第三十二話 供述
『爆弾魔騒ぎ』の犯人をとっちめてから二日。犯人が捕まったことで、学園はやっと元の状態に戻った……って、モーガンさんが言ってた。今まではあまり外出するなだとか、学園全体がピリピリしてたとか、色々あったらしい。
お姉ちゃんやジスも同じようなことを言ってて、ジスなんかは特に、『やっと見回りから解放されますぅ〜』だなんだって喜んでた。ジスの性格からして、それなりに苦痛だったんだろうな。分かるよ、その気持ち。
逆に、ボロボロになった腕を見られたこともあって、お姉ちゃんにはしこたま怒られた。『無茶しすぎ!』ってね。ただ、そのあと経緯を詳しく説明したら、渋々ながらも納得してくれた。あの時はわたしがやるしかなかったし、仕方なかった、と。
会長さんからはこれはもうあり得ないくらい褒められたし、絶賛されたし、あと撫でられた。妹いるんだって、会長さん。妹にはデレデレらしい。あの顔で。武人って聞いてたんだけどな。おかしいな。めっちゃ頭撫でられた。
それから、会長さんに先生も混ざって、来年は是非学園に来てほしいって。特待生として迎え入れるからって。大袈裟な。そんな大層なことはしてないんだよなぁ。会長さんくらいなら、たぶん、あのスライム相手でも戦えたと思うし。わたしだって、黒幕は逃してるからね。
まあ、そんなこんなで……二日。今日は、あの日だ。そう、あの日。
「こんちゃ」
「ひぃっ!?」
そう。犯人が目覚めて、学園側の尋問が終わって、そんで、わたしの番。
なんとこの学園、自前で地下牢まで持っている。すごい。その地下牢に閉じ込められていた犯人は、わたしの顔を見るなり、化け物を見るような目で怯え切っていた。こちとらお前に片腕持っていかれてるんだけど、そんな化け物を見るような目で見ないでほしい。どちらかと言うとお前の方が化け物だったし。
椅子に鎖で拘束された男のその目の前に座る。少し目線が高くなるように設定された椅子。恐怖のあまりか、男は逆にわたしから目を逸らそうとしない。
「そんなに怯えないでよ……わたしだって別に、弱いものいじめがしたくて来たわけじゃないんだから」
「じ、じゃあなんだよ……お、俺になんの用だよっ!」
噛み付くように吠える。おーおー、粋がっとるわ。
ちょっと態度が小生意気だったので、剣で脅してやろうかとも思ったけど……残念ながら、剣の持ち込みは許可されてないんだよね。それに、あの木剣はもう使えないし。
だから、脅すにしてもやり方は考えなくちゃいけない。え、弱いものいじめはしないって? あはは。別にしないとは言ってない言ってない。
なので、とりあえずわたしの座ってる椅子の、肘掛の部分を思い切り殴りつけておいた。音だけすごい。鈍ッ、っていうその音だけで、生まれたての小ジカみたいにプルプル震えるんだもん。
え? いじめてないいじめてない。これは円滑に話を聞くために必要な行為だよ。
「……いくつか聞きたいことがあるんだよね。あ、ほんとにいじめる気はないから。素直に答えてくれたら何もしないよ」
「……お、俺だって、他の連中にはもう全部話したぞっ」
わたしは一応、この学園からすれば部外者。事件を解決した特権と、学院会副会長であるお姉ちゃんの妹だからという理由でこの尋問を許してもらってるけど、そこにも条件はあった。学園側の尋問が全て終わってから、っていう。わたしが初めに尋問して、犯人殺しちゃったりしたらまずいからね。別に、そこに文句はなかったし、いいんだけど。
で、その学園側の尋問とやらで聞き出した情報も、会長さんからはある程度教えてもらった。みんな、わたしが黒幕である可能性をかなぐり捨てて、かなり信用してくれてるんだけど、良い人すぎて不安になるな。
会長さんが聞き出した情報とやらは、主に、犯人の動機と、手口、それから黒幕のことなどなど……その中でも、黒幕のことは、こんなことを言っていた。
「あれ、おかしいな。わたし、会長さんから、『犯人は黒幕のことを何も知らないとしか答えてくれなかった』って聞いたんだけど」
だってさ。動機とか手口のことは教えてくれたけど、黒幕のことは『知らない』の一点張りだったって。
「本当だっ! 俺はあいつのこと、何も知らないんだよ!」
「『あいつ』、ってことは、見た目は知ってるんだよね。直接会ってはいるのか」
「……それは……」
図星だったのか、口籠る男。
男とあの仮面が直接接触していない可能性もあった。何らかの形で、『黒贄』のことを教えたり、あのスライムを与えたり。
あ、でも、声だけで連絡していてても『あいつ』って表現を使うか。ま、引っかかってくれてラッキー。
直接の接触があったことが確認できたわたしは、さらに男を問い詰めていくことにした。
「白い仮面をつけたやつ。男か女かは分からないけど。違う?」
「な、なんでっ……」
なんでと言われましても。
そうか。こいつ、最後にあの仮面が出てきた時には気絶してたから、見てないのか。
「そいつの名前は?」
「い、言えないっ……殺されるっ……!」
首を振って、怯えながらそう言う男。
だろうね。二日前の時点でも言ってた。口を滑らせて、だとか、契約、だとか。
わたしとしては、無関係だけど、死なれるのは後味悪いし……けど、死なれる前に聞き出せる情報は聞き出したいしなぁ。脅して話してくれるなら話は早いんだけどさ。
「……まだ分かってないみたいだから言うけど、言わないなら、わたしがあんたを殺す。どっちがいい? わたしなら、できる限り苦しめてから殺すんだけど」
少しだけ殺気をぶつけた。余計に怯え出す男。
そして、考えたのだろう。この場にいない黒幕よりも、今、目の前にいて殺気を放ってきたわたしの方がやばいと。
青ざめた唇を、少しずつ開く。
「な、名前は分からない……でも、自分のこと、『調停者』っていってた……」
『調停者』。言葉自体の意味は理解できるけど、それが名前となるとまるで理解できなくなる。
「『調停者』? 男? 女?」
「わ、分からない……」
性別は不明、と。おっちゃんもそこは分からないって言ってたし、仕方ないか。
しかし、『調停者』、ねえ……何を調停したいのかは分からないけど、名前だけ見ると穏やかなんだけどな。
「で、『黒贄法陣』のことはその『調停者』とやらに聞いたんだ」
「そうだ。この世界にはない技術だって……」
「知ってる。魔法陣だよ。たぶん、この世界にはない」
「お前、一体なんなんだっ……?」
この反応を見るに、やっぱりこの世界には、『魔法陣』という技術も知識も存在しないみたいだ。『黒贄』のことが分からなくても無理はない。
でも、そうなると、あの仮面は……。
「あの黒いスライムみたいなのは?」
「わ、分からない……やばくなったら使えって言われてたんだ。使えば、強くなれるって……」
確かに強くなってた。それは間違いない。そんで、あれはこいつの所有物じゃなくて、『調停者』が与えたもので間違いないと。
そういえば、こいつ、気になること言ってたっけ。わたしが『黒贄』の最後のピースを見つけて、破壊しようとした時に現れて……その時、なんて言ってたっけ。
「……あんた、最初にこう言ってたっけ。『本当に来てるじゃん』って」
それだとまるで、わたしがあの場に来ることが、初めから分かっていたような。男は、怯えながら頷いた。
「あ、あいつから聞いたんだ。あの日、あの場所に、『黒贄法陣』の完成を邪魔するやつが来るって……」
また『調停者』か……。なんだそいつ、予言者か? 『黒贄』のことを教えて、変なスライムまで与えて、その上わたしがあの場に現れることまで知っていた?
……そうだ。おっちゃんも変なこと言ってたな。なんだっけ。『予言の少女を助け、影を追え』、だっけな。
予言、予言かぁ……いったい、何者だ? 未来でも見えてるのか?
「な、なあ、もういいだろ……? もう何も知らないんだ、本当なんだよ……」
考え込んでいると、痺れを切らした男が、そんな風に切り出してきた。もう怯えるのに疲れたってところだろう。この様子を見るに、もう何も知らないっていうのはほんとだろうし、そろそろやめてあげてもいいかもしれない。
「そうだなぁ。大した情報もなかったし、もう終わりでもいいけど」
そう言った瞬間、あからさまに男の顔が明るくなる。君、今からもしかしたら『調停者』に殺されるかもしれないのに、油断しすぎじゃない?
あ、ただし。最後にもう一つ。もう一つだけ聞きたいことがあった。
「最後に一つだけ」
この男は、『黒贄』のことを『調停者』から教えてもらった、と言っていた。それ自体はおかしなことではない。おかしなことではないのだが、そこには条件がある。
ここが【オルタスフィア】なら、だ。
ここは【ネヴェルカナン】。魔法陣という知識が存在しない世界だ。『黒贄』も魔法陣の一種であるが故、魔法陣のことを知らなければそもそも知り得るはずがない。
たまたま、『調停者』が独学で『黒贄』に辿り着いた可能性もある。だけど、あの時、この男はわたしが言うよりも先に『黒贄法陣』と言った。名前まで同じになるなんてことがあるとは思えない。
なら……考えられる可能性はただ一つ。
「【オルタスフィア】って言葉に、聞き覚えは?」
『調停者』は、わたしと同じ、【オルタスフィア】から来た人間だ。でなければ、『黒贄』のことを知っている理由が説明できない。
問いかけると、男は首を傾げた。何を言っているのか分からない、という風な様子で。
「……? いや、聞いたことない、けど……」
……そこまでは話していなかったか。ちょっとでもその正体を知れたらいいとは思ったけど、こればかりは仕方ない。
「そっか。分かった、ありがとね」
もう聞き出せる情報はないだろう。ここにいる必要もない。わたしが帰らないことには、この人も落ち着けないだろうし。早く帰ってあげよう。
立ち上がり、牢を後にする。外にいた見張りの人に、それとなく忠告だけしておいた。もしかしたら黒幕が殺しにくるかも、って。聞き届けてくれてたなら、あの男も死なずに済むだろう。
さてさて。分からないことも多かったけど、分かったことも多かった。問題があるとするなら……お母さんの件に加え、こっちの件まで気になり出してる、ってことかな。
(もしかしたら、お母さんの一件に絡んでる可能性も……あるか)
可能性が無くは無い、って話。なかなか、厄介なことになってきたなぁ、ほんと……。




