけじゃないし、わたしたちは犯罪者ってことでもないんだけど、なんか緊張してきた。なんでだろ、初めて行く村だからかな。
「それじゃあ、行くよ」
「お願い」
現在、馬車を操縦しているのはお姉ちゃん。返事をすると、お姉ちゃんは馬を村へ誘導した。
馬車が村に入るなり、付近にいた村人たちが、物珍しそうに集まってきた。みんな背が低い。遺伝的なところもあるんだろうか。そういえば、おじいちゃんも小さいしな。ドワーフと見間違えたくらいだ。
やっぱり、田舎村ってだけあって、ヴェガ村と同じように、旅人とかあんまり来ないんだろうな。だから珍しいんだと思う、わたしたち。
取り敢えず……向かうべきは村長さんの家か。おじいちゃんから手紙も預かってるし、何より、村に滞在するなら許可をもらわないと。何も言わずに居座るのもあれだし。
ケルティに目で合図をして、二人で馬車を降りる。そして、村人の中で一番高齢そうなおばあちゃんに声をかけた。
「珍しいね。旅人さんかい」
「うん。わたしたち、この村の村長さんを探してるんだけど、どこにいるか分かる?」
やっぱり、旅人は珍しかったらしい。わたしがそう聞くと、おばあちゃんは答えてくれた。
「ナルジェのことかいね。それなら、あそこに見える大きな家さ」
おばあちゃんが指差した先に、確かに、他よりも少し大きな家があった。『ナルジェ』という村長さんはそこに住んでるらしい。
「ありがとう、おばあちゃん」
「いやいや。ナルジェに何か用かい?」
「そんなとこ」
わたしの質問が終わると、今度はケルティが声をかけた。流石に、馬車のまま村長さんのところまで行くのも気が引ける。少しの間だけでも、どこかに停めさせてもらえないかという相談だ。
「あと、それから……入り口の近くで、この子と馬車、少しの間停めさせてもらってもいいですか? 私が見張ってるので」
「どうぞどうぞ。好きにしてくださいな。どうせ他になんも通らんからなぁ」
「ありがとうございます」
おばあちゃんは快く頷いてくれた。いや、このおばあちゃんが何者かも分からないけど、そんなポンポン許可してくれていいもんなのかな。後で村長さんにも聞いておくか。
それからすぐ、おばあちゃんの号令で村人たちは解散した。ちょっと偉い人なのかもしれない。正直助かった。あのままだと動きづらかったからね。
「じゃあ、アニュエちゃんとオリビアちゃんは、村長さんのところへ行ってきて。私は一応部外者だし、ジョセフの世話もしなくちゃだから」
さっきまで御者席にいたお姉ちゃんは、今はケルティと入れ替わっている。ケルティを仲間外れにしているようで申し訳ないけど、ジョセフを単独で放置しておくのも良くないし、確かに一人は見張りが必要だ。
わたしとお姉ちゃんは目を見合わせて頷く。ここはケルティの言葉に甘えるとしよう。
「分かった。話が終わったら、一旦戻るよ」
「ケルティさん、また後で」
「うん。後でね。私も、余裕があれば話聞いたりしてるよ」
そう言って、ケルティと別れた。
そして、お姉ちゃんと二人、歩いて村長さんの家へ向かう。『ナルジェ』と書かれた手紙はバッチリ手に準備済み。わたしたちが口で説明するよりも、これを読んでもらった方が早いと思うから。
玄関口に立ち、扉を叩く。一度目は反応がなく、二度目で返事があって、すぐに家主が現れた。
どことなく、おじいちゃんと同じような雰囲気を放つ、おじいちゃんよりさらに歳を取ったおじいちゃん。長い髭も生えてて、ほんと、ドワーフみたいだ。
「可愛らしいお嬢さんたちじゃのぉ。どちらさんかな」
「わたしは【ノーブリス】からきたアニュエ。こっちはお姉ちゃんのオリビア。村長さん……で合ってる?」
「いかにも。わしが村長のナルジェじゃ」
合ってた。わたしは手に持っていた手紙を、村長さんに手渡す。
村長さんはそれを受け取ると、訳が分からないといった風に、眉間を狭めた。宛名が書いてるだけだから仕方がない。
「ノーブリスのゴルゴス・アクアノスから。村長さんを頼れって手紙を預かってるの」
「ゴルゴス……? また懐かしい名じゃのぉ……開けて良いか?」
『どうぞ』、と言うと、村長さんは封を切って中の手紙を読み進めた。
読み進めてすぐに……驚いた表情で、手紙とわたしたちの顔を交互に見るようになった。わたしは手紙の内容は知らないけど、たぶん、わたしたちが『ラタニア・オッグフィールド』の娘だということが書かれていたんだろう。
それからも深刻な表情で手紙を読み進めていき、三通あった手紙を読み終えると、重く息を吐き出す。
「……立ち話もなんじゃ。取り敢えず、中に入らんか」
わたしたちは頷いて、村長さんの後についていった。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します……」
家に入ると、ノーブリスでは感じられなかった木の匂いがした。ヴェガ村ではよく感じてた匂いだ。なんだかすごく懐かしい。
村長さんは居間へ向かうと、わたしたちにそのまま待っているように言った。甘い飲み物を淹れようって。おじいちゃん、わたしたちの好みまで書いてくれてたらしい。
言われた通り、わたしとお姉ちゃんは隣り合って座る。隣に座るお姉ちゃんが、妙にそわそわしていた。
「どしたの、お姉ちゃん」
「なんだか、緊張して……」
その気持ちは分からんでもない。わたしだって、前世の記憶があってなお、初めて行く街とかドキドキするし。お姉ちゃんだってまだこの歳だし、緊張するのも仕方ない。
ただ、少なくともこの村は安全な場所のはず。冷や汗を掻く必要はないはずだ。まあ仮に危険な場所でも、わたしがいれば大抵なんとかなるだろうけど。
「緊張することないよ。おじいちゃんの故郷だし。それに、お母さんの育った場所でもあるんだし」
わたしがそう言うと、お姉ちゃんは少し緊張がほぐれたのか、落ち着きを取り戻していた。
「そっか……そうだよね」
「そうそう」
そのタイミングで、村長さんが戻ってきた。トレーにカップが三つ。どっかで見た光景だ。この村の人、客人を絶対にもてなしてくれるな。よいぞ。
「待たせたの」
「あ、ありがとうございます」
わたしたちの分は甘いホットミルク。お姉ちゃんも甘い物好きだから助かった。
村長さんはわたしたちの向かいに座り、そして、自分の分の……なんだろ、コーヒーかな。それを飲みながら、もう一度手紙を読み進めていた。
「……あの夫婦が村を出てから、もう何年だろうな。トルネラは亡くなったと書いてあった。残念じゃ」
二通目を読み終わった辺りで、村長さんがそう言葉にした。トルネラ……ってのは、おじいちゃんの奥さん。わたしたちからすれば、おばあちゃんみたいな人。一度会ってみたかった気持ちはある。
村長さんはもう一度、じっくりとわたしたちの顔を眺めた。わたしを見て、お姉ちゃんを見て。『ふむ』と息を漏らすと、何か納得したのか、一人で頷き始める。
「言われてみれば、どこかあの子の面影があるの。髪色なんてそっくりじゃぁないか」
「あの子って、お母さんのこと?」
状況的にそれしかないけど、あえて聞いてみた。村長さんは、静かに頷いた。
「明るい子じゃった。村の大人はみんな憶えとるじゃろ。それくらい、可愛らしい子じゃった」
『可愛らしい、の……』
手紙にどこまで書いてあるのかは分からない。けど、その様子からして、大まかな事情は書いてあるんだと思う。そうでないと、協力を仰ぐに仰げないわけだし。
村長さんの中には、昔の、可愛くて明るかったお母さんのイメージがある。そこから、村を滅ぼすなんてことをするお母さんが連想できないんだろうね。
目を瞑り、暫く俯く村長さん。そして顔を上げると、わたしの方を見て言った。
「……村でのことを何度も話すのは辛いじゃろう。大体の事情は分かった。事が済むまで、この村におるのは構わんよ」
好意的な返事だった。それに、配慮も。そりゃあ、わたしだって可能な限りは話したくない。思い出すからね。その辺りを考えてくれるとこ、やっぱり歳取ってる人は違うな。
「ありがとう、村長さん」
「ありがとうございます」
二人で頭を下げた。村の長の許可があるとなれば、我が物顔で滞在したとしても問題はない。いや、我が物顔なんてするつもりはないよ。喩えだよ、喩え。
それからは少し、世間話をした。どうやってここまで来たのか、とか、おじいちゃんは元気か、とか。めっちゃ元気だと答えておいた。
そうやって話している最中も、村長さんの目はずっとわたしたちに向いていた。話しているときは相手の目を見る……ってことじゃない。わたしたちから微かに感じる面影を見ているようだった。
「……懐かしいのぉ。見れば見るほど、昔のあの子にそっくりじゃて」
「そう? どっちの方が似てる?」
「ふむ、そうじゃな……」
村長さんは少し悩んで、お姉ちゃんの方を向いた。
「……オリビアちゃんの方がよう似とるの。目元なんかそっくりじゃ」
「あー、確かに。お姉ちゃんの方が、お母さんの血、濃く出てる感じするよね」
「そ、そうかなぁ?」
そうだよ。髪色もお母さんに近いし、目元口元もそっくり。お母さんをわたしたちくらいの年齢まで若くしたとしたら……うん、似てる似てる。
火の魔法の才能といい、見た目といい、お姉ちゃんの方がお母さんの血を濃く受け継いでるのかもしれない。そういうのあるからね、血統とか。わたしがお母さんとお父さんの割合で半々くらいだとすれば、お姉ちゃんはお母さんが四でお父さんが一くらい。そのくらい似てる。
まあ、わたしも似てるっちゃ似てるって言われるし、おじいちゃんなんかは初めて会った時に少しは気付いてほしかったけどもね。めっちゃ扉叩いてたことにめっちゃ文句言われたからね、わたし。
そんな世間話を暫く続けて、唐突に、村長さんが手を叩いた。
「そうじゃ。バリーのところへ案内しろと書いとってな。どうじゃ、今から向かうか?」
バリー、ってのはおじいちゃんの弟のことか。わたしたちからすれば……おじさん? おじさんになるのか。たぶん。
淹れてもらったホットミルクはおかわりまでして飲み干した。元々、村長さんにはこの村に滞在する許可だけをもらう予定だったし、もう用は済んだと言ってもいい。
あ、でもその前に、ケルティに報告しにいかなきゃだな。ジョセフが泊まる場所も確保しなきゃいけないし、村長さんにもついてきてもらうか。
「村長さん。わたしたちの仲間と馬が村の入り口で待ってるんだけど、この村、馬小屋あったりする?」
「馬小屋なら村の集会所にある。バリーの家への行き道じゃ。ついでに案内しよう」
「ほんと? よかったよかった」
あるみたいだ。よかった。屋根もないところにずっといてもらうのもあれだし、ね。
村長さんを引き連れて三人で村の入り口へ向かうと、わたしたちを見つけたケルティが手を振っている。どっかで見たな、これ。
「話は終わった?」
「うん。お待たせ」
ケルティの手にはブラシ。ジョセフの世話をしてる真っ最中だったか。
「ケルティさん。村の集会所に馬小屋があるみたいなの。ナルジェ村長が案内してくれるって」
隣で、村長さんがウンウンと首を振っている。ケルティはブラシを腰のベルトに差し込んで、ジョセフの首の辺りを撫でた。
「分かった。ジョセフ、行くよ」
『ヒヒィィィン』と大きな声で、ジョセフが鳴く。あまりに大きな声だったもんで、近くの村人がビクリと仰け反って驚いていた。す、すみませーん……。
入り口から少し歩いて、これまた大きな建物に到着する。村長さん曰く、これが集会所らしい。
隣には、確かに馬小屋が併設してあった。空きはまだありそうだ。
「じゃあ、私は集会所の人に挨拶しておくね。終わったらまた迎えにきて」
「りょーかい。行ってくるね」
そこにケルティとジョセフを置いて、わたしたちは再び解散。今度はおじいちゃんの弟であるバリーって人のところだ。
家は、集会所からそう離れてはいなかった。到着するなり、村長さんが扉を思い切り、何度も叩き始めた。えちょっと待って、そんなに叩くことある?
「バリー。バリー!」
「うるせぇっ!!」
ドーーーッンと大きな音がして、扉が内側から蹴破られる。いや、破られてはない。蹴り開けられた。いやそりゃ怒られるでしょ。そんな叩いたら。
現れたのは、これまた立派な髭のおっちゃん。やっぱりドワーフなんかな、この人たち。みんな見た目一緒なんだけど。
あと、めっちゃキレてる。そりゃそうか。
「そんなに叩かなくても聞こえてんだよ、おっさん……なんの用だ」
「お前にお客さんじゃ。ほれ」
え、このタイミングで紹介する? 紹介の仕方奇抜すぎない?
「……誰だ?」
「……わたしはアニュエ。こっちはお姉ちゃんのオリビア」
「あの、私たち、ゴルゴス・アクアノスさんの紹介でここに来たんです。弟の……バリーさん、ですよね?」
手紙を渡しながら挨拶をする。バリーは訝しんだ顔をしながら、その手紙を受け取る。
「兄者の……?」
村長さんとは違って乱雑に封筒を破ると、手紙に目を通し始めるバリー。反応はこっちも似たようなもので、驚いた表情をしてわたしたちの顔を見た。
「……そうか、嫌に見覚えがあると思ったら、あの子の……」
「頼めるか、バリー」
手紙を読み終え、バリーは髪をくしゃくしゃと掻き始めた。
「まったく、ろくに帰ってこないと思ったら、面倒ごとを押し付けやがって……」
そして、家の中へ入り、親指を立てて家の中へ入るよう合図をした。
「上がれ。部屋は余ってる」




