第二〇話 絶望と嗚咽
「ママとパパは? 一緒に来てるんでしょ?」
お姉ちゃんのその問いに、わたしは、何と答えれば良いのか分からなかった。
そうか、お姉ちゃんは……家族で生き残ったのがわたしだけだってことまでは、知らなかったのか……。
ケルティも言っていた。生き残りがいることは知っていたけど、何人いるのかまでは知らないって。
普通に考えて、ノーブリスはケルティの故郷、ティノーグよりも遠いところにあった。更に曖昧な情報が伝わっていたとしてもおかしくはない。
「どこか宿にでもいるの? だったら、すぐにでも行こうよ」
「お姉ちゃん……」
わたしの手を取って歩き出そうとするお姉ちゃんを……引き留めた。まさかわたしが止まるとは思ってなかったのか、そんなに力がこもってなかったのか……お姉ちゃんの体だけが先に行って、手が離れた。
「どうしたの、アニュエ? ママたちも……」
答えられない。答えたくない……。
わたしがここに来たのは、お姉ちゃんに会うため。お姉ちゃんに会って、みんなのことを話すためだ。
でもいざお姉ちゃんを前にすると……怖くて、何も言葉に出来なかった。
くそ……前世で剣聖なんて名乗っててこのざまか。これじゃほんとに、ただの子供みたいじゃんか……。
「お姉ちゃん……みんなは……」
言葉にならない音を何度か発して、お姉ちゃんはそれで何かを察して、途端に顔を青くした。
「ママたちも……生きてるん、だよね……?」
「お母さんたちは……みんなは……」
生き残ったのはわたしとザックの二人だけで、他のみんなは死んでしまった。文字に起こせばたったそれだけなんだけど、それを言うのがこんなに難しいか。
お姉ちゃんはよろよろと数歩後退り、膝から崩れ落ちた。
「先輩っ!」
「そんな、まさか……」
崩れたお姉ちゃんを支えるように、ジスが走り寄る。お姉ちゃんもわたしも、内容は違うけれど、お互い、絶望の底にあった。
「……どこか、二人だけで話せる場所、あるかな」
お姉ちゃんとジスにそう聞くと、ジスはお姉ちゃんの肩を持って立ち上がり、頷いた。
「私たちが乗ってきた馬車があります。外からは見えないので、使ってください」
「いいの?」
「はい。私たちは席を外しますので」
そう言った彼女たちと、ケルティと共に、お姉ちゃんたちの乗ってきた馬車のもとへ向かう。元は学園への来賓者を迎えるために使うもののようで、見た目だけは高級そうな馬車だった。
ケルティのものとは違い、完全な箱型の馬車。確かにこれなら、外からは見えないし、二人で話すのに最適だろう。
お姉ちゃんはふらつきながら、ジスに支えられながら歩いていた。こんなお姉ちゃんに、更に追い討ちをかけるような真似はしたくない……本当に、今のお姉ちゃんは、みんなが死んだ事実を受け入れられるか?
ケルティが馬車の扉を開けてくれる。わたしは先に入り、お姉ちゃんの手を引いて中へ誘導した。
「それでは……私たちもその辺にいますので。時間は気にせずに、ゆっくりお話しください」
「アニュエちゃん……ちゃんと、話すんだよ?」
「ありがとう、ジス、ケルティ……」
扉をゆっくりと閉め、お姉ちゃんの向かいに座る。お姉ちゃんはさっきから一言も発することなく、ただ地面を眺めているだけだった。
「どこから……話せばいいか、分からないんだけど……」
そう言っても、お姉ちゃんはピクリと肩を震わせるだけで、何も言わなかった。
どこから話すべきか。そもそもの話、わたしもザックも、事の『発端』については知らない。わたしたちが裏山を下りて村に着いたのが、襲撃が始まってから少し経ってからだったからだ。どういう経緯で村を焼かれたのか。そこまでは分からない。
「あの日……わたしとザックは、村にいなかったの」
「今だから言うけど、わたしたちはもう何年も前から裏山で訓練してた」
「あの日も、二人で裏山にいた。だから、事件の始まりは知らない」
お姉ちゃんは依然として沈黙を貫いたままだった。そんなお姉ちゃんに語りかけるように……一つ言葉が出てしまえば、続く言葉は驚くほどスラスラと口にできた。
自分でも、あの日のことを思い出しながら。正確に、お姉ちゃんに伝えないと。
「襲撃に気付いたのは……夕方。訓練が終わって、休憩したら帰ろうかって話してた時だった」
そう。あの日は不思議と気合が入ってしまって、ザックがヘトヘトになっていたから、一〇分ほど休憩してから山を降りようかって話になったんだ。最近は山の上の方まで登って訓練をしていたから、あの状態で降りるのは少し危険だった。
……そうだ。その後だった。その後、襲撃があったんだ。
「突然、村の方で爆発音が聞こえて……急いで山を降りて……」
今でも鮮明に覚えている。二回だ。二回、大きな爆発音が聞こえた。一回目でわたしが飛び起きて、二回目でザックが飛び上がった。
何の前触れもなく……そいつはやってきたんだ。それまで何ともなかったのに、突然。
「……けど、山を降りた頃には、村のみんなはもうダメだった」
「その後、ザックと二人で家の方に向かって……」
家に向かう途中、色んなところで死体を見た。山に入る前は元気だったはずのみんなが、みんな……倒れてた。
あの時、わたしの頭の中には……お母さんたちのことしかなかった。まだ無事でいて、どうか何事もなくわたしを出迎えて、って。
けど……家に着いた時、真っ先に飛び込んできたのは、赤いフードのあいつに殺される、お父さんの姿だった。
「そこで……目の前でお父さんを殺された」
そこまで話したところで、お姉ちゃんの顔色を窺った。青い顔はまだ青いままで、唇は震えていた。何かを言いたいようで、言えない……そんな風に見えた。
「その後、犯人と戦って、そいつはわたしたちを殺さずに消えちゃって……」
あの時、冷静になって戦っていれば、もしかするとあいつを倒せたのかもしれない。あの時のわたしは少し……いや、かなり平静さを欠いていた。だからあいつの顔を見ることもなく、取り逃がしてしまった。
ザックはあいつの最後の反撃で負傷して、わたしがそれを治している間に、あいつは逃げた。なんで逃げたのかは分からない。殺す必要もないと判断したのか、若しくは他に理由があったのか。今となっては、どちらでも関係ない。
ここまで話して、お姉ちゃんは漸く、その口を開いた。
「生き残りは……いなかったんだよね……」
「……うん。村の中にはいなかった。もしかすると、村の外に逃げた人もいるかもしれないけど……少なくとも、お父さんとお母さんは違うと思う」
目の前で殺されたお父さんと、家の中にあった死体から考えて、二人が生き残っている可能性は無い。そう判断していい。
「その後、村の跡地にお墓を建てて……お姉ちゃんにこのことを話すために、ノーブリスまで向かおうとした」
「それで偶然、私もここまで来てたから出会えた、ってこと……」
これで、村で起きたことは全て話した。何も隠さず、全て。
しかし、お姉ちゃんは満足がいかないのか、首を小さく横に振った。
「一つ……聞いてないことがある」
「……何?」
「その犯人は……どんな奴だったの……?」
……そうか。犯人がどんな奴なのか、お姉ちゃんは知らないんだ。それも話しておくべきだった。
「顔は分からないけど……赤いフードを被って、大きな鎌を持ってた」
それを聞いた瞬間、お姉ちゃんの顔がさらに青ざめる。
「……赤いフードに、鎌?」
「……何か知ってるの?」
「……いや、そんな、まさか……」
何か考え込むように黙り込むお姉ちゃん。まさしく、何か知っている風な様子だった。
その肩を掴んで、軽く揺する。
「お姉ちゃん。わたしはあいつを探してる。何か知ってるなら、教えてよ」
「ダメ……確信が持てないし、何より……」
やっぱりだ。お姉ちゃんはあいつについて何か知ってる。今は何の手掛かりもないんだ。お姉ちゃんの持つ情報だけが頼りなんだ。
「わたしは……みんなの仇を討ちたいの……お願い。教えて、お姉ちゃん」
「アニュエ……」
我ながら、苦しいはずのお姉ちゃんに、こういう迫り方しか出来ないというのが嫌になる。情を誘っている、って言えばいいのか。他にやり方があるなら、こんな言い方しなかった。
お姉ちゃんは静かに目を閉じて、深く息を吸う。わたしは掴んでいた肩を離して、お姉ちゃんから距離をとった。
すぅ、はぁ。何度も大きく息を吸って、吐いて。気持ちを落ち着かせるためか、或いは気持ちを昂らせるためか。
やがて、肩の震えが収まり、わたしを真っすぐと見られるようになって、お姉ちゃんは再び口を開いた。
「……私と一緒に、学園まで来て。そこで全部話すから」
学園、というのは当然、お姉ちゃんの通うリットモール統一魔法学園のことだろう。
しかし、また急に何故……?
「学園に……? 何で、どうして……?」
「確かめないと、いけないことがあるから……」
ふざけている様子はない。当たり前だけど。
わたしとしても、あいつの情報が得られるなら……そのくらい、お安い御用だ。
「分かった。お姉ちゃんと一緒に、学園まで行くよ」
「うん……ねえ、アニュエ」
「何、お姉ちゃん?」
「もう一つお願いしても、いいかな……」
今にも泣き出しそうなお姉ちゃんの顔を見て、その『お願い』が何なのか、すぐに察した。
わたしはお姉ちゃんの隣の席に移動して、小さなお姉ちゃんの体を抱きしめた。お姉ちゃんはまるで赤ん坊のように、わたしに抱きついてきた。
「なんで……なんで、こうなっちゃったのかなぁっ……なんでっ……」
なんで、か……そんなの、わたしが聞きたいよ。
なんで、なんのために。わたしにだって分からない。
分からないんだよ、お姉ちゃん……。
「っぅ、ぁあっ……!」
お姉ちゃんの嗚咽にも似た泣き声が、馬車の中でひっそりと響き渡っていた。
* * *
扉を開けて外に出ると、離れた場所で待機していたジスとケルティが、すぐさまこちらへ駆け寄ってきた。
「……お話は済んだみたいですね」
「アニュエちゃん……大丈夫?」
「うん。わたしは……大丈夫」
あの後、お姉ちゃんにつられて、わたしも一緒に大号泣してしまったから、二人とも目が真っ赤に腫れているだろう。みっともない。いや、こんな時くらい、みっともなくたっていいか。誰に責められるわけでもないし。
お姉ちゃんもすっかり泣き止んで、今は元通り。後輩の前で情けない姿は見せたくなかったのかも。
さて……じゃあ、お姉ちゃんに報告するっていう急ぎの目的は達成したわけだし。今度はノーブリスにある魔法学園まで行こう。お姉ちゃんがそこで、何かを話してくれるらしいから。
……っと、その前に。
「ケルティ……実はね」
「うん?」
ケルティに、今後の方針を話した。ケルティとは元々、朝の段階で別れるつもりだった。それが、こんなことになって引き止めてしまった形になる。
ここから先、無理に来てくれとはとても言えない。ここまで連れてきてくれただけでもありがたい。
それに、ここから先は……多分、危険な旅になる。学園まで行った後は、あの赤いフードを探すために旅に出るわけだから。そんな旅にケルティを巻き込めない。
「と、いうわけなんだ」
朝とは違って、悲しそうな表情はしていない。心配が薄れたからか。そうだろう、きっと。
「うん。お姉ちゃんにも会えたみたいだし、もう大丈夫そうだね」
ケルティが手を差し出してくる。その手を、力強く握った。
「ほんとにありがとう、ケルティ。ここまで付き合わせちゃってごめんね」
「ナハハ、子供がそんなこと気にしないの。私が手伝いたかったから手伝っただけだよ」
まぁたそんなこと言って……ケルティ、聖人すぎて悪い奴に騙されたりしないか心配だよ。
握手だけじゃ飽き足らず、ケルティはそのままがばっとわたしを抱き締めると、頭を撫でた。ふぁぁぁ胸で窒息する……!
暫くして解放されて、空気を確保して……そして、ここでお別れだ。
「全部片付いたら、絶対、遊びにいくからね」
「待ってるよ、アニュエちゃん」
「ネルソンさん。妹がお世話になりました。このお礼は、必ず」
「お礼っていうなら、姉妹揃って、元気に、仲良く遊びにきて。美味しいスープ作って待ってるから」
「……それってトマリスープ?」
「ナハハ」
不吉な笑みを浮かべるな。
……よし。それじゃあ、いつまでもこうしていちゃキリがないし。
「またね、ケルティ」
「うん。またね、アニュエちゃん」
お涙頂戴のお別れ。そんなシーンに横槍を入れたのは……ジス。
「あ、でも、出発は明日ですよ、アニュエさん。今から出ても夜になってしまうので」
「え、まじ?」
「あ、私も明日の朝に出発しようと思ってたんだけど……」
……え?
…………え?
「……それもっと早く言わない?」
……朝まで一緒じゃん。今お別れする必要、あった?




