第三十三話 聞き覚えのある名前
犯人への尋問を終えたわたしは、そのままの足で学園を離れ、街へとくり出していた。お目当ては地図。『爆弾魔騒ぎ』も解決して心残りもなくなったし、明日、剣が完成したら街を出ようと思う。
そのためには地図がいる。【ノーブリス】を目指していた時はそんなことも頭になくて、方角だけは分かっていたから、ただがむしゃらに歩いていたらケルティに拾われたわけだけど、残念ながら次も上手くいくとは思えない。というかあれ、よく考えたら、ケルティと会ってなかったら無理だったな。
なので。今日と明日は【バッツァ】までの旅の準備だ。この二日で準備を整えて、明後日の早朝にはこの街を出たい。食料品は明日揃えるとして、今日はその他諸々の雑貨。地図とか着替えとか、その辺りを買い揃えていこうかと思う。
問題は……お金だ。旅の準備というのは何かとお金がかかるものなんだ。わたしは現在無一文。準備とか冗談でもほざけたもんじゃない。まずはお金を稼ぐところから始めないといけないんだよな。
もちろん、お姉ちゃんに借りる、って案もあったんだけど……いつ返せるか分からないし、額が額だし。おっちゃんには剣を打ってもらってるんだし、できればおっちゃんにも少しお金払いたい。無銭、ダメ、絶対。
というわけで……手っ取り早く稼ぐには何をすればいいか、だ。仕事する? つってもそんなに早くは稼げない。
この状況で一番効率が良いのは……狩りだ。狩りをしてその素材をギルドに売りつける。ギルドなら即金で素材を買い取ってくれるし、面倒な手続きもない。この世界にも、この街にもギルドがあることは既に確認済みだ。
ギルドに売りつけるなら……それなりに大きな獲物、或いは、珍しい獲物が好ましい。素人でも狩れるような獲物じゃ売値も知れてる。ドラゴンでも現れてくれれば話は早いんだけど、流石にそんな都合よくないんだよな。地道に狩っていくしかない。
因みに、ここに来る途中で偶然出会ったモーガンさんに話を聞いたら、隣にいた補佐のレイオスさんが、『この時期なら、北の森のキンツノグマの角がオススメ』って言ってた。モーガンさんも同意してたし、そのキンツノグマってやつをいっちょ狙ってみることにする。
というわけで、北の森までやってきた。標的が現れるのは森の奥の方らしいので、いっそのこと最深部まで行っちゃえということで、最深部でござる。
今回獲物となるキンツノグマは、その名の通り額に『金色の角』が生えたクマで、その強さによって角の数や大きさが変動するらしい。
歴代で最高だと、角の数が三本。うち二本が一メートルを超えてたんだってさ。一メートルの角だよ。わたしと大差ねえじゃん。
そんで、この角が薬の材料なんだと。キンツノグマの繁殖が盛んなこの時期だと、今のうちにストックしておこうって、ギルドが積極的に買い取ってくれるらしい。
あと、オススメな理由として、持ち帰るのが角だけでいいから、一度に沢山持ち帰れるのが良い、とも言ってた。確かにそれはいいね。高く売れるものでも嵩張って運ぶのに時間がかかったら意味ないし。
「……グォォオオ……」
そんなわけで……早速見つけちゃったし、狩り開始だ。
キンツノグマ一頭目は一本角。角の長さは一〇センチくらいか。小さい。が、まあ一頭目からそんな当たりを引けるとは思っていなかったし、こんなもんでしょう。
早速剣を抜いて戦おうとして……そんで、思い出した。
いつかの誕生日にお父さんに買ってもらった、二本の木剣。一本は村と同時に消滅し、もう一本には……あの黒いスライム戦で、ヒビが走ってしまっていた。
そりゃあそうだ。いくら戦う時にはマナで保護しているとは言え、元はただの木剣。耐久性は最低クラス。そんなもので、赤いフードと戦い、アランとも戦い、あのスライム戦でも酷使したんだ。むしろ、まだ折れていないことが奇跡とも言える。
このまま使ってもいいけど、三、四頭狩った辺りで完全に折れてしまいそうだ。それほど強い相手でもないし、剣が無くても支障はないと思う。
ぃよっし。久し振りに、剣を使わずに戦ってみるか。(自称)剣聖ちゃんとはいっても、剣以外がからっきし、ってわけでもない。戦う手段なんてたっくさんあるわけだし。
取り敢えず、火の魔法は厳禁。今回は森の中だし、一歩間違えば大火災。消火できないこともないだろうけど、被害ゼロとはいかないと思うし。使うのはあくまで、火以外の魔法。
それから、角ごと消滅させてしまうような技も禁止。今回は修行じゃなくて素材集めなんだから。程々に。
……さて、やるかぁ。
「……こんなもん、かなぁ?」
ご飯も食べずに、どれくらい狩りをしていただろう。犯人のところには朝一で向かって、そこから森に来たから……森に来た時間は、朝と昼の間くらい? まだ太陽は落ちてないし、暗くもなってないから、今は昼過ぎってとこか。
角を入れるために用意していた、わたしの身の丈くらいはある袋も、もう満タン。そこら中に角が折られたクマの死体が転がっている。
何体くらいやったんだろ。三〇超えた辺りから数えてないや。
「……ちょっと、やりすぎたかな」
なんか最近、アランやらあのスライムやら、それなりの強敵とばかり戦ってたから感覚が狂ってるけど、そうなんだよ。普通の敵ってこんなもんなんだよ。魔法の槍で貫いたら一撃で死んでしまうようなやつなんだよな。うん。あいつらがおかしいんであって。
それはともかく……これ以上狩ったところで、角ももう押し込めないしなぁ。なんとか全部押し込めてるって感じだし。
はぁ……いったん帰るか。足りなかったら、また来よ。
それから。街に戻ってきてギルドへ直行。あ、ギルドっていうのは、色んな職業の人たちが集まる大きな組織のこと。狩人や武器職人、薬師や学者、錬金術師などなど……素材が欲しい職人や、素材を買い取ってほしい狩人たちが、その需要と供給を満たすために組織されたもの。それがギルド。分かりやすく言うなら、大規模な商店街だ。
今回わたしは、お金が欲しくてキンツノグマを狩り、その角を集めた。それをギルドに売り付けることで、わたしはお金を得る。
今度は、薬を作るための角が欲しい薬師たちが、ギルドからその角を買い取る。
つまり、需要と供給。ギルド自体も、こういう売買の時に手数料を付けて、その利益で運営してる。便利だよねぇ。
売る時も買う時も、ちょっぴり手数料がかかっちゃうから、高価買取安値売りの個人店に比べればちょっと損はしちゃうけど、その分、数が揃ってることも多いし、基本、即金で買い取ってくれる。よほどのゴミじゃなければね。
【ノーブリス】にも当然の如く、ギルドはあった。これだけの大都市なら当然。木製の扉を押して、中に入ると、わいわいとうるさいくらいに賑わっていた。ギルドって基本こんなもん。
その喧騒の中から『買取』の看板を探して、その列に並ぶ。結構な列だ。ちょっと時間かかるかもな。まあいいや。予定より早く狩りも終わったし、まだ時間に余裕もある。そう焦ることもない。
……焦ることも、ない?
(……なに、この人たち)
なんだか、周りからやけに視線を感じる……気がする。別に殺意を向けられてるとか、そういうわけじゃないんだけども。なんだなんだ。なに変なものを見るような目で見てるんだ。
と、思ったりもしたけど。よくよく考えたら、わたし、まだ十一歳だね。背も低いし。そりゃあこんな小さい女の子が列に並んでりゃ変な目で見るわ。わたしだって見るもん。
「嬢ちゃん。前、空いたぞ」
「んえ?」
後ろにいたゴリラみたいな図体のおっさんに言われ、見てみれば確かに前方最後尾から少し距離が空いていた。失敬失敬。みんながあまりにじろじろ見るもんだから、気が散っちゃって。
ゴリラみたいなおっさんは、わたしが前へ詰めても、尚、話しかけてきた。
「嬢ちゃん。小さいのに偉いな。おつかいか?」
そう言われ、少しムッとした。いや、分かってるよ。分かってる分かってる仕方ないけど、見ず知らずのゴリラに『小さい』って言われたら、微妙に腹立つな。これでも精神年齢は二十六歳だぞ。ぽくないけど。
「いや? お金がいるから素材売りにきただけだよ」
「おお、そうか。それは悪かったな。まだ小さいから、てっきりおつかいかと思っちまった」
……いいよ。ぐすん。どうせわたしは小さいもん……お母さんたちも小さいし、今後伸び代もないもん……小さいままだもん……。
くっそ。なにが悲しくてギルドに来ただけで『子供のおつかい』だと思われなくちゃならんのだ。この年頃だったら狩りくらいするだろ! 男の子なら!
男の子!!! なら!!!
おっさんは澄まし顔で、わたしが背負ってた袋に目をやった。外から見れば中身がぎっしり詰まった袋だ。もちろん全部キンツノグマの角。この数を集めるのはなかなか骨が折れた。というか途中で飽きた。同じ獲物を狩り続けるのってしんどい。
「ところで、えらくぎっしり詰まった袋だな。薬草でも積んできたのか?」
「ううん? 薬草なんて拾っても大したお金にならないでしょ。時間が惜しくてやってられないよ」
「ってこたぁ狩りでもしてきたのか。小さいのによくやるなぁ」
そう話してるうちにも列は進み、意外と早くわたしの番が回ってきた。
「どうも、こんにちは。君、買取希望だよね?」
「あ、うん。これ」
背負っていた袋を、どさりとカウンターに置いた。受付のお姉さんがおっさんと同じような澄ました顔で袋をひっくり返し……そして、どさどさどさと山のように流れ出てきた金色の角を見て、顔を引き攣らせた。
「……ねえ、君。これ、何?」
「キンツノグマの角。薬になるから高く買い取ってくれるって、知り合いが言ってたから」
あっさりと言ったわたしに、お姉さんとおっさんはどん引いていた。
「えっと……誰かの、おつかい?」
「……わたしが狩ってきたんだけど」
またも、お姉さんはどん引いていた。なんだその化け物見るような目。ちょっと傷付くんだけど。
おっさんはおっさんで、なにやら冷静にぶつぶつと呟いている。
「確かに、キンツノグマなら、大人の狩人数人で囲めば安全に狩れるが……嬢ちゃん、実は人の皮被った化け物だったりするか?」
「するかっ!!」
誰が人の皮被った化け物かっ! 十一歳の女の子に向かって!
……と、言い返したいところだったけど、幼女の皮被った剣聖なんだから、意味合い的にあながち間違ってもいないことに気が付いた。そうか。わたし今、人の皮被った化け物と同じような存在なのか……。
そんなやり取りをしている間に、受付のお姉さんは平静を取り戻したらしく、少し震える手で角を鑑定し始めた。
「え、えっとぉ、ちょっと待ってくださいね……計算しますので……」
これだけの数だ。計算にもそこそこ時間はかかるだろう。というか、なんで急に敬語?
うーん、どれくらいになるだろう。目測で七十本くらいか? 一本当たり一〇〇〇ルグくらいとしたら、七万ルグくらいにはなってくれるかな。それだけあれば旅の準備には十分足りるだろう。
尤も、狩人数人で安全に狩れるような獲物なんだから、一本一〇〇〇ルグの値が付くかも怪しいけど。
お姉さんは計算を終えたらしく、計算用の道具の結果だけをこちらに見せてきた。えっと、ひい、ふう、み……。
「はい。ではこちら、キンツノグマの角七十三本の買取金額が九万ルグ。手数料を頂きまして、八万五五〇〇ルグになります」
おっと。予想よりも少し上だったな。手数料っていうのは、ギルド運営のための売り買い時のアレのことだろう。えっと、九万ルグのうち……あ、分からん。そういう難しい計算は無理。
しかし、八万ルグ強か。思ったより多かったな。これだけあれば旅の準備も問題なくできるだろう。流石、高値買取中というだけある。
「すごいな。角の買取一回で、この額弾き出してるやつは初めて見た」
「私も初めて見ました……流石に、これだけの数を持ってこられる方はおられなかったので……」
「そんなに多いの?」
素朴な疑問。おっさんもお姉さんも呆れた顔をしていた。なんでだよ。
いや、確かに、強敵っちゃ強敵だよ? 一撃で木を根本から抉り取るくらいの攻撃力はあるし、あの巨体からは想像もできないような速さで動くし。
でも、氷の槍一撃で死ぬし。あのスライムに比べたらかなり狩りやすい。魔法使いでもいたら簡単に狩れるんじゃないの?
「数人で安全に狩れるっつっても、流石に体力気力にも限度ってもんがあるからな」
「ああ〜体力気力」
そこら辺考えてなかった。そりゃあ、七十三体ぶっ続けで狩るのは簡単な話じゃないか。何日かかけてやるもんなんだろうね。
「ところで嬢ちゃん、これ、どれだけかけて集めたんだ?」
「えっと……朝から始めて、さっきまで」
「……やっぱり、人の皮被ってるだろ」
「被っとらんわっ!」
なんだこの失礼な物言いのおっさん。あながち間違ってもないから余計に腹立つわ。
そんなコントを繰り広げていると、お姉さんが困った顔をした。
「え、えっと……取り敢えず、後ろにも列があるので……」
ハッとなって後ろを見ると、わたしたちの後ろに長蛇の列ができていた。おっとすまん。夢中になってた。他にもカウンターはあるけど、どれもいっぱいいっぱいだ。
「おっと、すまんすまん。つい、な」
「ごめん。すぐにどくよ」
「すみません……」
わたしは受付のお姉さんからルグの入った袋を受け取ると、すぐにその場を離れようとした。
「嬢ちゃん、面白いな。俺はリック。リック・オルゴーン。またどっかで会ったら飯でも食おうや」
そんなわたしの背中に、おっさんがそんな言葉を投げてきた。
「ん。どっかで会いそうな気がする。じゃあね」
「おう」
なんとなく、またどこかで会いそうな予感がしたから、そう返しておいた。そのままギルドを後にして、本屋へ向かって足を進める。
そして、その瞬間に、何かが頭の中に引っかかるような感じがした。
「……ん? オルゴーン?」
あのおっさんの名前……どこかで聞いたような、気がする。気がするんだけど、どこで聞いたんだっけ? 学園?
ま、いっか。忘れてるってことは、そんな仲の良い人じゃないってことだし。気にしないことにしよう。
「……ぶぇっくしょいっ!」
「大丈夫ですかい、アランさん」
「いや……なんか、誰かに噂された気がするんだが……まあ、気のせいだろ」
その頃。野盗改め『アニュエ戦士団』の副長、アラン・オルゴーンが、どこかでくしゃみをしたそうな。




