第二十三話 かつての英雄
あれから、『アニュエ戦士団』のみんなはすぐに離脱してどっか行った。人助けとかして活躍してからじゃないと、大きな町とかには入れないんだって。そっか、悪名広がってるかもしれないしね。まあ一つ言えるのは、何だったんだあいつら、ってことだけども。
あの事件があって以降は、馬車は順調に進んでいた。予定より何十分か遅れてしまったけど、この程度なら問題無いそうだ。
「……なんか疲れた」
「あ、あはは……お疲れ、アニュエ」
あいつとの一件ですごい疲れた。アラン・オルゴーン……覚えとけよ、あいつ。次会った時また砕連撃ぶち込んでやる。
……はぁ。折角お姉ちゃんと話してる時だったのに、台無しじゃん。
「アニュエ」
「ん?」
お姉ちゃんに名前を呼ばれた。顔を上げると、何だかスッキリした表情のお姉ちゃんの顔があった。
「確かに、無理してた節もあるかもしれないけど……全部が全部、無理やりだったってわけじゃないよ」
「そうなの?」
「アニュエが生きててくれたから」
それは……そうなんだ。なるほど。
「嬉しかったから。生きててくれて」
「……ごめんね、お姉ちゃん」
「謝るのは私の方だよ。アニュエだって苦しかったはずなのに、私……」
わたしもお姉ちゃんも、苦しかった。目の前で家族を奪われる悲しみと、知らぬ間に家族を失う悲しみと。
どちらも苦しかったから……どっちが上だとか下だとか、そういうのってないんだ。
「……うん。言いたいこと言って、吐き出して、ちょっとはマシになったかも」
「そう?」
だったら良かった。無理してるお姉ちゃんを見るのが何より辛かったからね。少し前の自分を見てるみたいで。
「落ち込むより先にやることがあるからね。落ち込むのは、全部片付けた後」
『ひとまずは……学園に着いてからね』と、続けるお姉ちゃん。
そう、本題はそれだ。お姉ちゃんが『確証がもてない』と言って、何故か話したがらないこと。学園に着いたら全部話すとは言ってたけど……その内容次第で、今後の動きが変わってくる。
もしそれが、ほんとにあの赤いフードに繋がるヒントなのだとしたら、それを頼りにノーブリスで情報を集めるのもいいだろう。無関係なら、また一からになるけど。
「ジス、もうちょっと飛ばせないの?」
「無茶言わないでくださいよぉ。あんまり飛ばすと、馬のスタミナが保たないですって」
だろうね。仕方ない。走ってる間はのんびりしておくか。あんな面倒な事件もあったんだし、ちょっとくらい休んでても許されるでしょ。
かと言って、特にすることもないしなぁ。馬車の中で訓練なんてするわけにもいかないし。することって言ったら、お喋りするか寝るかの二択。遊び人かな?
その二択なら……今はそんなに眠くないし。お喋りかな。ジスかお姉ちゃん。話してくれそうな方。お姉ちゃんかな。
「そういえば、その、学院会だっけ。忙しいの?」
「どしたの、急に」
「いや、暇だから」
前々から気になってたんだよね。学院会学院会っていうけど、それって具体的にどんなアレなのかなって。何となく、生徒たちのまとめ役、みたいな感じの認識ではいて、そんな感じの組織なんだろうなとは思ってるんだけど。
「そうだね……やることは多いけど、最近は特にちょっと」
「なにかあったの?」
疲れた風にため息をこぼすお姉ちゃん。これは『嬉しため息』じゃなくて『疲れため息』だな。
「うん。学園でね、ちょっとした事件が起きてて」
「事件? どんな?」
わたしのその問いに答えたのはジスだった。
「爆弾騒ぎですよー。学園内のどこかで、誰もいない時間を狙って爆発を起こされるんです」
「え、爆弾事件? それ、『ちょっとした』事件ではなくない?」
爆弾って……割と深刻な事件な気がするけど。
あれ、でも……誰もいない時間って言ったっけ。じゃあ、被害者は出てないってことか? だとしたら、何でそんな爆発を?
わたしの予想は当たりだった。今のところ被害者はゼロ。軽傷を負った人間すらいない。なのに、もう何件もそういった爆発事件が発生してる。
「ただのイタズラか、それとも……」
「余興、ってことね」
お姉ちゃんは静かに頷いた。その可能性はあるな。真の狙いを隠すために敢えて被害者を出さない騒ぎを起こしている……。
前世でもそういった事件はあった。ほんとの狙いを殺すために、関係ない人を巻き込んで分からなくする事件とか。慣れっこと言えば慣れっこ。よくある手段だからね。
しかしまあ……こんな面倒なタイミングで事件なんて起こすなよ、犯人。こっちは今、それどころじゃないんだって。
「で、学院会はそれの調査に追われてるの。先生たちの補助って形でね」
「ヤな役割押し付けますよね。私たちだって暇じゃないんですし」
二人の口から、思わず愚痴がこぼれる。まあそう言いたくもなるわな。
それに、それが生徒の仕業だとしたら、なるべく内部の人間だけで処理したいだろう。不祥事だからね、一応。外に情報が漏れる前にさっさと解決したいところでもあるんだろう。
……まあ、お姉ちゃんたちは普通に漏らしてるけど。それでいいのか。
「……でも、早く犯人見つけないとね。犠牲者が出る前に」
「今はもう一人の副会長……モーガン先輩と会長が調査してくれてるはずです。早く行けって言ってくれたのも二人ですし」
「そ。帰ったらお礼言わないとね」
どうやら、調査で忙しいはずの二人を送り出してくれたのは、会長さんと副会長さんらしい。『家族の一大事なのにこんなところにいるな』って。良い人だなぁ。ジスをストッパーとして同行させてるのも評価が高い。焦ってる人間ほど、何をしでかすか分からないからね。
それから数時間。空が赤くなり始めた頃、御者席のジスが『あっ』と声をあげた。
「先輩、町が見えてきましたよー」
おっと。漸く到着か。流石にお尻痛くなってきちゃった。
窓から外を覗くと、確かに、遠くの方に大きな町が見えてきた。グローグは何となく暗い感じがしたけど、こっちは『都会』って感じ。転生してからの今までで見た町の中で一番大きい。首都だし、そりゃそうか。
あの奥の方に見える大きな建物は……なんだろ。時計塔みたいに見えるけど。
「学園の時計塔だよ、アニュエ」
「あれが?」
わたしの視線に気付いたのか、そう教えてくれた。なるほど、あそこに学園があるのか……時計塔しか見えないけど、思ってたより立派だな。
馬車はそのまま進み、町へ進入する。首都ということだけあって、入り口には警備の詰所みたいなところもあった。そういえばグローグにはなかったな。あそこは不審者なんてきても、鉱山の男たちでボッコボコにできそうだし、いらないのかな。下手な警備より強そうだもんね。
因みに、ジスは顔パス……というか見た目パスだった。学園の馬車と制服があったからだと思う。ちょっと緩いとは思うけど……それでいいなら文句もない。
町に着くと、馬車は真っ直ぐ学園へと向かった。あの時計塔を目指せば学園に着くみたいだ。
その道すがら、わたしは扉の窓から外を眺めて、久々の都会に興奮していた。いや、ど田舎大陸の都会だけども。転生前はこんな町より大きな町にいたりもしたけど、こっちにきてからは無かったしなぁ。村の近くの町とか、ザックの親戚のところとか、そのくらい。
そんなわたしを見て、お姉ちゃんが小さく笑った。小さかったけど、はっきり聞こえた。
「……なに?」
「いや。私が初めてこの町に来た時のこと思い出して。私も、そうやって釘付けになってた」
「入学試験の時だっけ?」
『そうそう』、と頷く。わたしを見て懐かしさを感じたのか。というか、反応が似てたって、そういうとこ姉妹だよね、わたしたち。
「私は元々、この町の生まれなので、そういう感覚が分からないんですよねー。いつか大陸に出た時に分かるんでしょうか?」
「きっと分かるよ。『うぉぉぉぉ!!』って感じ」
「そんなに猛々しくなります?」
ならんかもしれん。わたしだけかな。
何はともあれ、馬車は無事に学園に到着。あの大きな時計台の麓まで辿り着いた。
馬車のまま正門をくぐり、大きな広場を通る。その広場の中央に、あの時計台が建っていた。下から見るとかなり大きい。町の外から、結構離れた場所から見ても目立ってたしなぁ。これ、下からだと時間分からないよね。校舎の中からだと分かるのか。広場にいる時は他の時計を見ろってことね。他にもあるし。
後で聞いたら、元々町のシンボルだった時計塔に合わせて学園を作ったらしい。こっちが先だったんだって。なるほどね。
「ジス。私たちはここで降りるから、馬車の返却だけお願いしてもいい?」
「分かりました、先輩。学院会室に行かれます?」
「そうだね。この時間なら、まだ会長たちもいると思うし……ジスが来るまで待ってるよ」
「りょーかいです、急いで行きますので」
お姉ちゃんに促され、停車した馬車から降りる。そのままジスは手を振って、馬車を返しにいった。
「さ、行こっか」
わたしたちは、校舎へ入り、学院会の教室とやらに向かうことにした。
リットモール統一魔法学園の校舎は、まるで昨日できたみたいに綺麗で、流石都会の建物だなぁって感じ。お母さんも通ってたって言うくらいだから、結構古いはずなのに、それでもピカピカだ。
「綺麗でしょ?」
「お城みたい」
「分かる。私も、初めて来た時は『うわっ!』って思ったよ」
やっぱり姉妹だな、わたしたち。
そのまま階段を一つ上り、また一つ上り、三階まできたところで上るのをやめた。
廊下を少し歩き、丁度階の真ん中辺り。他の教室とは異なるデザインの扉の前で、お姉ちゃんは立ち止まった。
「ここが学院会室。入るよ」
「うん」
扉を開き、中に入る。大きな円形の机と、そこにいた二人の男子生徒。二人は入ってきたお姉ちゃんの姿を見るや否や、勢い良く立ち上がった。
「バース副会長! 帰ってきたか!」
「はい。お待たせしました、バスティ会長」
髪をカチッと固めた、長身で細身の、さらには引き締まった……なんかどこかで見たような体型の男子生徒。
あの人が噂の『最強さん』、ノゥム・バスティか。学園の生徒の中では一番強いって言われてるらしいけど……。
……確かに、強そうだな。わたしくらいのレベルになると、見ただけで相手の大体の強さが分かっちゃうんだけど、この人、アランより強そうだ。アランも結構強かったけど……この人、それ以上だな。しかも、かなり。かなり格上。最強って言われるだけあるわ。
使う技とか魔法がまったく分からんけど……相性によっては、今のわたしじゃ負けるかもな。体格的に。
いやまあ、わたしの観察眼もあんまり当てにならんけどね。正確率半分以下だし。よく間違えるんだよね。
ってことは、もう一人の、ちょっとひょろっとした方の生徒が……。
「おかえりなさい、バースさん。無事で何よりです」
「うん。ありがとう、モーガン」
えっと……モーガン先輩? それって下の名前? 上の名前?
ジスから聞いた前情報では、頭脳派で、あまり戦いは得意じゃないって話だったけど……あ、でも、そこら辺の生徒よりは強いんだっけ。そこそこ強そうな感じはするな。この人相手なら勝てそう。
お姉ちゃんは二人と握手を交わすと、すぐさま振り返ってわたしに二人を紹介してくれた。
「アニュエ。この人がノゥム・バスティ会長。それから、この人がマーリン・モーガン副会長。大体は話したよね」
「うん」
「バスティ会長、モーガン。この子が、妹のアニュエ・バースです」
お姉ちゃんの時と同様に、二人が手を差し出してくる。いや、バスティ会長さん、もう少し屈んでほしい。ああ、そこら辺。
「よろしく、バース君……ではややこしいか。アニュエ君、でいいかな」
「うん、大丈夫」
「よろしくね、アニュエちゃん」
「よろしく、モーガンさん」
流石に呼び捨てにするのは躊躇われたので、さん付けで。ジスとケルティは? あの二人は……ジスさんケルティさんって、なんか違和感あるじゃん。だからだよ。
二人の手を取って握り、後の流れはお姉ちゃんに任せた。わたしが出しゃばって話すのもおかしいだろう。説明を求められた時にだけ前に出る。お姉ちゃんの方が話し上手だし。
お姉ちゃんは机から椅子を二つ引っ張り出して、会長さんたちと向かい合えるような場所に置いた。二人も少し移動して並んで座り、わたしたち四人は、それぞれ二人ずつ向かい合うような形になった。
「まずは……このような時に、学園を空ける許可をくださって、ありがとうございました」
「いや。学園には私たちがいる。明らかに、君の方が緊急事態だった。気にしなくていい」
「そう言っていただけて幸いです、会長」
座ったまま頭を下げるお姉ちゃんに倣って、わたしも頭を下げた。この会長さんは、強さだけでなく、性格までもが素晴らしい人みたいだ。上に立つに相応しい人間だろう。
そんな二人の会話が終わるとすぐに、モーガンさんが、少し気まずそうにしながら、お姉ちゃんに問いかけた。
「それで、バースさん……そちらは、どうだったんですか?」
思わず、わたしが答えそうになった。お姉ちゃんには荷が重いだろうと思って。
だけど、お姉ちゃんに止められた。自分で言うよっていう、決意の固まった表情。
重々しい空気の中で、お姉ちゃんは、静かに口を開いた。
「村は……村の生き残りは、妹と、妹の友人が一人。それだけでした」
途端に、会長とモーガンさん、二人の表情の翳りが濃くなった。内容が内容だけに、それも仕方がない。
「それは……なんと、言葉をかけて良いのか……」
「……辛かったろう、バース副会長」
「はい。ですが……」
そこまで言って、お姉ちゃんはわたしを見た。膝の上にあったわたしの手を優しく握る、そんなお姉ちゃんの手は、震えてはいなかった。
「今は、妹が生きていてくれたことに、感謝しています」
強い光のこもった眼差し。お姉ちゃんはもう大丈夫だろうなって、そう思わせるような。
昨日と、今日。あんなに脆く、崩れ落ちそうなお姉ちゃんだったけど……当分、心配は要らなさそうだ。
「詳しい報告は後ほど。それで、爆弾魔事件の方は……?」
そんなお姉ちゃんの様子を見て、二人の表情からも少しだけ重みが消えた。すぐに切り替えるように、会長さんは咳払いをした。
「こちらに動きはない。君たちが出払っている間に、新しい騒ぎは起きなかったよ」
「そうですか……それは良かった」
恐らく、そっちの方も気になっていたんだろう。安堵のため息をこぼしながらそう言う。
だって、こっちはこっちで爆弾事件で大騒ぎだから……そりゃあ、心配にもなる。もし、自分が留守にしている間に犠牲者でも出たらって考えると、気が気じゃなかったんだろう。一応、副会長という立場にあるから。
だから、その心配事もここで終わり。ひとまず爆弾事件のことは脇に置いといて。今はわたしたちの話に戻ろう。
わたしたちの話に戻って真っ先に話題を提供してくれたのは、モーガンさんだ。
「それはそうと、アニュエちゃんのことは、これからどうするつもりなんです?」
「アニュエのことは……まだ、これからのことを二人で話し合っていないので、なんとも」
「そうか。だが、引き取り手がいないのであれば、暮らす場所もないだろう」
「それは……そうですね」
思わず、お姉ちゃんと目が合ってしまった。
そうだった。お姉ちゃんの提案でここまで来たはいいけど、住む場所がない。まだいつまでここにいるかは分からないけど、少なくとも、今日寝る場所は必要になってくる。
しかも、わたしの場合、村の外のどこに親族がいるのかが全く分からない状況だ。ザックみたいに、親戚のおじさんたちがいるなら、そこに行くという手もあるが、生憎、どこにいるかも分からない。お父さんやお母さんの家族だって、どこに住んでるのか分からないし……。
そうなった場合……どこで寝よう。町の中で野宿するわけにもいかないし。かと言って、宿を取ろうにもお金がない。お姉ちゃんに借りるしか……ないか。
そこで、一つ提案してくれたのが、バスティ会長さんだ。会長さんは指を一つ立てると、わたしたちにこう提案した。
「私から、バース副会長の部屋に住まわせてやれないか、先生方に掛け合ってみようか」
……そうか。その手があったか。この学園は全寮制。数日の間だけでも、お姉ちゃんの部屋に居候させてもらえれば……。
「僕からもお願いしてみましょう。何とかしてくれるはずですよ。『お願い』すれば」
モーガンさんも助力してくれると言った。……最後の言葉がちょっと怖かったけど。何するつもりだ? 脅したり……しないよね?
「そんな……そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「構わん。というか、君は少し働きすぎだ、バース副会長。数日の間、学院会の仕事は休め。その間にアニュエ君と話し合うといい」
「それがいいですね。ベルクマンの良い矯正期間にもなりそうです」
「それはいいな。あの騒がしさも少しは収まるといいが」
なんだか本人の知らぬ間に矯正期間とか設けられてる。可哀想に、ジス。あの騒がしさに助けられたこともあったのに。……あったよね?
取り敢えず、会長さんの提案……というか、これに関しては半ば『命令』で、今日のところは先生の許可無しにお姉ちゃんの部屋に泊まることになった。『許可なぞ後でいくらでも取れる』とは会長の言葉。そんだけ会長が凄いってことだろうな。実力がなのか、権力がなのかは分からないけど。
そこら辺の提案が始まったところで、馬車の返却をしていたジスが合流した。可哀想に。今から地獄の宣告が始まるとも知らずに。今度差し入れ持っていくね。
「それでは失礼します。会長、モーガン」
「ああ。ゆっくり休め」
「おやすみなさい。バースさん、アニュエちゃん」
「待って待って待って先輩待って」
椅子に拘束されたジスを置いて、私たちは学院会室を後にした。ごめんよジス。付いてきてくれてありがとう。感謝してるのはほんとだよ。今度クッキー焼いてくるからみんなで食べようね。強く生きてね。
もうそろそろ陽も落ちる。報告は終わったし、そのまま寮に戻るのかと思いきや……お姉ちゃんは、『ある場所』に寄りたいと言い出した。
「……そこで、全部話してくれるの?」
「うん。私の予想が、正しければね」
その後、振り返ったお姉ちゃんの背中から、ほんとに小さな声で聞こえた言葉があった。
『できれば、間違っていてほしいけど』
聞き間違い……じゃ、ないと思う。そう言っていた。
お姉ちゃんの予想……? それって、普通に考えたら、あの赤いフードの奴のことだよね。その正体の予想? だとしたら、たとえ間違っていても、どんな情報だって欲しいけど……。
……でも、なんでお姉ちゃんが、『正しいかもしれない』予想を立てられるんだろう……?
再び歩き出したお姉ちゃんは、階段を二つ下りて、一階へ向かった。そのまま廊下を突っ切って校舎を出ると、少し離れたところにある、校舎とは違う意匠の建物へと向かった。
「あれは?」
「美術棟だよ。絵画とか彫刻が飾ってあるの」
「へぇ……」
美術棟……そこに何が?
どうやらその美術棟とやらは生徒なら誰でも入れるらしく、鍵は開いたままだった。夜になると施錠されるらしいから、見るなら早いうちがいい。
その美術棟の階段を一つ上り、また一つ上り……さらに一つ上り。四階に到着したところで、その階段の最後の一段を踏んだまま、お姉ちゃんは硬直した。
「……アニュエ」
「どうしたの?」
名前を呼ばれ、そして、お姉ちゃんが振り返る。その表情は……不安?
「この美術棟にはね。階毎にテーマがあって……四階は、『英雄の間』」
「英雄の、間……?」
名前から察するに、町を救った英雄とか、そういう人たちの像とか絵が飾られてるんだろうか。
でも……何でそんなところに?
お姉ちゃんは何度も、小刻みに首を揺らしたり、口を開いたり閉じたり、何だか情緒不安定のように見えた。そんなになっちゃうくらい、ここに、大事な何かがあるの?
「……見てほしい、絵があるの」
お姉ちゃんに連れられて、美術棟四階、『英雄の間』の中を歩く。筋骨隆々な男の像であったり、鎧を纏った女兵士の像であったり、或いは光に包まれた剣士の絵画であったり。
英雄の間、という名に相応しく、ここにはそれらしいものばかりが飾られていた。
そして、お姉ちゃんが、ある一枚の絵の前で立ち止まった。絵の前にはお姉ちゃんが立ち塞がって、どんな絵なのか、まだ見ることはできない。
「……本当は、見てほしくないって気持ちが半分。でも、見て、違うって言ってほしいって気持ちも半分」
その声が、酷く震えていた。みんなが死んだって伝えた時より、きっと、もっとずっと震えていた。
その言い方じゃ、まるで……。
「……まさか、その絵に、描いてあるの?」
「でも、でもっ……」
落ち着いていたはずのお姉ちゃんが、ここに来てから、ずっとこんな調子だ。視点が彷徨っていたり、言葉に詰まったり。
その絵に、あいつが描かれているのか?
考えられるとすれば、それだ。あいつが、その絵に描かれている。だからお姉ちゃんは、わたしをここに連れてきた。
確証がもてないっていうのも、あくまで絵の特徴とわたしの言った特徴が一致していただけであって、同じ人物とは限らないから。全部、辻褄があう。
でも……だとしたら、何でそんなに震えてるの?
犯人が絵に描かれているのだとしたら、この上ないヒントだ。もしかすると、そのまま答えに繋がるかもしれない。それなのに、何で……?
「アニュエ……犯人に、復讐したいって思う?」
ケルティにも聞かれたな、そんなこと。何度聞かれたって、誰に聞かれたって、わたしはこの答えを曲げるつもりはない。
「……うん。必ず見つけ出して、この手でみんなの仇を討つ」
「それが、もし……もしもだよ。自分の、知ってる人だったとしたらっ……」
……知ってる人? お姉ちゃん、何を言って……。
……知ってる、人?
「……いや、まさか、そんな……違うでしょ、お姉ちゃん……?」
気付いた……気付いてしまった。
そんなはずない。そんなはず。だって、あの時、あそこで……。
違う、違う違う違う違う違う違う。そうだとしたら、理由が無いもん。村を滅ぼす理由が。あるはずない。あるはずないのに。
でも、お姉ちゃんの言葉を聞いて、まさかと思ってしまった。そんなはずはないのに、考えてしまった。
わたしは思わず、絵の前に立つお姉ちゃんを押し退けて、その後ろにあった絵画に飛び付いた。そいつは紛れもなく……あいつだった。赤いフードに、大きな鎌。見間違うはずもない。見間違うはずもないんだ。この絵に描かれてるのはあいつで間違いない。
その絵には、あいつ以外に、色々と描かれていた。
ゆらりゆらりと舞い散る、紅い花。
ゆらりゆらりと舞い落ちる、紅い花。
赤の絵の具で、花弁のように……そして揺らめく、『炎』のように描かれたそれを、わたしは……いや、『わたしたち』は、知っているんだ……!
「……嘘だよ。嘘だよね、お姉ちゃんっ!?」
剣聖ちゃんネクストステージ!
第1部・第1章『小さき復讐者』、完。
『煉獄の花姫 ラタニア・オッグフィールド』




