第三十五話 おじいちゃんからの贈り物
翌朝——いや、昨日、夜遅くまでお姉ちゃんと話していたせいで、わたしが目覚めた時にはもう昼前だった。お姉ちゃんはもういない。授業を受けにいったんだろう。
今日は約束の日。お母さんの武器を作ったっていうおっちゃんが、わたしの剣を完成させてくれるはずの日だ。
そして、この町で過ごす、最後の日でもある。この剣のことこそ、この町での『最後のやり残し』だからだ。これが終われば、もう心置きなくバッツァへ行くことができる。
わたしは早速準備をして、おっちゃんの家へ向かった。いつもみたくノックをすると、三度目で扉が開かれた。
「おう、来たか」
「うん、来たよ」
待っていた、という風な様子で、おっちゃんは現れた。その様子を見るに、もう剣は完成しているんだと思う。
「まあ、入れ。お前さんも待ちきれんじゃろ」
「待ちきれん」
四日も待った。この世界に来てからのわたしは、木剣以外に剣を握ったことがない。おっちゃんの打ってくれた武器が、この世界で初めての『真剣』だ。楽しみにしていて何が悪い。
新しい武器ってのはなぁ! ロマンの塊なんだよ!
ってのが、わたしの持論。剣聖時代からのね。
おっちゃんの後をついて、数日ぶりに家の中へ入る。前来た時よりも、ちょっぴり散らかっていた。
「剣は工房にある。試し斬りもして構わんぞ」
「まじ!? って、工房? そんなのあるの?」
試し斬り、のところに浮かれたけど、そもそもこの一軒家に工房とかあったのか。よくよく考えりゃそうだな。工房がなけりゃどこで剣打つんだって話。
工房は地下にあった。階段を降りて他のとは明らかに違う分厚い扉を開けると、ザ・工房って感じの工房が広がっていた。
どんな工房かって? ……工房だよ。
今現在は釜に火はくべられておらず、部屋は天井の灯りで照らされている状況だ。その中心には、黒い鞘に納められた一本の剣が鎮座している。
「それが?」
「うむ。抜いてみるといい」
言う通りに、剣に歩み寄った。
鞘は、さっきも言ったけど黒。先端と根元が鉄で保護されているが、他は黒一色。
剣の鍔はシンプルだ。なんの飾りっ気もない。ただの金色の四角い板といっても違いないくらいに。
柄は鞘と同じ黒。握ると、不思議とずっと昔から使っていたみたいに、手に馴染んだ。
剣を台座から取り外す。左手で鞘を持ち、剣を引き抜く。刀身が、天井の灯りで照らされて、鋭く煌めいた。
わたしが使っていた木剣よりも、少し大きい。ただ、あの木剣も少し小さく感じていた頃だし、今後もう少し成長することも考えれば、このくらいがちょうどいい。
何度も言うけれど、不思議だ。なぜだかずっと昔から、この剣を使っていたみたいな。そんな感じがする。手の大きさも測ってもらったから、その大きさに合わせて作ってはくれてるんだろうけど、それにしても不思議だ。
「あの子の鎌を作って以来の作品じゃ。安心せい。思っていたより、腕は鈍っておらんかった」
「自信作、ってことね」
「疑うなら、振るってみるか?」
自信満々に、不敵な笑みを浮かべながら、おっちゃんがそう言った。言いながら、台車に乗った大きな岩を運んできた。準備いいな。疑ってなくても振らせる気満々じゃねーか。
「別に? わたしだって武器の良し悪しくらい、見ただけで分かるよ。振るわなくても……ねっ!」
——斬ッ!
脱力状態から始め、神速の斬撃を放つ。上から下に、岩の芯を捉えた正確無比な斬撃は、まるでバターでも斬るかのように、台車ごと岩を斬り裂いた。やっちまったな?
「「あ……」」
珍しく、声が重なった。岩と台車は、真ん中ですっぱりと裂け、がしゃりと音を立てて倒れてしまう。
「……いい剣だね」
「流石にそこまでやるのは想定してなかったがの」
ですよね。わたしも想定してなかった。
剣をほんの少し保護するくらいのマナは込めていた。でも、それだけだ。威力や切れ味にはなにも手を加えてない。とすると、これがこの剣本来の切れ味なのだということになる。
……え、なにその恐ろしい剣。そんなことある?
「全く、試し斬りだと言うておるのに……で、どうじゃ。馴染むか?」
「正直……想像の遥か上、って感じ。お世辞抜きに『すごい剣』だよ」
「わしが打ったんじゃ。当然じゃろ」
当然かどうかはさておき。こんな剣が打てるなんて、ほんとにおっちゃんってすごい鍛治師だったのか。別に疑ってたわけじゃないけど……なんか、ただのおっちゃんって感じじゃん、普段。
おっちゃんは剣の状態が見れて満足したのか、はたまた想像通りの出来で満足したのか。工房から出ると、わたしを呼んだ。
「どれ。他にも渡したいものがあるのでな。一旦、上に戻るとしよう」
「んえ? 分かった」
剣を鞘に納め、手に持つ。腰に差そうかと思ったけど、元のホルダーは木剣用に仕上げてあるから、これじゃ差せないんだよな。帰ったら作るか。そのくらいならわたしでもできるし。
再びおっちゃんのあとを追って、リビングに戻ってくる。おっちゃんは着くなり、わたしのココアと自分のコーヒーを淹れに、台所へ向かった。
そして、戻ってきたおっちゃんの手には、二つのカップが乗ったトレーと、それから、器用に手とトレーの間に挟んだ封筒。横着するなぁ。分けて持ってきたらいいのに。
「ほれ、飲みながら話そう」
「ありがと」
ココアを受け取って、飲む。甘い。いいね。ここ最近疲れてたから、甘いものが頭に染み込んでくる。
「そんで、その封筒は? またお母さんからの手紙?」
「いや。どちらかと言えば、わしからの手紙じゃ」
その二通の封筒——手紙を、わたしに渡してくる。なんだか真新しい手紙だ。まるで、ここ数日の間に用意した、みたいな手紙。
「お前さん、【赤の集落】探しのために、バッツァへ向かうと言っておったな」
「うん。明日にでも出発するつもり」
「集落探しは時間がかかる。その間、恐らく拠点はバッツァになるじゃろう。わしは付いてはいけんが、何か手伝ってやりたくてな」
おっちゃんは、わたしの持つ手紙の一通を指差し、言った。その次に、もう一通を指差し、また言った。
「一つは村長宛に。もう一つは、わしの弟に宛てた手紙じゃ。きっと、村にいる間、お前さんを助けてくれる」
おっちゃんから、バッツァの人に向けた手紙。中身は分からないけれど、どうやら、村にいる間わたしを助けてくれるように書いてくれているらしい。
まさか、そんなものを用意してくれてるだなんて思ってなくて、思わず変な声が出た。
だってだって。おっちゃんは頼んでもないのにわたしの剣を打ってくれたんだよ。それだけでもかなり助かるし、出来上がったのがこんなすごい剣だなんて嬉しいし。テンション上がるし。
それなのに、それ以上のことまでしてくれるだなんて、予想しないじゃん?
「そんな……剣を打ってくれるってだけで助かってたのに。そんなことまで、いいの?」
「何……わしも、真実を知りたいんじゃよ。あの子が、どうしてそんなことをしたのか。いや、それが本当に、あの子だったのか」
コーヒーを飲みながら、おっちゃんが言う。
わたしがバッツァへ行き、赤の集落を見つけること。それがきっと、お母さんの真意を探ることに繋がると、おっちゃんは信じているんだろう。だから、こうして応援してくれてる。
……と思っていたら、おっちゃんは静かに首を横に振った。
「それに。あの子はわしの娘みたいなものじゃ。そうなれば……アニュエ」
アニュエ。名前を呼ばれた時、なんとなく違和感があった。その正体にはすぐに気が付いた。何度か会ってきた中で、おっちゃんは基本、わたしのことを『お前さん』って呼んでいた。名前を呼ばれたのは、これが初めてなんだ。
おっちゃんはわたしのことをじっと見つめている。でも、その瞳は優しい。まるで、そう……家族を見るような目だ。
「アニュエ。お前は孫娘みたいなものじゃろ。ジジイが孫娘を助けるのは、当然のことじゃて」
「おっちゃん……」
孫娘、か……そっか。お母さんの育ての親がおっちゃんなんだとしたら、わたしからすれば、おじいちゃんみたいなものなんだ。
……そっか。おじいちゃん、か。
「アニュエ。真実を追うことを止めはせん。お前は不思議な子供じゃ。見た目よりもずっと、中身が先に進んでおるような気さえする。お前ならきっと、真実を突き止めてくれる」
「……」
なかなかに鋭い。気さえするんじゃなく、そうなんだよな。中身が進んでんだよ、十五年ほど。そんな無粋なこたあ言わないけども。
「じゃから、気を付けて行ってこい。全部終われば、また顔を見せてくれ」
「おっちゃん……」
止めはしない、か。でも、心配してくれてるんだよね、これ。そんな風に言われたら、なにがなんでも、無事に帰ってくるしかない。
そんで、お母さんの真意を確かめて、解決して。もし可能なら、お母さんと一緒に帰ってくる。それが、おっちゃんへの恩返しになるのかな。
「……分かった。約束する」
「ならばよい。これ以上は何も言わんさ」
優しく微笑むおっちゃん。
わたしは鞄から、昨日稼いだルグが入った袋を取り出した。もう一つの袋に三万ルグほど取り分けると、それを机に置く。
「これ。今、あんまり手持ちがなくてさ。少しでも足しになればいいけど」
おっちゃんはその袋を……ぺいと弾き返した。
「何を言っとる。受け取るわけなかろ」
「え? でも、わざわざ剣を作ってもらったのに?」
めっちゃ嫌味ったらしい顔をされる。なんだその顔。剣作るのにも材料費もろもろかかるだろうに。タダ、ってわけにもいかないだろう。
当然、これで剣の代金が足りていると思ってるわけじゃない。こんなすごい剣、三万ルグ程度で買えるわけないし。数十万単位になるだろうけど、それは無いから、出世払いで。全部解決して、自由な時間ができてから返そうと思っていた。
そんな思惑は、簡単に砕かれるわけだけども。
「孫娘へのプレゼントに、金銭での見返りを求めるジジイがどこにおると言うんじゃ」
「プレゼントって……」
「さっきから言っとるじゃろ。また顔を見せろと。見返りはそれで構わん」
おっちゃんはそう言うと立ち上がって、厄介払いをするようにわたしを玄関へと追いやった。
「ほれ。準備も終わっとらんのじゃろ? さっさと行かんか」
「ちょちょっ、こけるこけるっ」
剣と二通の手紙。受け取るものを受け取って、わたしは、玄関から追い出された。確かに準備は終わってないけど、そんなに急いで追い出すことないじゃん。なんだ、柄にもないこと言って恥ずかしくなったか? だからそんなに顔が赤いのか? お?
わたしは扉の前に立って、おっちゃんの顔を見た。見返りはいらない、って言ってたけど。わたしが孫娘だって言うなら、これくらいはしてあげないと。
「どうした、アニュエ」
「いぃや? 行ってくるね、おじいちゃん」
おじいちゃんにそう言って、わたしは駆け足気味に立ち去った。去り際、振り返っておじいちゃんに手を振ると、呆れたように振り返してくれた。
「……可愛い孫娘じゃのぉ、全く。お前もそう思わんか、トルネラ」
アニュエがいなくなった後、誰もいない部屋の中で、爺さんはそう呟いた。
次回。第1部・2章『爆弾魔事件』、完結




