第三十一話 黒いスライム
「……えー、なにそれ」
というのが、わたしの第一の感想。
何だろう、これ。見た目は完全に人型のスライム。黒光りしてるし。だけど、そもそも人型のスライムなんて見たことないしな。スライムなのかどうかも怪しい。
これは……斬って、いいものなのか。斬っても問題ないんだろうか。もちろん倫理観的に言えば、こいつは敵なので何も問題無しなんだけど。ほら、いるじゃん。溶かしてくるスライム。あれ嫌いなんだよね。剣、溶けるから。
「ぶっ潰すっ!!!」
「うるせぇっ!」
……エーテル書き換え、氷生成、性質形状変化、氷の槍……
……複製、氷の槍、六連
取り敢えず小手調べに、氷の槍を六発用意した。スライムは熱に弱いし、ほんとは炎の槍にしたかったところだけど、どこかに燃え移っても嫌だし。
頭上に携えた氷の槍を、六発、立て続けに男へと撃ち込んでいく。が、一発も当たらない。避けられたわけではない。ただ、まさしくスライムのように、槍が男の腹ど真ん中を貫通して、穴を開けたまま貫き通っていったのだ。
穴が開いたといっても……傷、ではないな。そこだけ元から中身がなかったみたいに空洞だ。
「効かん……効かんっ!」
「急に知能下がるなっ! 『烏落とし』っ!」
剣を振り切って放たれた飛ぶ斬撃は、男の肩を斬り裂いて、やはり、何事もなかったかのようにそのままその背後へと消えた。
……おかしい。実際にこの剣で斬ってるわけじゃないからあれだけど、流石に手応えが無さすぎる。ほんとにスライムボディなのか、あれ。攻撃全部通り抜けてるだけって感じだ。
一度目の魔法も、二度目の斬撃も。どちらもあいつの体を攻撃してはいるんだけど、ダメージはない。これじゃ何度やっても同じだ。
「なら……スライムには火でしょ」
どこかに燃え移るのが嫌だったけど、非常事態だ。あとでどうとでもする。エーテルを書き換えて炎を生成。槍みたいに貫通型の形状だとまた通り抜けて終わりだ。ならば、無理に形状は加工せず、全身を高火力で焼き尽くしてしまえばいい。
——マナ追加、威力向上
「燃えろっ!」
書き換え終わった炎の球が、指先から男目掛けて飛来する。着弾すると同時に爆発が起き、男の体を真っ赤な炎が包み込んだ。
普通のスライム、ボススライムくらいならこれで終わり、だけど……。
「——効かんっ!!」
無駄、だった。
男が両腕をバッと広げると、その風圧で炎が消し飛ぶ。嘘だろ。結構な威力と火力だぞ、あれ。それを腕広げた風圧で消しとばす? 正真正銘の化け物か?
って、呑気なこと言ってる場合じゃない。これも効かないってか。炎も弱点じゃないって……そもそも、魔法が効きづらいのか? それとも……。
「ぶっ……潰す」
炎を消しとばした男は、次に右の手のひらをこちらに向けてきた。
(魔法……?)
何かの魔法か。そう警戒していると、次の瞬間、その手のひらに凄まじいエネルギーが集まるのを感じた。
これは……まずいっ!
即座に判断。と同時に、大きく側方へ飛んだ。その直後、さっきまでわたしが立っていた場所を、閃光が埋め尽くした。
——ドォォォン……
轟音が響き渡り、土煙が上がる。先程男の手から放たれた閃光が、外壁に直撃したのだ。その外壁は……その部分だけ、くり抜かれたみたいに消滅していた。
流石と言うべきは、魔法学園の外壁。外に見える街の景色はなに一つとして変わっていないから、外に影響は漏れていないのだろう。良かった。民家の一つや二つ、消し飛んでいてもおかしくない威力だ。
……というか、なんだ、今の。魔法? この世界の人間は魔法使う時に詠唱がうんたらかんたらとか書いてなかったっけ? フル無視かよ。
しかも、とんでもない威力だ。あんなの直撃したらひとたまりもないな……。
「……やるじゃん。ぽっと出の敵にしてはね」
「潰す……全部、潰す……!」
男はまたも手のひらを向けてきた。
まずい。そう何発も撃たれたら、少しくらいは外に影響が漏れてしまう。撃つ前に止めないと。
仕方ない。お父さん……剣、折れたらごめんね。
「……『瞬連斬』」
——五連。
一度その剣を振るえば、五度の斬撃に襲われる。
瞬時に距離を詰め、無防備だった右手に瞬連斬を叩き込む。五度の斬撃が全て叩き込まれ、男の手は斬り落ち……た。
が。
(んなっ……!?)
斬り落とされたのは、スライムのような、蠢く黒い塊。その手のひらには変わらずにエネルギーが溜まり続けていて、尚且つ、真っ直ぐと上空を……剣を振り切った姿勢のままでいたわたしの方を向いていた。
反射的に後ろへ飛んだが……少し、間に合わない。左腕が、巻き込まれる。込めろ、マナを。他はどうでもいい。とにかく左腕を守れ。守れ……!
ごろごろと、勢いよく転がる。左腕と、それから全身に激痛が走る。全身の分は、今転げ回った分。左腕の分は……閃光に巻き込まれた分。
一瞬の判断だった。何とか魔法で左腕を保護することはできたけど、無傷とはいかない。いや、重傷だ。治癒の魔法でもかけないと使い物にならない。袖も皮膚もズタボロで、骨はあり得ない方向に曲がっているし、爪は一枚もない。
くそ、しくじった……焦ったか。焦って距離を詰めたバチが当たったな。こんな大怪我、いつぶりだろ。邪神と戦った時でさえ軽傷だったよ。
治癒の魔法は……かけさせて、くれるかなぁ。そんな暇は与えてくれない気がするな、何となく。痛みを抑えるくらいはできるが、これだけの傷だ。完全に治すにはそれなりに時間がかかる。擦り傷を治すのとは訳が違うのだ。
「なかなか、痛いことしてくれるじゃん……何それ、ほんとに人間業?」
男はふー、ふーと息を荒げて……という表現が正しいかは分からないけど、こちらを威嚇している。やっぱり、回復してる間待ってくれはしないだろうな。
とは言いつつ、向こうはちゃっかり回復している。斬り落とした腕はうぞうぞと動き、男の足に触れると、そのまま体内へ吸収される。
瞬く間に、新たな腕が生えてきて、完全復活。ズルイな。わたしも回復させてくれないかな。
姿を隠して……は、あの閃光をばら撒かれたら厄介だな。こいつの目の前からいなくなるわけにはいかない。標的はあくまでわたしに絞ってもらわないと。そうなると、腕の治癒は後回し。何とか右腕だけでこいつを倒す。
……できるかな。やらないと、ダメなんだけど。
「まったく……誰か手伝ってくれたら楽なんだけどなぁ……」
これだけ派手に暴れているんだ。もう学園中の人間が気付いているはず。腕に自信のある先生でも、会長さんでもいい。来てくれたら楽になるんだけど。
贅沢は言ってらんないか。
剣の柄を強く握り締める。取り敢えず、近接攻撃なら部位を一時的に斬り落とすことは可能だということだ。斬り落としたあとの部位なら、魔法で燃やし尽くすことも可能かもしれない。それが効果的かどうかはさておき。
やれるか、じゃない。やらなきゃやられるだけだし。元剣聖だった意地もある。絶対にやってやる。
まず一本。もう一度腕を切り落とす。油断はしない。二度もあの閃光を食らってたまるか。
「シッ——!」
距離を詰める。そして、右腕目掛けて剣を振り上げる。
『三日月』
斬撃の軌道が三日月状になっているから、そう名付けた。速度や威力よりも、どちらかというと『範囲』を意識した技だ。
振り上げた木剣は、マナでコーティングされたその刀身をもって、再び男の腕を斬り落とす。いや、落としてはいない。斬った腕は、軽やかに宙を待っていた。
まだ終わりじゃない。再びあの閃光を放たれる前に、次はこちらから仕掛ける。エーテルを書き換えて大地を抉り、浮かばせた大地の欠片で腕を覆う。そのまま圧縮して、まずは腕を押し潰す!
——どちゅっ
気味の悪い音がして、男が叫び声をあげる。どうやら分断した後の体は元より耐久値が低いらしく、さらには小さくしたことでこちらも潰しやすくなっている。本体と痛みは連動していて、腕を潰せば本体にもダメージが通る、か。
それが分かれば、と次の攻撃に出たかったけど、追撃を許さない男が、残った左腕を巨大化させて薙ぎ払ってきたので、後ろへ跳んで距離を取った。
まだまだ。動き終わりの隙を狙って、再び距離を詰める。巨大化した腕が小さくなるタイミングを狙って、『三日月』。今度は腕を斬り落とし、落下した腕から閃光が放たれるより前に、地面を隆起させて押し潰した。
男の叫び声がやまない。両腕を失っているが、さっきのようにそれを回復する素振りも見せない。
たぶん、斬り落とされた腕そのものがなければ、再生もできないんだろう。無尽蔵に再生できるってわけじゃなさそうだ。
様子を見ようかとも思ったが、やめた。そうやって慢心して良いことなんて何一つない。とどめはさっさと刺すに限る。
が、この男には聞きたいこともある。できれば、このスライムみたいなやつだけを剥がしてやりたい。
仮に、このスライムに覆われた中身の人間の意識だけを奪えたら……こいつは止まるんだろうか。それとも、意識を失ったまま、動き続けるんだろうか。
分からないけど、試す価値はある。ほら、あるじゃない。硬い鎧に包まれた人間の、その中身だけを攻撃できる、うってつけの技。
男のスライム体から、細長い触手のようなものがわたし目掛けて伸びてくる。それを避けながら、斬り落としながら、距離を詰めさせまいとする男に肉薄する。無駄だ。わたしが恐れてるのはあの閃光だけ。それ以外の攻撃なんて、似たようなものを沢山知ってる。避けるのも、撃ち落とすのも、そんなに難しいことじゃない。
効くかは分からないけど、もしかしたらこれで、さよなら。
「砕……連撃っ!」
アランと戦っていて閃いた、敵の内側を攻撃する『内砕き』と『瞬連斬』の合わせ技。三連続で襲う内への衝撃と斬撃が、黒いスライム体を越えて、恐らくはその内側にいた男の本体を攻撃する。
「そんで……もういっちょっ!」
オーバーキル。体を反転させ、もう三連。戦いなんて、ちょいと攻撃過剰なくらいがちょうど良い。
その二度に渡る内への攻撃が効いたのか、男はよろめきながら後ずさる。がくりと膝をつき、その頭頂部から、あの黒いスライムのようなものが剥がれていく。
現れた男の表情は……真っ青。痛みがもろに伝わってるのかどうかは分からないけど、そりゃあ両腕を斬り落とされた上に潰されて、内臓を抉るような攻撃を二度も食らって。無事でいた方がおかしいと思う。
「うぇっ……へっ……ごぶっ……」
「……やりすぎたかな」
死なない、よね? 死なれたら困るんだけど……。
苦しそうに嗚咽し、色々なものを吐き出している男。黒いスライムはそんな男から完全に剥がれ落ちると、ものすごい速さで移動を始めた。
「……いかせるか。あんたも証拠なんだから」
それを、地面を陥没させて落とし、落とした先で氷の球体に閉じ込めた。これで逃げられまい。わたしの予想では、この男に黒贄のことを教えたやつと、このスライムを与えたやつは同じ。だから、今見失うのは困るんだ。
これだけ大量のマナを注ぎ込んで作った氷なら、そう簡単には破れないはず。わたしが腕を治すまで、大人しくそこにいろよ。
……そう、考えていた。
けど。
「んなっ!?」
氷の球体の中で、スライムが暴れ回る。暴れ回って暴れ回って、諦めたかと思うと、今度は急に膨張し始めた。
流石に壊れない……はず。そうたかを括っていたけど、だんだんと膨張に追い付けずにヒビが走る氷を見て、その考えを改めた。
次の瞬間。甲高い音をあげ、スライムは氷の球体を砕いてしまった。すぐさま元の大きさに戻ると、呆気にとられるわたしをよそに、どこかへ向かって高速で移動を始めた。
「ちょまっ……!」
ひょいと空を飛び、どこか……外壁の頂上へと向かうスライム。こいつ、飛べたのか。
その先には……外壁の上に立つ、人影。よくは見えないが、スライムはその人影が手に持つ何かに吸い込まれていってるようだった。
そして、その人影とやらは……いつかおっちゃんが言っていた、あの白い仮面をつけていた。
「……白い、仮面……」
額には裂けた口。白一色の仮面。
間違いない。おっちゃんのところに来たっていうやつだ。でも、なんでそいつがここに?
いや……状況から考えて、こいつか。こいつが……。
仮面は、スライムを回収するとすぐに、背を向けて街の方へと跳んだ。わたしはそれを追いかけて外壁に跳び移るけれど、見下ろしたその先にもうその影はなかった。
「……あいつ、一体……」
見失った影は、その後、どれだけ探しても見つかることはなかった。
そして。わたしが外壁から降り、ものすごい形相で気絶している男の下へ駆け戻ってきた頃に、校舎の方から何人かの生徒と教師が走ってきた。その中には、お姉ちゃんや、モーガンさん、会長さん、ジスの姿もあった。もっと早くに駆け付けたかったけど、妙な黒いスライムに足止めされて、なかなか来れなかったと言っていた。たぶん、それもあの仮面の仕業だと思う。
お姉ちゃんやジスなんか、あまりにボロボロになったわたしの左腕を見て、この世の終わりかってくらいに騒いでた。保健室の先生と共同で元の状態に治すまで、顔面蒼白だったもんね。
会長さんやモーガンさん、他の先生たちは、気絶した犯人を引き連れて、先に学校へ戻っていった。とりあえず最低限の治療だけして拘束、目覚めたのちに尋問だって。わたしも聞きたいことがあるって言ったら、目覚めたら教える、ってさ。
とにもかくにも。気になることは沢山あるけど……後のことは、犯人の目が覚めてから。学園を騒がせていた『爆弾魔事件』は、これにて一件終着、ということにしておこう。




