第十四話 終の炎
かつてないほどの速さで、わたしたちは山を降りていた。途中何度も転げそうになって、けれど転げずに、村までの最短ルートで。
よりによって、こんな時に。
今日は自分でも気付かぬうちに訓練が激しめになっていたらしい。確かにそうだ。ザックのマナは殆ど枯渇しかけてるし、わたしのマナも残りは少ない。魔法で飛んでいけたらどれだけ楽だろう。でも、この先に何があるのか分からない以上、村までの移動に大量のマナを使うわけにはいかない。
走っている最中にも、あの爆発音は何度も聞こえた。その度に、木々の隙間から見える村から煙が立ち込めるのが見えた。
何者かの襲撃? そうとしか考えられない。でも、何のために。あの村はこんな辺境にあるもあって、大した特産品があったりするわけでもない。場所自体には価値がない。
なら、人か? 人身売買の連中? それとも……人を喰うために群がった、魔物の群れ?
あまりにも状況が分からなさすぎて、このままだと全てが推測の域を出ない。だからこそ急がなくては。
「母さん……父さん……!」
ザックも汗を流しながら必死に走っている。あそこには勿論、ザックの両親もいる。あれが襲撃だとするなら、彼らも危ない。
そして……わたしのお父さんと、お母さんも。
大丈夫……きっと大丈夫だ。お母さんは『煉獄の花姫』って呼ばれるくらいの魔法使いなんだから、きっと何があっても無事なはず。お父さんだって、あんな人が簡単に死ぬはずがない。死ぬはずがないんだ。
暫く走って……漸く山を降りた。少し前から見えてはいたけど……これは一体、何なんだ?
「村が……燃えてるっ……」
いつも通りの朝を迎えて、いつも通り裏山で訓練をして……それまで普通だったはずのその光景が、この一瞬で酷く歪んでしまった。家々は燃えて崩れ、村の人たちの焼け焦げた死体があちこちに転がっている。
……酷い。そうとしか言えなかった。
かなり強い炎で焼かれたのだろう。真っ黒に焦げた死体は、元が誰であったのかさえ分からない。
もしこの中に、お父さんやお母さんがいるなら……。
「……そんなはずない、そんなはず……」
だって……今朝まで仲良く話してたんだから。クッキーを焼いて、お姉ちゃんからの手紙を読んで、それから……。
「アニュエ、しっかりしろ」
「っ……」
不意に、横から肩を掴まれた。ザックだ。いつもと変わらぬ様子で……いや、少し青ざめた、けれどいつも通りのザックだ。
そうだ、しっかりしろ、アニュエ。深呼吸……いつもやってるみたいに。
お前は剣聖なんだろう? なら、まだ生きているかもしれないお母さんたちを探して、助けることに専念しろよ。
もう一度、深呼吸。オーケー、大丈夫。落ち着いた。わたしらしくなかった。
「……ごめん。大丈夫、行こう」
「ああ。家の方まで行ってみよう」
ザックと二人、隣同士のわたしたちの家を目指して、炎の中を走り出した。転がる、村の人『だったもの』に祈りを捧げながら。
奥に進めば進むほど、酷い有様だった。あちこちに転がる焼死体と残骸。時折吐きそうになるのを堪えながら必死に走った。
人の死体なんて……前はもっと、見慣れていたと思っていたけど。
戦争に駆り出されたこともあった。敵対組織を壊滅させたこともあった。誰も殺さずに場を収めることなんて出来なかった。だから、死体なんて何度も見てきたはずだった。
でも……思えば、『故郷』を失うのは、これが初めてだ。
昨日まで買い物をしてた八百屋のおっちゃんや、肉屋のおばちゃん。医者のじいさんに楽器弾きのにいさん。何となく……何となくだけど、店の面影と、その近くにあった死体とで、想像はできてしまった。
……ザックは何で、そんなに平然としていられるの?
原因は分からないけど、故郷が焼かれて……平気なの?
「平気なわけないだろ」
「え?」
言葉には出していなかったはずなのに、隣を走るザックが突然、そう切り出した。
「何年一緒にいると思ってんだ。お前の考えてることなんて、顔見りゃ分かる」
「そっか……じゃあ、なんで?」
走りながら、そう問いかけた。
「死んだやつを魔法で生き返らせることはできない。そう言ったのはお前だろ、アニュエ」
確かに、それはわたしが教えたこと。魔法とはエーテルやマナを書き換えて行う事象の上書き。よって死者に干渉することはできない。死者にはマナが宿らないからだ。
生物は死んだその瞬間に、体内のマナを全て放出する。故に、死者を蘇らせることはできない。それは、この世界の絶対の『ルール』だ。
「死んだ人はどうしようもない。……なら、生きてるかもしれない人を助けることを優先すべきだ。悲しむより先にな」
それは……分かってるよ、そんなこと。わたしは剣聖なんだ。お母さんやお父さんを助けて、まだ生きてる人を助けて……分かってるよ。分かってるけど、でも……、
「……それでも、苦しいよ、わたしは」
「じゃあ苦しみながらでも動けよ。いつものお前なら、迷わずそうするだろ」
迷わず、そうするか。いつものわたしなら。
らしくないなんてことは分かってる。さっきだって、深呼吸をして落ち着いたつもりだった。だけど、やっぱり悲しいし、苦しいし、辛い。お願いだから、少しでも安心できる何かが欲しい。
たとえば、ほら。もう見えてきた。わたしたちの家だ。ここにはまだお父さんとお母さんがいて、まだ元気で、『一緒に逃げよう』って、そうやって……。
「……おい、アニュエ、あれ!」
ザックが大声をあげて指をさした。それは丁度、わたしの家の、玄関口。
そこにいたのは、お父さんだった。地面に膝をついて、まるで何かに祈るように目を瞑り、天を仰いでいた。
お父さんだけじゃない。赤いフードに身を包んだ誰かが、大きな真紅色の鎌を持って、その刃をお父さんの首元にあてがっていた。
……待て。待て待て待て。何をするつもりなの? そんなまさか。やめろ……やめろ!
赤いフードの持つ鎌から、炎が溢れ出す。それは祈りを捧げるお父さんの体へと燃え移って。
そして……。
「ぁ……ぁぁあああっっ!!」
天をも貫くほど巨大な炎の渦。渦はお父さんの体を飲み込んで、次の瞬間には嵐のように消え去った。
祈りを捧げるような、真っ黒に焦げた焼死体。さっきまでお父さんだったものが……だったものが、そこにはいた。
わたしは思わず、駆けていた。簡単に燃えてしまうような脆い木剣を抜き、祈りを捧げる姿のまま朽ちたお父さんと、そのそばに立つ赤いフード目掛けて。
「アニュエっ!」
「お前はぁああっっ!!!」
残り少ないマナを使って強化した木剣で、赤いフードの人間を斬りつける。鎌の持ち手で防がれた剣を切り返し、下段から肩目掛けて剣を振り抜いた。
しかし、斬れたのはそのフードの胸元の布を僅かだけ。手傷を負わせることはできなかった。これが実剣なら斬れたものを……!
一度距離を取って剣を構え直す。こいつは……こいつだけは許さない!
「アニュエ、落ち着け!」
「ごめん、無理!」
ザックの制止を振り切って再び駆け出す。斬れないっていうんなら、殴って気絶させればいい話だ!
瞬連斬……五連。五本の斬撃がフードを襲う。今回もまた、鎌で上手い具合に防がれた。
けど、ここで終わるつもりはない。
何度も。何度も。何度も、何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も……何度も。
型なんてあったもんじゃない。ただ相手を殺すためだけに特化した、暴力的な剣術。肩から袈裟斬りにし、腹部を貫き、胴を切り刻む。木剣だからだとか関係ない。こいつはここで、必ず殺してやる。
『…………っ』
斬り込んでいるうちに、赤いフードは何か小さな呻き声をあげていた。何を言っているのかは分からない。だけど、どうだっていい。どうせ殺すなら何を言っていたって関係ない。
というか……こいつは、なんで攻撃してこないんだ? これだけ殺す気でいっているっていうのに、反撃する様子も見せない。
舐められている……いや、殺す必要すら無いってか?
……ふざけるな。そんでもって、調子にも乗るな。反撃する気もなくて退けられるほど、わたしが弱いと思うなよ。
「ぶっ……殺すっ!」
大きく振りかぶり、脳天を砕こうと頭上から振り下ろす。防がれたら、その鎌ごと叩き折る勢いで。
その時だった。奴に動きがあったのは。
わたしは酷く逆上していた。そんな攻撃、いつもなら簡単に避けられただろう。
なのに、避けきれなかった。避けきれないルートだった。鎌の持ち手の部分で殴ろうとするその攻撃を、そのままいけば、わたしはもろに喰らってしまっただろう。
そうならなかったのは、ザックが、横からわたしを突き飛ばしたからだ。
「ザック!」
『……!?』
剣でそれを受け止め、そして大きく吹き飛ばされる。瓦礫の方へと突っ込んでいったザックの姿は、土煙で確認できない。
困惑していたのは、わたしと、それから——奴もだ。まさかザックが乱入するものとは思っていなかったのか、たじろぎ、足元がおぼつかなくなっている。
今がチャンスだ。奴を殺す最大の好機。
好機だけど……。
「……っ、くそっ、ザック!」
奴を殺すより先に、ザックの救護を優先した。瓦礫へと吹き飛んだザックのもとへ駆け寄って、残ったマナで回復を施す。
全回復、とまではいかない。折れた骨は取り敢えずそのままに、損傷の激しそうな内臓の治療と止血だけを行なった。
一先ずこれで安心だろう。それで、奴は……!
「……いないっ……?」
てっきり後ろから襲ってくるものかと思った。しかし……振り返った時、そこに、あの赤いフードの姿は無かった。
一気に脱力感が訪れ、その場にへたり込んだ。ぽつりぽつりと、肌に水滴の落ちる感覚がした。
雨だ。
……何が何だか分からない。あれが誰なのか、何の目的があったのか……何も。
でも、ただ一つ言えるのは。
「……こんなのって……あんまりだよっ……」
——平和な日常はここで終わり。ただ、それだけ。
————二日後————
「これで全員か?」
「うん。もう残ってない」
元々村があった場所。大火災のせいで荒地となったそこに、わたしたちは村の人たちのお墓を建てることにした。焼け焦げた村人たちの死体や骨をかき集め、いくつも穴を掘って埋めて、その上に墓石を建てる。
元々そこまで大きな村じゃなかったから、わたしとザック、二人で魔法を使いながらやれば二日程度で終わった。あとは、この四人の亡骸を葬れば、それで終わり。
二つは、ザックの両親。
もう二つは、わたしの両親。
ザックの両親の死体は、ザックの家のすぐそばで見つかった。火事の被害が少ないおかげで……おかげで、と言うのもおかしいかもしれないけれど、まだそれなりに原形を保っていて、すぐにザックの両親だと判別がついた。それが吉と出たのか凶と出たのかは、ザックにしか分からないけど。
ザックは大きな一つの穴に二人を埋葬すると、穴を埋めて、その上に墓石を置いた。本当はもっと綺麗な棺桶や墓石にしたかったけど……それはもっと、気持ちの整理がついてから。
次はわたしの番。一つは目の前で殺されたお父さんの死体。それから、お母さん。
お母さんは家の中で死んでいた。と言っても、顔も何もボロボロになって、これが本当にお母さんなのかどうかも分からないけど……でも、家の中にいるなんて、お母さんとお父さんくらいしかあり得ない。だから、お母さんだと思う。
わたしも同じように、二人を埋めて、その上に墓石を建てた。
これで……全員。全員分、埋葬が終わった。
荒れ果てた地に墓標の群れ。もう、ここに住むことはできない。生き残ったのはわたしたちだけ。ここから……出ていかないと。
「ねえ、ザック……あんたは、これからどうするの?」
そう問うと、墓前で手を合わせていたザックは元気の無い声で言った。
「俺は……取り敢えず、おじさんたちのところに行く。まだ一人で生きていけるほど、強くないから……」
「そっか……それがいいよ。ここからならそんなに遠くない」
昔、一緒に海に連れて行ってもらったザックの親戚の二人。確かに、事情を説明すればザックを引き取ってくれるだろう。
それがいい。わたしはともかく、ザックはまだ十一歳の子供だ。この世界で一人で生きていくには、まだ若いし、弱すぎる。
「お前はどうするんだ? 何なら、一緒に来ても……」
その誘いは嬉しかったけど……一緒には行けない。このことを、話さなきゃいけない人がいる。
「わたしは……一先ず、お姉ちゃんに会いにいくよ。みんなのこと、ちゃんと説明しないと」
リットモール統一魔法学園にいるはずのお姉ちゃん。お姉ちゃんはまだ、村が壊滅したことなんて知らないはずだ。だから、きちんと、話にいかないと。
そう言ったあとに、ザックは顔を歪めた。多分、それだけじゃないと、勘付いているんだろう。
「そのあとは、どうするんだ……?」
「そのあとは……」
お姉ちゃんに事情を話して、それから。学園の近くで暮らすか、それとも今から試験を受けて学園に通うのか。
……いいや。違う。わたしがすべきなのはそんなことじゃない。
わたしは……アニュエ・バースは、二度目の人生を生きている。知識も経験もあって、だから、普通の子供よりもはるかに強い。
なのに……村を守れなかった。お母さんを守れなかった。目の前で殺されるお父さんを……救えなかった。
初めて分かった。故郷を失うこと、家族を殺されること。その辛さが。
だから……いや、こんなもの、言い訳か。こんなことを繰り返させるわけにはいかない。そんな偽善者ぶった言い訳。そんなものは必要ない。
わたしの『感情』で話そう。わたしは、あの赤いフードが憎い。平和だった日常を奪ったあいつが、何よりも憎い。
「……わたしは、あの赤いフードの奴を見つけて、復讐するよ」
——剣聖ちゃんネクストステージ!——
次回
第1部1章『小さき復讐者』




