第十六話 野営
目が覚めると……もう夕方。空は真っ赤に染まり、風が少し冷たくなっていた。
……しまった。寝過ぎた。あくまでも気分転換のつもりで眠っただけなのに、やっちまった。
起きた時の物音で気が付いたのか、御者席のケルティは振り向かずに声をかけてきた。
「起きた?」
「ごめん……寝過ぎた」
「いいよいいよ。起きててもやることないし。よく眠れた?」
「うん。久々にゆっくり寝た気がする」
「そっかそっか」
ここ最近は、自分でも分かるくらい殺伐としてて……確かに、良い気分転換になったかもしれない。ただ眠っただけなのに、そう感じた。
とは言ったものの。ケルティは気にするなとは言うけど、流石にタダ乗りしているだけでは申し訳ない。何かわたしに出来ることとかないかな。
狩りとか。後は……夜の見張り番? 洗濯もおまかせあれ。ただし料理、オメーはダメだ。まだ『焼く煮る蒸す』くらいしか出来ないからね。わたしに料理なんてさせたら毎日獣の丸焼きさ。
ということで、提案だ。わたしはここからグローグまで馬車に乗せてもらう約束。その代わりに、何かケルティの負担になっていることを肩代わりする。馬車なら前世で何度か走らされたこともあるし、交代で走らせるというのもありかも。
「……何かある?」
「えぇ……? 別にそんなの気にしないよ? 疲れてるだろうし……」
「わたしが気にするの。性に合わないというか何というか」
ウンウンと唸るケルティ。そこら辺気にした方がいいと思うんだけど。人一人……それも子供一人乗せるくらい、誤差程度なんだろうけど。こっちからしたら、助けてもらうだけ助けてもらって、何も恩返しができないのは気まずい。
『まあ、そこまで言うなら、夜までには考えとくよ』
ケルティがそう言ったことで、わたしも折れることにした。
それから時が流れ、夜。あれから一時間ほどで馬車を止め、わたしたちは野営の準備を始めた。荷台の後ろに積んであった簡素なテントを引っ張り出して設営し、そこらから木の枝を集めて火を起こした。魔法でチョチョイのチョイ。
その頃には、もう辺りは真っ暗だった。街灯も何も無いから、夜になると火と月明かりだけが頼りだ。最悪、魔法で照らせばいい話なんだけど。
魔法を使って火を起こすと、ケルティが『わぉ』と驚きの声をあげた。
「アニュエちゃん、魔法使えるんだ」
「ケルティは使えないの?」
「うん。子供の頃に絶望的に才能が無いって言われたっきり」
「絶望的にかぁ……」
いるいる、魔法の制御が上手く出来ない人。詠唱をちゃんとしていても、脳でその処理が出来ない人。『才能が無い』って言うんだけどね、そういう人たちのこと。
絶望的にってことは……そもそも魔法の原理が理解出来てないとか。或いは『使えない』と卑下しすぎて制御を放棄してるか。どっちかかなぁ。
まあ、それはおいおい。
取り敢えず野営の準備はこのくらいか。火を起こしておけば獣は寄ってこないし、後は盗賊とか山賊に襲われないかだけ見張っておけばいいと思う。
……うん?
「そういえば……夜中の見張り、どうするつもりだったの? 盗賊とか、そういうの」
「ナハハ。私、こう見えても強いから」
腕を曲げて力こぶを作……れてねぇ。小せえ。本当に強いのか……?
でも、一人で馬車を走らせてここまできてるわけだし……強ち嘘でも無いのかも? いや、分からんな。ケルティってちょっと訳の分からんところあるし。
「……っていうか、それだとグローグまで不眠不休で行くことになるじゃん」
「そうなるね」
「いや、それはまずいでしょ……」
何が『そうなるね』だ馬鹿じゃねーのか。こっから何日かかるのかは知らないけど、その間ずっと寝ずに動けるわけないじゃん馬鹿かよ。
まったく……いつもどうしてるの、この人。毎回不眠不休でやってるわけじゃないだろうし。
今回はわたしがいるから……そうだな。乗せてもらってるお礼に、夜の見張りはわたしがしようか。
「いやいや。アニュエちゃんみたいな小さな子供を見張りにするのはおかしいでしょ」
そう提案したら速攻で却下された。何でだよ。
……ああ、そっか。ザックと一緒にいた時の感覚だった。あいつはわたしが強いって分かってるから、こういう時は素直になるんだけど。
普通に考えて、十一歳の子供が盗賊やら獣やらに勝てるはずがない。よっぽどのことがない限りね。わたしの場合、その『よっぽど』の場合だから勝てるし問題無い。
ただ、それをケルティに分かってもらうには……どうすればいいかなぁ。手っ取り早いのはケルティをボッコすることだけど、初対面の相手をボッコするほど外道でもないので却下。
「わたし、こう見えても強いから」
「強いって……子供の喧嘩じゃないんだよ?」
力こぶを作って、ふんっ。ダメか。そりゃそうか。
どうすっかなぁ……時間がかからず、尚且つケルティにわたしが強いということを証明する方法……なんかないかな。
……そうだ、ひらめいた。
「……あ、今食べたいお肉、ある?」
「え? お、お肉……?」
「うん。イノシシとかオオカミとかその他諸々」
幸いにしてこの近辺には獣が多いようなので、ここら辺で狩れる奴らなら何でもオーケー。出来れば強そうな奴。
ケルティは少し悩む風な仕草を見せ、やがて頷いた。
「……ぶっちゃけお肉なら何でも美味しい」
「わかる……じゃなくて」
じゃない。そういう話じゃない。
「急にどうしたの……?」
「わたしが強いってことの証明。ちょっくら待たれよ」
わたしはその場で大きな方の木剣を抜き、森の方へと駆けた。ケルティの制止も聞かず。
真っ暗だな……うぉっと危ない、暗すぎて木が見えん。
誰も見てないし……『スフィア』流でいこう。
左手で大気中のエーテルを書き換え、事象を上書きする。呼び起こすは『光』。ぽうっと灯った光の球を、わたしの周囲を漂うように固定する。
これで良し。後は問題の獣を探すだけだ。丁度近くからフゴフゴちっくな荒い鼻息が聞こえるし、危険排除のためにもこいつを狩るとしよう。
木々を避けて森の中を駆け、標的を前方に捉えたところで大きく跳躍する。刃のない、斬れない剣。斬れないならば斬れないで、使いようがある。
空中で大きく体を捻り、体を回転させる。落下する重力と回転する遠心力。それをただ、剣にだけ集中させ……そいつがこちらを見た時には、剣は、既にその『頭部』を砕いていた。
……と同時に、凄まじい音を発しながら地面が窪んだ。おっといっけね。やり過ぎた。もっと手加減しても良かったか。
ま、まあ……こんだけやれば獣も怖がって近寄らないでしょ。結果オーライ。後はこの『イノシシさん』をケルティのところへ届ければミッション成功だ。
というわけで、わたしの計画は至ってシンプル。この辺りには獣も多く出没するそうだし、その獣を簡単に屠って担いでいけば、流石のケルティでもわたしの強さを認めざるを得ないだろ、と。
正直言うと、盗賊だろうが山賊だろうが、仮に二〇人くらいの束できても倒せる自信がある。それくらいには強くなった。まだ武器の性能とか体格とかで、一概に前世より強くなったとも言えないけど……あ、体格はそんなに大差ないか。前世も今もチビだもんな。ちくしょう。
でも盗賊さんたちを今から探すのは骨が折れるので。獣で納得してもらうしかない。
わたしの何倍あるんだよってくらい大きいイノシシを、魔法で補助しながら背負い、木々をかき分けてケルティのもとへ戻る。ケルティは……イノシシを見た途端に何度も目を擦っていた。ゆめじゃないよ。
「……さっき、凄い音が聞こえたけど」
「やり過ぎた」
「何を!?」
まあまあ。気にするでない。
さてさて。ではでは。このイノシシさんを処理していくとしよう。
「ケルティ、解体していくよ」
「え、うん……え?」
「え?」
え? なんかおかしいこと言った?
「解体……?」
「うん。お肉食べたいよね?」
「いや、食べたいけど」
「解体するよ」
だって解体しなきゃ食べられないじゃん? ほら、頭砕いてるから大方の血は出せてるけど……まだ内臓取り出してないし。さっさと冷やさないと。
「……アニュエちゃん、イノシシの解体なんてやったことあるの?」
「昔はよくやったなぁ」
「よくやった……?」
あ、そうか。なるほど。普通の十一歳児はイノシシの解体なんてしないのか。前世ではよく狩って解体して食べてたから忘れてた。最近時たま『普通の十一歳児』が分からなくなって困るな。
「ごめん。こっちの話」
「う、うん……で、私は何をすればいいの?」
そうだなぁ。水を使う部分はわたしにしか出来ないし、かと言って内臓取り出させるのもなぁ……元はと言えば乗せてもらってる『お礼』なんだから。大変な作業をさせるのは違う気がする。
っていうか、内臓取り出すのはいいとして、どうやって取り出そう。ナイフとか無いぞ。
「ねえ、ナイフとか持ってない? 出来ればおっきいやつ」
「そんなに大きくないけど……ナイフならあるよ」
ケルティは荷台の方へ行って包丁より少し大きめのナイフを持ってきた。鉈……とまではいかないか。でもこれで十分。魔法でちょこっと硬くしてやれば斬れ味も耐久性も問題無し。
……よし、やるか。
それから二時間。かなり簡略的に解体を済ませ、わたしたちはイノシシ肉にありついていた。
うーん。ちょっと爆速でやり過ぎたか。疲れたな。イノシシってなんでこう硬いんだか。腕がパンパンだ。
調理方法はシンプルに焼肉。別にわたしが料理出来ないからじゃないぞ。ケルティが焼肉が良いって言うんだから仕方ないじゃん。
当のケルティは焼けた肉をどんどん頬張っている。あの細い体のどこにあれだけの量の肉が入るのかは謎だ。ざっとわたしの三倍くらいは食べてる。どこにあんな……。
……おい。胸を見るな。
「おいひぃ〜!」
「臭みは大丈夫? ちょっと血抜きが短かったかも」
魔法と筋肉を酷使して捌く工程を爆速にしたけど、流石に血抜きは最低限しておかなきゃならなかった。臭いしね。本当は何時間も放置しとく部分だし。魔法でインチキしたとは言え、若干臭いかなぁっていう感じはある。
しかし、ケルティはどうにもそんなことは気にならなかったみたいだ。美味そうに食う。
「大丈夫大丈夫、美味しい美味しい。やっぱりお肉って最高だね」
「あー、うん、そうだね。最高だね」
だから胸を見るな。わたしはまだ発展途上だから。
……おっと。すっかり本題の方を忘れてた。わたしは何も、お肉が食べたくて狩りに行ったわけじゃない。いや、それもある。六割くらい。でもそれだけじゃないから。
本当の目的は、ケルティにわたしの強さを証明すること。そんでもって夜の見張りを代わってあげること。じゃなきゃケルティが過労死する。
わたしは一旦フォークを置いて、真面目に……ケルティの方を見た。
「ねえ、ケルティ」
「うん」
「夜の見張りはわたしがするから。自分で言うのもなんだけど……多分、ケルティより強いよ、わたし」
ケルティも同じようにフォークと肉を置いて、わたしの方を見た。
「……うん。それは見てて分かったよ。アニュエちゃんは強い」
イノシシを単独で狩り、目の前で解体なんてされたら納得せざるを得ない。それはケルティも理解していた。
そこでケルティは、大きなため息をこぼした。おいおい、今そんな場面か?
「アニュエちゃんって頑固だよね。言っても聞かないでしょ?」
「聞く気はないね」
タダ乗りする気もないし。やれることはやらないと。
「……よし、分かった。夜の見張りはアニュエちゃんに任せるよ。その方が安全だろうし」
多分、半分くらいは『渋々』なんだと思う。顔を見てそれが分かった。だけどどれだけやったってわたしは折れる気もないし、自分が折れないとキリがないって判断したんだろう。
魔法も使えて、イノシシも狩れる、その上一人で解体まで出来るときたら、ここまで頼りになる見張りはそうそういない。
「でも、やっぱり心配だから、今日はギリギリまで起きとくね。明日からお願い」
「分かった。任せて」
そう返事すると、ケルティは再び肉を手に取って天高く掲げた。
「それじゃあ、今日はアニュエちゃんと出会った記念……女子会だー!」
「……おー?」
……何言ってんだ?
* * *
夜もすっかり更け、焚き火のぱちぱちという音と、それからケルティや馬の寝息の音、風が木々を揺らす音……色んな音が混ざった、静かじゃない静寂が訪れていた。
見張り番を引き受けたわたしは、火が途切れないように定期的に木を足しながら、空に浮かぶまんまるの月を眺めて……一人、その静寂に飲み込まれそうになっていた。
「やっぱり……明るくするのって、難しいなぁ……」
誰に言ったわけでもなかった。だけど、誰かに聞いてもらいたかった。そんな言葉だ。




