第二十一話 本心
日を跨いで、翌朝。今度こそケルティとはお別れだ。わたしは学園の馬車に、ケルティは自分の馬車に乗り込んで、目的地へ向けて別々の道を行く。
「ケルティー! またねー!」
「三人とも、気を付けてねー!」
見張りの問題は解決しないかと思ったけど……ちょうどティノーグ方面へ向かう商人たちがいて、その人たちと一緒に行動するらしいから、心配は要らないだろう。本人も結構戦えるみたいだし。
さて。ケルティには今度会いにいく予定だし、ちょっと寂しいけどそこまで酷いわけじゃない。今はわたしたちのことを考えよう。
「ノーブリスまでは馬車で一日って聞いたけど」
「うん。陽が落ちるまでには着くよ」
「何事も無ければ、ですけどねー」
物騒なこと言うなよ。そういうのフラグって言うんだぞ。
あ、因みに御者席と客車の間には窓があって、今はそこを全開にしてる。なのでジスとも会話が出来る状態ってわけだ。
しかし、あれだなぁ。グローグまでの道のりは、起きている間はケルティとずっと話していたもんで。ケルティが結構お喋りなのもあって、ワイワイしてたけど、そのケルティがいなくなったから静かになっちゃうよな。そこに寂しさ感じてしまうかもしれない。
「あ、お菓子食べます? なにかお話でもしますか?」
……そうでもなかった。ジスってそういうキャラだったんだ。初めて会った時はもっと真面目で堅物なイメージがあったんだけど。
「ジスは学院会の中でも一番の問題児だからね。多分、アニュエが思っているような性格じゃないよ」
「いや、真面目な時は真面目ですよ。言うほど問題児でもないです」
「今のセリフでどんな性格なのか大体分かった」
真面目な時は真面目って言う奴は大抵問題児だ。わたしの経験上。
それから……グローグを出てから二時間ほどが経過したけど、驚くほど快適だ。ケルティの馬車は普通の荷運び用だってこともあって、揺れとか凄かったし。初めのうちは寝るまで時間がかかったりしたっけなぁ。
こっちは来賓者を迎えるための馬車ってこともあって、揺れも少ないし、何より広いから快適快適。こんなに違うもんか。
そもそも……来賓者向けの馬車を貸してくれるって、どう頼み込んだんだ? 頼んで貸してくれるものなの?
「ねえ、ジス」
「どうしました?」
「学園でのお姉ちゃんって、どんな感じなの?」
「ちょっ、アニュエ?」
いやだって、気になるじゃん。手紙ではちょくちょく近況報告があったけど、やっぱり実際に誰かから聞くのと、他人からの評価が聞けるのと、そういうの貴重な情報源だし。ジスはお姉ちゃんの後輩みたいだし、そういうの詳しいでしょ、多分。
「学園での先輩ですか? そうですねー……」
ジスがそこまで言ったところで……馬車内の気温が何度か下がった気がした。お姉ちゃんのジスへと向ける眼光が鋭い。『余計なことを言うなよ』という圧が凄い。すごみがすごみ。
「……えっと、すごい優等生ですよ、先輩は」
「優等生?」
優等生、ときたか。村にいた頃からみんなの手伝いをしたり笑顔を振りまいてたり……まあ確かに優等生になりそうな雰囲気はあったけど。ちょっとアバウトだな。
件のお姉ちゃんは両手で顔を抑えている。久し振りに推しが可愛い。あの手の下は顔真っ赤ってことか。褒められ慣れてないな、さては。
「はい。学院会の幹部……会長と副会長って、実は簡単になれるものじゃなくてですね」
「あ、この前手紙読んだよ。お姉ちゃん、副会長なんだっけ」
「うん、まあ……えっと、その辺にしない?」
しません。
「今、学園で『最強』と言われているのが、現学院会会長……ノゥム・バスティ先輩」
へえ、やっぱりそういうのってあるんだ。『学園最強の男!』とか。前の世界でもあったなぁ。『ギルド最強の男!』とか。絡んできたから締めたけど。
その最強って言われてる会長様がどれだけ強いのかは知らないけど……いや、実際のところどれだけ強いんだろうな? リットモールの学園で一番強いって言われても規模が分からん。そもそもそれって教職員は除いての話でしょ? 大陸の方に出たらどのレベルなんだろう。
ぶっちゃけ……わたしより強いかな? どうだろ。あの赤いフードの奴もわたしの攻撃を簡単にいなしてたし……あれがこの世界の基準レベルだとしたら、この世界の人、相当強いよ。
「で、その次に強いって噂されてるのが、オリビア先輩なんです」
「へぇ、お姉ちゃん凄いじゃん」
「やめて……」
そんなに顔赤くしちゃって。可愛いなぁ、ほんと。
しかし、学園で二番目に強いって……やっぱりお母さんの遺伝が影響してるんだろうか。勿論、お姉ちゃん自身の努力もあるだろうけど。
何だっけ、お母さんの二つ名。『煉獄の花姫』か。お姉ちゃんも学園では煉獄の何たらって呼ばれてたりするのかな?
「副会長は二人いまして、もう一人の方は頭脳系の方なので、戦闘力はそこまで。まあ、並の生徒よりは強いですけど」
「その三人が幹部ってこと?」
「そういうことです」
なるほどねぇ。その三人の幹部の中でも、そのバスティっていう会長とお姉ちゃんがずば抜けて強いってことか。
「他にはなんかないの?」
「そうですね……この馬車を借りられたのも、先輩に対する先生たちの評価が高いからなんです」
「そうなの?」
「はい。先輩、外面はいいですから。非常時だったってこともあるんですけど」
やっぱり、普通は借りられないんだな。流石お姉ちゃん。
……あれ、なんか怒ってる、お姉ちゃん?
「……外面『は』?」
「……あー、いや。あの、二人の時はいつも、何というか……」
「……学園に戻ったらじっくり話そうか、ジス」
こっわ。お姉ちゃんこっわ。怒った時のお母さん思い出したわ。顔がクマみたいになってるわ。
「ま、まあまあ……お姉ちゃんが優等生ってことは分かったから」
「まったく……ジス、次に余計なこと言ったら怒るよ」
「あ、最近ファンクラブも出来たみたいですよ」
「ジィィスゥゥゥ!」
あ、こいつあれだな。お姉ちゃんをからかってるな。楽しんでやってるぞ。問題児ってそういうところか。なるほど。
* * *
ノーブリスまでの旅路は今のところ順調で、問題無く進めている。この調子だと陽が落ちるまでには到着するだろう。
というわけで、少し遅めの昼ご飯だ。馬車の中で適当に食べて済ませようかとも思ったけど、何やらお姉ちゃんたちが色々と用意してくれてるらしいので、それを食べることにした。馬車を止めてご飯を食べる時間を含めて一日、らしいから時間は問題無い。
お姉ちゃんたちが持ってきていたのは、缶詰だとか魚の干物だとか色々。おっとこれ便利。スープの素? これ入れたらスープになるんだって。あら便利。これも作るらしい。そんなに食べきれるのか。ケルティじゃあるまいし。
「先輩、火、お願いします」
「はいはい。火の精霊よ、点火」
集めた薪に火を点ける。詠唱めっちゃ省略してんじゃん。あんなに短い簡略詠唱で正確に点火出来るって凄いな。流石に戦闘には使えないだろうけど。
お次は水。鍋もジスたちの自前。
「あ、水は入れるよ。何もしないのはちょっと」
「そうですか? なら、お願いします」
「うんにゃ。水の精霊よ、満たせ」
ジスの持つ両手鍋を、魔法で生み出した水で満たす。その光景を見て、お姉ちゃんが驚いていた。
「アニュエ……魔法の練習、してたんだね。しかも、私の苦手な水魔法も……」
「あ、そっか。お姉ちゃんに見せるのは初めてだっけ」
そういえばそうだ。家にいた頃はみんなに秘密で訓練をしてたわけだし。家の中で使う時もこっそりだったしね。わたしが魔法を使えるってこと、家族で知ってる人は誰もいないんじゃないかな。お母さんはうっすら気付いていた感じもあるけど。
「わたしは、特別火の魔法が得意ってわけでもないんだ。だから、反属性が苦手ってこともない」
「そうなんだ。そんなに短い詠唱で使えるなんて……ザック君と秘密の訓練をしてたんだっけ。いつから?」
「あー……秘密」
いつから始めたっけ。裏山に入ったのは三歳の時? そんなんバラしたら怒られるわ。墓まで持っていくしかない。
わたしが入れた水とお姉ちゃんが点けた火とで、あっという間にお湯が沸く。そこにジスがスープの素を放り込んで、幾つか食材を放り込んで……スープはこれで完成。めっちゃ便利じゃん。向こうに着いたら欲しいな。お金無いけど。
後は干物を焼いて缶詰開けて……えっ、ほんとにこれ全部食べる感じ? そんな食べれる?
「これ……多くない?」
「え? ……ああ、ごめん。私、暫く何も食べてなくてさ。お腹空いちゃって」
少し暗い表情で、お姉ちゃんが言う。
それはつまり……村のことが心配で、何か食べる気にもなれなかった、ってこと?
一気に、雰囲気が暗くなった。ジスは当然そのことを知っていて、敢えて言わないようにしていたのか……缶詰を開ける手が止まっていた。
「あ、ああ、ほら、あれだよあれ。あの、ダイエット。ちょっと太っちゃってさ。でも、もうやめようかなって」
「そ、そうですよねー。先輩、最近ブタさんみたいにお肉ついてきましたもんねー!」
「……誰がブタみたいだって?」
暗かった表情を、無理矢理明るくして言ったような言葉。止まっていた手はさっきよりも早く動いている。
場を和ませる為の嘘……だっていうのは、何も言わないでも分かるよね。最後のキレ方は本気だろうけど。
でもそれってつまり、そこには触れないでくれってことで……。
だから、触れないことにした。今は。
「……油断してたらすぐ太るからね。気を付けないと」
「そうだね。気を付けないと……」
ご飯を食べ終えると、ジスは適当な理由を付けてどこかへ行ってしまった。馬に餌をやるだとか、その辺を散歩してくるとか。すぐに帰ってくるとは言っていたけど……要は、わたしたちを二人にしてくれたんだと思う。気遣いなのか、それとも居づらかっただけなのか……どちらかは、分からないけど。
わたしは水の入ったコップを持ちながら、消えた火の跡を眺めるお姉ちゃんの隣に座った。
隣から見るお姉ちゃんの表情は何だか物憂げで、何を考えているのか、何となくだけど分かってしまった。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「無理しなくていいんだよ」
物憂げだったお姉ちゃんの表情が、途端に歪む。
「……無理なんてしてないよ」
「してるよ。無理に明るく振舞ってる」
「そんなんじゃ……」
違う、とも言えないのか、黙りこくってしまった。
そうだよね。分かるよ。わたしもそうだった。
「わたしも分かるもん。村を出て、ケルティと出会って……ケルティの前では明るく振舞ってたけど、しんどかったから」
同情なんてしてほしくなくて。みんなに心配をかけたくなくて……無理に明るく振舞ってたのは、しんどかったなぁ。
今のお姉ちゃんはまさにそれだ。この中では最年長。しっかりしなくちゃとか、そんな風に思ってるのかもしれない。そこはお姉ちゃんの考えてることだから、わたしには分からないけど。
でも、無理に明るく振舞ってるのを見るのは、こっちだってしんどいんだってことに、今気付いた。ケルティもこんな感じだったのかな。
「……アニュエはいいよね」
「……え?」
コップを持つお姉ちゃんの手が、ふるふると震えていた。
次の瞬間、お姉ちゃんは鉄製のコップを投げ捨て、わたしを押し倒すようにのしかかってきた。
「おねえちゃっ……」
「アニュエはずっと村にいて、村が滅ぶその時まで皆と一緒にいられて……でも私は違うんだよ!」
半分怒声で、半分は他の感情。お姉ちゃんですら把握出来ていないであろう色んな感情が混ざって、一気に降りかかってきた。
「私はっ、もう何ヶ月もママとパパに会ってなくてっ……もうすぐ会えるって喜んでたら、皆死んじゃって……!」
お姉ちゃんが最期にみんなに会ったのは、今年の年明け。もう半年ほど前のことだ。
そっか。怒声が混じってたのは……わたしが、羨ましかったから。死ぬその日まで一緒にいた、わたしが。
「アニュエに私の気持ちは分からないよっ! だって、だってっ……」
他の色んな感情は、自分が間違ったことを言っているっていう自覚があったから。確かにわたしはお母さんたちとずっといたけど……その分、村が滅ぶその瞬間を見ている。お父さんを目の前で殺されて。
だから、悲しさは同じ。それが分かってはいたけど、言わずにはいられなかった。そんな感じ。
そこまで言って、お姉ちゃんは急にしおれ、わたしから離れた。膝をつき、両手で顔を塞ぎながら……その奥から、今度は泣きじゃくったような声が聞こえてきた。
「……ごめん、こんなこと、言うつもりじゃ、なかったのに……!」
「……ううん。それがお姉ちゃんの、ほんとの気持ちなんだよね」
今はただ、吐き出せるだけ吐き出させた方がいいと思う。溜め込んだままじゃ、いつか破裂しちゃうよ。お姉ちゃんだって完璧超人じゃないんだから。
泣きじゃくるお姉ちゃんをそっと抱きしめようと。抱きしめようとして……何か、微かな音が聞こえた。
音……いや、声?
「……今何か聞こえた?」
「……何か、って……?」
聞こえてない? やっぱり、気のせい……?
いや、確かに聞こえた。何か、叫び声みたいなのが……。
「……たーすーけーてー!」
「聞こえたっ!」
あれでも……これ、ジスの声っぽい?
助けてって……まさか、何かに襲われてんの!?
「お姉ちゃん、今のジスっぽいよね!?」
「う、うん……よく分からないけど、探しに行かないと」
お姉ちゃんは涙を拭って、腰の剣を抜いた。勿論、実剣だ。
まったく……だからフラグは建てるなと言ったのに。




