第十九話 お姉ちゃん
ケルティに買ってもらった肉饅頭片手に、わたしは今、ケルティとは別行動で件の人物の捜索に当たっていた。
理由は簡単。効率の問題もあるし、何より、入り口の見張りがいなければ、わたしたちが探している間に町から出てしまうという、最悪の事態が発生してしまう可能性があるからだ。
その入り口の見張りはケルティが担当している。直接探すのは、特徴を細かく聞いたわたしの方が適任だ。
空腹はかなり収まってきて……そりゃそうだ。この肉饅頭の前にも串焼きとか色々食べてるし。
美味しい。それどころじゃないのは分かってるけど、ケルティの言う通り、腹が減っては何とやら、だ。食べた方が頭も働くし、何より変にやさぐれたりしないし。
あの商人を捕まえてからもう一時間近く経つ。商人が例の人物に会ってからだとおよそ三時間。いつまでこの町に留まっているかは分からないけど……わたしなら、ここから次の村や町に行く前に腹ごしらえをする。だから、そう時間は残されていないと思う。
商人が言うには、その人物は『長い栗色の髪』で、『若い女の子』、それから『背が低く』、『妹という単語』を口にしていたらしい。『少し高そうな部分鎧』を身に付けていたとも言っていた。それだけ特徴が揃っていれば、見た瞬間に分かる。見た瞬間に分かるけど、そもそもそんな人見当たらない。
もう町を出た後なのか……? いや、町は広いし、まだ回ってない場所も多い。判断するには早すぎる。
「ここら辺にはいないのか……?」
町の看板でこの町の構造は大体把握してある。町の北には鉱山入口の集合地があり、中央には大きな広場、広場を囲うように歓楽街が広がっており、その外周に住宅地がある。ケルティのいる町の入り口は鉱山入口と反対の南側。
今いるのがここ、歓楽街。人に聞いて回るなら人の多いところに行くだろうと予想してのことだったけど、違ったか?
他に人が集まりそうなところと言えば……鉱山入口と町の入り口。後者はケルティが見張ってくれているし、向かうなら鉱山の方か。
聞き込みをしながらわたしを探している人を、聞き込みをしながらわたしが探す。何だか妙な話だ。今のところ『見た』って話も聞かないし……本当にこの町にいるのか? ガセネタを掴まされたんじゃない? だとしたらあの商人ぶっ飛ばすけど。
まあ、今は黙って探すしかないか……せめて『まだこの町にいる』ってことだけでも分かると、心の持ちようも変わるんだけど……。
「親方、そんなやつ見ました?」
「知らねえなぁ。俺ぁ、今日は朝から潜ってたんでよ」
それから更に三〇分後。ぼさぼさの髭を生やした偉丈夫が、ピッケルを肩に構えながらそう答えてくれた。今は休憩中だろうか、入口で瓶の酒を飲んでる。いや、真昼間から酒飲むなよ……しかも仕事中だろ……?
「おい、見た奴いるか?」
その後ろにいた弟子らしき人たちに声をかけるが、誰一人として首を縦には振らない。
誰も見てないか……仕方ない、他のチームを当たるか。
と、その時だった。
「あ、もしかしたら見たかもしれないっス」
……一人の男が、ひょいと手を挙げた。
立ち上がったのは、サルみたいな顔の男。親方に憧れているのか髭を生やしているけど、カクカクに固まっててかなりダサい。直角髭だ。直角髭サル。
「おいタンノ、それいつの話だ?」
「えーっと……三〇分くらい前っスね。疲れて外でサボってたんスけど、その時にそんな感じの人を見たっスよ。この辺じゃ珍しい格好だったんで覚えてるっス」
「その人、どっち行った?」
「向こうっスね。鉱山からは離れていったっス」
彼は広場のある方角を指差した。この方角だと、広場と、歓楽街の一部とそれから……町の入り口か。
となると、もうここでの聞き込みは諦めて町から出て行こうとしてる?
商人から話を聞いたのが一時間半ほど前。商人はその更に二時間前に目撃していてて、この人がここで見かけたのが三〇分前。その誤差、およそ三時間。直線距離だと、広場から鉱山まで、とてもじゃないがそんなに時間はかからない。広場で聞き込みをしたあと、歓楽街を周りながら、最後に鉱山を訪れたか……或いは、ご飯でも食べていたか。
どちらにせよ、もう鉱山にいないのは確かだ。ここを探さなくていいというだけでも楽になる。
しかし……その後の情報は言っても良いものだったのか?
横目で親方の顔を見れば、その額に青筋が浮かんでいた。サボってもいい職場なのかと思ったけどやっぱりそうじゃなかった。
「嬢ちゃん……早く行きな……俺ぁちょいとこいつに用があるんでな……」
「あ、うん。ありがと」
棒読みで礼を告げ、早々にその場から立ち去った。振り返った後ろの方で鈍い音と悲鳴が聞こえたのは言うまでもない。
タンノさん、だっけ。せめて死なないことを祈ってるよ。ありがとね。
* * *
色々考えた結果、やっぱり考えても無駄だということが分かったので、わたしは寄り道しながらケルティのところへ向かうことにした。一旦合流して何か方法を考えないといけない。このまま闇雲に探し回ってもキリがないからね。
鉱山を離れたわたしは、ぐるりと右を向き、右回りに町を半周しながら町の入り口へ向かおうとした。右利きなので。それ以上の理由はない。
結局、二時間近く探し回ったけど、得られたのは少し前に鉱山入口にいたって情報くらいか。この辺りにはいると思うんだけど、中々すれ違って見つからない。全く、どこにいるんだか。
栗色の髪に少し高そうな鎧……タンノさんは『この辺じゃ珍しい格好』って言ってたし、すぐに見つかりそうなもんなんだけど。何でかなぁ。
「……あのぉ」
いっそのこと、その人物が町を出るまで、徹夜で入り口を見張っている方が確実なのかも。ケルティだっていつまでここにいられるか分からないわけだし。
けど、町を出るとしたら夜はない。夜のうちに出歩くのは危ないから、出るとするなら朝か昼。その時間、重点的に見張っていればそう難しいことでもない。
「えっと、そこの人……」
これが『確実に』お姉ちゃんだと分かっている状況なら、死んででも待つんだけど……まだお姉ちゃんだと確定したわけじゃないし、わたしだって先を急がなくちゃならない。出来ることなら早いところこちらから見つけてしまいたいものなんだけども。
「……あの、新手のいじめですか?」
「え?」
あ、まさか、わたしに話しかけてたのか。聞き覚えのない声だからわたしじゃないものかと。
……待てよ、聞き覚えのない声?
もしかして、例の人物か? この声の主が……。
「……あ、良かったぁ。このまま無視され続けるのかと……」
ゆっくり振り返ると、そこには『見知らぬ』女の人。少し高そうな鎧に、『長身』、それから……『黒い』髪。
……違う。お姉ちゃんじゃない。それに、わたしたちが探してた人物とも特徴が一致しない。
「……誰?」
「あ、私、ジス・ベルクマンといいます。突然すみません」
ジスと名乗った彼女は……まだ一〇代半ばくらいか? わたしより少し歳上、くらいに見える。
「実は……少し、お聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと……?」
「はい。リットモールの端にある、ヴェガ村の噂をご存知ですか?」
まさか。いや、そうか……そうだったのか。
……つまり、そういうことか。わたしたちが知らないだけで、例の人物は『複数人』存在していた。探していた『栗色の髪』の人以外にもいたんだ。
少し高そうな鎧……というより、こいつは制服だな? 洗練されたデザインの青い制服に、銀色の部分鎧。制服ということは、どこかの部隊や軍に所属している人間。
或いは……『学校』か。
「それで……」
「あー、はいはい。分かってる分かってる。『生き残りのことを知らないか』……でしょ?」
ジスの言葉を遮ってそう言うと、ジスは酷く驚いた様子で口を開いていた。多分次の台詞は『何でそれを?』だ。
「……? 何故それを……?」
ほらね。向こうは探している側で探されているとは考えてもいないだろうし、驚くのも当然だ。
こいつが件の人物のお仲間だと判明したところで、だったら話は簡単だ。わたしが探しているあの人のところへ連れていってもらえばいい。仲間なら集合場所くらい決めてるだろう。流石に。
「わたしも、あんたたちを探してた。あんたの仲間に、栗色の髪で背が低い女の人、いるでしょ? あ、名前は言わないで」
「え、えぇ……いますけど……」
「連れていって。ヴェガ村の生き残りの情報を持ってる」
* * *
例の人物とはもうすぐ中央広場で落ちあう約束をしていたらしく、わたしはまずケルティを迎えに町の入り口へと向かった。ケルティは相変わらずの食欲で、まだ何かもっしゃもっしゃ食っていた。あれから何時間経ったと思ってんだ……?
「ケルティ!」
「んぁ、アニュエちゃん……ンゴフッ……!?」
呼びかけると、ケルティは声に反応してこちらを見るが……その時に食べていたものを喉に詰まらせたらしく、胸をどんどんと強く叩き始めた。
ああもう、何やってんだか……。
「ほらほら、慌てない慌てない。落ち着く落ち着く」
「んぶっ、はっ……ふぅ……」
魔法で生み出した水をケルティの口の中へと突っ込む。喉に詰まった異物を流しこもうと、ケルティはそれを必死に吸い込んで……やっと落ち着いたか馬鹿野郎。
「はっ……ありがとう、アニュエちゃん。危うく死ぬところだったよ……」
「水も持たないでご飯なんて食べるから……じゃなくて」
んなことどうだっていいんだよ。いやどうでもいいこともない。窒息死は大変だからね。どうでもいいってことじゃないけど、本題それじゃねーから。話おかしな方向に持っていこうとするな。
「ケルティ、進展ありだよ。この人」
後ろにいたジスの更に後ろへ下がると、必然的に前に出たジスの姿を、ケルティはじろじろと眺めた。や、初対面の人をそんなに見ない方が。ちょっと失礼な気がする。わたしも人のこと言えないけど。
「この人……聞いてた特徴と違うね。何人かいたってことか……」
「……? よく分かりませんが、この町にいるのは、私と先輩の二人です」
先輩、か。向こうの方が立場が上らしい。名前はわたしの希望で聞いていないので、わたしたちの知っている特徴の人物と、その『先輩』が同一人物なのかどうかの確認だけはしておいた。
やはり、同一人物だった。ジスの言う『先輩』は栗色の髪で背は低く、若い女の人らしい。
「その、先輩、っていうのが、私たちが探してた人のことだね」
「うん。今からその人に会いに行くんだよ。ケルティも一緒に来て」
「分かった。もう見張ってる必要も無いしね」
頷いたケルティを回収し、三人で中央広場へ向かう。到着するなり、ジスが広場の真ん中にいた人影の背中を指差しで叫んだ。
「あ、あの人です。せんぱーい!」
長くてサラサラな栗色の髪。背丈はわたしよりも少し大きいくらいで、ジスと同じ格好をしている。
……ああ。やっぱりそうだ。後ろ姿でも、見間違えるはずがない。だって、何年も……一緒に、暮らしてきたんだもん。
「……ジス。そんな大きな声で呼ぶと恥ずかしい……」
ゆっくりと振り返った彼女は、次の瞬間、目を見開いて言葉を失った。ジスを見て……いいや、その隣にいた、『わたし』を見て。
「……アニュエ?」
「……お姉ちゃんっ!」
名前を呼ばれるより先に駆け出していた。そして、お姉ちゃんがわたしの名を呼ぶのとほぼ同時に、思い切り飛びついた。
……胸の部分鎧が硬くて、頭をぶつけると痛い。だけど、そこにいるってことが実感出来て……幻覚でも、偽物でもないんだ。
「アニュエ……本当に、アニュエなんだよね……?」
「お姉ちゃん……もう、顔も忘れちゃった?」
「そんなわけないでしょ、馬鹿っ……!」
冗談混じりにそう言った。涙を引っ込めるためだった。そうしたら、お姉ちゃんがボロボロ泣き出しちゃって……強く抱き締められると、わたしまで泣いてしまった。
もう……痛いよ、鎧当たってるし……。
でも……そんなの、どうだって良かった。
「会いたかった……村が滅んだって聞いてから、ずっと心配でっ……」
「うん……ごめんね、お姉ちゃん……会いにくるのが遅くなって……」
二人してボロボロ泣いて、抱き締めあって、それから……また、わんわん泣いた。
暫くして、お姉ちゃんは力を緩めて、わたしを引き剥がして言ったのだ。
「……そうだ。ママとパパは? 一緒に来てるんでしょ?」




