第三〇話 事件の真相
剣が完成するまで四日。もちろん、その四日間を無駄に過ごすつもりはない。やることはまだ山ほどあるし、何より、解決しなきゃいけないこともある。
お母さんの情報集めは、ひとまず休止。『赤の集落』っていう手掛かりは見つけたし、これ以上何かしたところで、有益な情報が出てくるとは思えないからだ。なら、その時間を別のことに費やした方がいいに決まってる。
他の何よりも優先すべきなのは、今、お姉ちゃんや学園中の人を困らせてる『爆弾魔騒ぎ』の一件。剣が完成したところで、これが解決しないことには、わたしも安心して街を出られない。
できることなら、四日の間にこの事件を解決。それから、おっちゃんの故郷である【バッツァ】までの旅の準備も済ませてしまいたい。この街、【ノーブリス】から【バッツァ】まではそこそこの長旅。準備も無しに向かえる距離でもない。可能であれば、馬車でも欲しいところ。贅沢は言ってられないけど。
ま、とにかく……今は爆弾魔とやらを捕まえないと。話はそれからだ。
(……とは言ったものの、動きも読めないんじゃなぁ)
お姉ちゃんが部屋の机の引き出しに隠していた資料を眺めながら、そんなことを考えていた。
今まで爆発が起きた場所は、どれも人気が少ないか、或いは人がいない時間帯。だから、怪我人は無し。それがかえって事件の目的を不透明にさせている。
せめて犯人の目的さえ分かれば、次の動きを予測することもできるんだけど……確かに、お姉ちゃんやジスが言ってた通り、爆発した場所に規則性はないみたいだし。一体何がしたくてこんなことをしてるのやら。
「うぅん……なんなんだろ……」
資料を遠ざけたり、近付けてみたり。何も変わらない。やってることがなんかバカっぽい。誰かバカか。
学園内を不規則に爆破する意味、か……何かから目を逸させたいのか、不規則に見えて実は規則性があるのか……。
残念ながらわたしは不出来な女の子でして。あまり勉強は得意じゃない。そういうことを考えたりするのは苦手だ。
だから、頼りになるのは前世の経験と勘。アニュエ・ストランダーとしての記憶が一番心強い味方なんだ。
思い出せ、前世の記憶を。世界中を冒険したあの頃のわたしを。その中に、何かヒントになるようなものはなかったか。
不規則に並んだ点。証拠の残らない爆発物。犯人の目的。
ふと、頭の中に一つの可能性がよぎる。転生してから今まで、本で読んだことも、人伝に聞いたこともない、けれど【オルタスフィア】にはあった知識。
思い出すのが遅れた。理由は、実際にわたしが使ったことがあるわけじゃないから。敵対してた組織に使われたりだとか、人が使ってるのを見たことがあるからとか、そういう理由で、覚える気にもなっていなくて、記憶の片隅程度にしか知識が残っていなかったから。
【オルタスフィア】ではごく一般的であり、けれど、恐らく【ネヴェルカナン】には存在しないか、或いは一般的ではない技術の中に、『魔法陣』と呼ばれるものがある。
これは、人一人の力では行使ができないほど強大な魔法を行使するため、その魔法の発動を補助する目的で用いられるものだ。或いは、複数人の人間が、これまた制御できないほどの魔法を発動するために用いるものでもある。
地面、もしくは空中に、特定の形状の陣を描く。その陣を形成するのは、魔法の発動を補助するための特殊な魔法。要は、補助の魔法を幾重にも組み合わせて一つの大きな魔法陣を作り、それをもって更なる力を持った魔法を発動するという技術なのだ、これは。
自分で言っちゃなんだけど、前世のわたしは強かった。だから、魔法陣に頼らずとも何者にも負けなかった。思い出すのが遅れた理由はそこだ。たまに敵に使われることがあって、その程度の知識しかなかった。
ただし。その理由から、敵が使っていた魔法陣の一部くらいは覚えている。両手で数えるほどだけど。
その中に……ちょうど、この不規則な点の並びと一致するものがあった。あってしまった。
「……まさかっ」
後悔した。わたしがこの資料を見たのは『今日が初めて』。もっと早い段階でこれを見ていれば、もっと早い段階で気付けていたかもしれない。
一致した魔法陣は、前世のわたしとして思い出せる限りでは、最も凶悪で、最も卑劣で、最も強大な魔法陣。魔法を発動するための一プロセスでしかない他の魔法陣とは違って、魔法陣そのものが凶悪なもの。
名を、黒贄法陣。
これを用いて発動する魔法は、なんてことはない、ただの超高火力の爆発魔法。他と大差はない。
問題は……その前。陣が完成した直後に、その陣内部の生命体を生贄にしてしまうところにある。
無条件だ。前世のわたしほどの力があれば抗えたかもしれない。でも、それ以外の人間や、家畜は。魔法の発動の代償として、否応なしにその命を刈り取られる。
そんな極悪非道な魔法陣が……わたしの予想では、もう、完成間近のところまできていた。
「あり得ない……でも、この配置……間違いないっ……」
気のせいであってほしかったけれど、たぶん、気のせいじゃない。
わたしにこの魔法陣を見せたのは、前世で邪神イヴリースを崇拝していた宗教団体。その教祖とやらが、信者全員を生贄にしていた。それがあまりに衝撃的すぎて、この魔法陣の形状は覚えてる。
わたしの記憶違いでなければ、この爆破地点に補助の魔法を打ち込んで陣を描いてやれば、黒贄が成立するはず。まだ完成はしていないが、もうじき完成する。
くそっ、もっと早く気付いていれば……いや、違う。それよりも、先に、完成を阻止するところからだ。これが完成したら、恐らく、学園内の人間は殆ど全員……。
「お姉ちゃんたちに報告……してる時間はないかっ」
犯人がいつ、完成までの最後のピースを埋めるかが分からない。相談するより先に、先回りしてそれを潰しておくか、或いは既に完成している杭を潰すしかない。とにかく、急がないと。
わたしは、資料を片手に、部屋を飛び出した。
わたしの予想だと、黒贄成立までの杭は残り一つか二つ。この残りを打たれる前に陣を崩さないと大変なことになる。
先回りしてその残りを潰す?
それとも、もう既にある分を取り除いてしまうか。
できることなら、先回りして潰すと同時に、犯人を捕まえたい。既にある分を潰したところで、問題を先送りにするだけだ。
なら……。
「たぶん、残りはここっ……!」
正門から見て右の方へ向かったところ。学園を守る外壁のすぐそば。黒贄を成立させたいなら、この場所を襲わないといけないはず。
肺を乱しながら辿り着くと、そこにはまだ誰もいなかった。人の気配はない。慌てず慎重に。気配を殺し、物陰から辺りを窺う。
木剣は装備してある。強敵との戦いでは戦力不足だが、無いよりはあった方がいい。どうせ四日後には剣が完成するんだ。父さんからの誕生日プレゼントだけど、壊す気で使っても構わない。人命が優先だ。
ゆっくり、ゆっくり。徘徊しながら、怪しい人物と、怪しい物体がないかを漁っていく。
「……あれは」
地面に半分埋まったような形のそれを見つけたのは、探し始めて数分が経過した頃。資料にも載っていた、ボール状のケース……あれか。
グッと目を凝らしてみると、ケースから、ほんのりとエーテルが溢れ出している。わたしでやっと認知できるレベルの、書き換え済みのアルターエーテルだ。
となると、爆発物の正体は魔法陣を形成する補助魔法……それを爆発と同時に地中にでも埋め込んでいるのか。地中だから探し出せないとでも? 探し出せねーよ! 気付くかよ!
けど、良いタイミングだ。エーテルが溢れてるってことは、まだ爆発はしてない。補助の魔法もあの中ってことだ。
……やるか? 犯人が起爆するより前に、壊せるか。いや、壊さなきゃどのみちみんな終わりだ。わたしがやるしかないんだな。
くそ。なんか、こっちに転生してから面倒ごとにばかり巻き込まれてる気がする。気のせいか?
「……やるか。やるぞ、わたし」
物理的な衝撃はまずい。衝撃を与えないように地面ごと隆起させて、ケースの周りだけを何かの魔法で覆って、ケースの中身をぶちまけないように圧し潰す。そうしよう。
魔法を発動しようと、右手にマナを込めた。その時だった。
「……おー。本当に来てるじゃん」
「っ!」
後ろから男の声がした。この状況でこんなことを言う奴なんて、一人しかいない。犯人だ。
すぐさま剣を抜き、切っ先を背後のその男に向ける。その顔に見覚えは……なかった。
「おっと、そこから一歩も動くなよ。最後の一つを起爆されたくなかったらな」
痩せ形長身の男。
……こいつ、誰だろう。見覚えがない。見た覚え、ないなあ……実は知ってる人が犯人でした、みたいな流れかと思ったんだけど、全く知らん奴が来た。
「あんたが、これ、やったんだ」
「そうだよ。黒贄法陣、だっけ? 凄いよねぇ、この学園を潰せるくらいの魔法が使えるってんだから」
妙な口ぶりだ。まるで、誰かにこの魔法陣のことを教えてもらった、みたいな。
「……その口ぶりだと、誰かからこの陣のことを教えてもらったね?」
「おっと。それ以上はダメだよ。口を滑らせたらダメって契約なんだ」
男が気持ち悪い仕草で人差し指を口元に当てる。気持ち悪い。
でも、確定だ。こいつは誰かに黒贄のことを教えてもらった。正確な構築の仕方も。
それ自体はまあどうでもいいんだけど……問題は、その教えた奴が誰なのか、ってこと。
わたしはこの世界に転生した時から、魔法の本はそれなりに読み漁ってきたつもり。けど、その中で一度として『魔法陣』に触れたものはなかった。だからこそ、今回思い出すのも遅れたわけだけど。
お母さんがあの家に魔法陣関連の本を置いていなかった可能性もある。けど、基礎の魔法の本にまで載ってないなんてこと、ある? 教科書だよ?
だから、【ネヴェルカナン】にはそもそも、魔法陣というものが存在しない。存在していたとしても、ごく一部でしか知られていない技術なんだと思う。その中でもこんなピンポイントで凶悪なものを知ってるなんて、そいつ、一体何者だ?
「あんたの……目的は?」
「俺の? そんなの、この学園をぶっ潰すために決まってるじゃん」
言っている意味が、よく分からなかった。
「潰す? 学園を?」
「そ。いつまで経っても俺を評価しない、クソみたいなこの学園を潰すんだよ」
「……そんなくだらない理由?」
ふと、思っていたことをそのまま口に出してしまった。すると、どうだろう。男の額にぴきぴきと血管が浮かび上がっていく。
「くだらない? ……くだらないって?」
ふるふると震えている。スライムみたい。怒りの感情が爆発したのか、次の瞬間、男はものすごい怒声で色々と浴びせてきた。
「何がくだらないんだよっ! 四年、四年だぞ!? 四年通って、良い成績残して、そんな俺にあいつら、なんて言ったと思う!?」
知るかよ。お前も見知らぬ子供にそんなこと聞いてんじゃねーよ。
「何も言わなかったんだよ! 俺のことを、その辺の雑草を見るみたいな目で見てさ! なんでだよっ! 二年や三年が幹部やってる中、なんで俺が評価されないんだ!」
聞いてねーし。というか、その二年や三年って、お姉ちゃんと、モーガンさんと、それから会長さんか。滅茶苦茶嫉妬じゃん。
そこまで言って、男は再び冷静になる。そんなに急に落ち着かれるとこちらとしても困る。
「……だからさ。潰してしまおうって、思ったんだよね」
思ったんだよね、じゃねーんだわ。そんなんだから評価されなかったんだろ。思考がサイコパスすぎる。
「……くだらな」
「……は?」
「こんだけ引っ張っておいて、どんだけ大層な理由があるのかと思ったら……というか、あんた誰? 突然出てきたモブが調子乗ったらダメだよ」
そうだよ。そもそもお前誰だよ。いきなり出てきてはしゃいでんじゃねーよ。たぶんみんなそう思ってるよ。
折角冷静になっていた男の額には、またもや青筋が浮かび上がっていた。今にもはちきれそうだ。怒りのあまり指でこちらを指している。人に指を向けるな。
「ガキが……分かってんのか、お前は一歩も動けな……」
動けな……なんだろう。
あ、もしかして、『俺には黒贄最後のピースがあるから、お前はこれで動けないだろ!』って?
残念だね。ごちゃごちゃ言ってる間に潰しちゃった。言われた通り一歩も動いてないよ。別に仁王立ちでも魔法くらい使えるし。あ、こっちの世界の人は『詠唱』とかするんだっけ。わたし、必要ないからさ。
「……い……?」
漸く事態を理解した男は、口をあんぐりと開いていた。まさか、目の前の小さな女の子が、詠唱もなしに魔法を発動して、最後のピースを壊すとは思っていなかったのだろう。今、奴の目の前では、最後の爆弾が無残にも氷で潰されている。要は、地中に魔法を打ち込ませなければいい話だからね。浮かせて潰せば問題なし。
「だから言ってんのに。おバカ枠はザックで間に合ってるって。あ、あんたの場合はおバカというより『間抜け』か」
おバカ枠は間に合ってるって、誰に言ったんだっけな。まあいいか。
さて。これで最後の爆弾は処理完了。これで黒贄は成立しない。成立してない魔法陣は発動しないし、仮に無理やり発動させたとしても元の効果はない。もう恐るるに足りないね。
あとは、こいつをどうするか、だけど。
「……許さねぇ、どいつもこいつも俺のことをバカにしやがってっ! 皆、皆……ぶっ潰してやるぁっ!」
男が、手をパチンと打ち鳴らす。すると、男の足下が暗く光り始めた。
……なんだ、魔法か? それにしては、雰囲気がおかしい。魔法を使ってるような雰囲気じゃない。そもそも、この世界の人間は詠唱なしに魔法を使えないはず。
「潰して……潰してやる……全部っ……!」
光り始めた足下から、うじゃうじゃと何かが湧き出してくる。手のひらサイズの真っ黒なスライムみたいなものが。
それは足を伝って男の体を駆け上っていくと、瞬く間にその全身を覆っていく。真っ黒で妖しく光る人型のスライム。ただし、頭部は男のそれのままだった。
「まずは……お前を……潰すっ……」
……にゅるんと、残っていた頭部までもがスライムのような何かに飲み込まれる。全身黒一色の見たこともないような化け物が、目の前に現れた。




