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第十二話 お姉ちゃんロス。

 本日のバース家は朝からやけにそわそわとしていた。普段は朝早くから畑に行くお父さんも部屋の中を行ったり来たり。お母さんは比較的落ち着いている……ように見せて汗ダラダラ。お姉ちゃんに至ってはもう色がない。燃え尽きたみたいだ。


 まあ……正直そんなに心配しなくてもいいと思う。お姉ちゃんの魔法の腕はピカイチだから実技の方は問題無いだろうし、座学の方はずっと勉強してたから問題無いだろうし、面接だって何度も練習してたから問題無いだろう。何も問題は無い。ならば問題は無いのだ。


 あれ、本逆さに読んでた。落ち着けって? 落ち着いてるよ。この中では比較的。



 時計の針は現在午前八時五十八分を指している。結果(・・)が出るのは午前九時丁度。一分一秒の遅れもなく。残り……何秒だ? もう九時じゃない? まだ?



 ちくたく、ちくたく。いつもは気にならない時計の針が動く音が、今日はやけに気になる。お父さんが歩く音とかお姉ちゃんが真っ白になりながらもブツブツ言っている声とか、雑音は沢山あるはずなのに、何故か時計の針の音が鮮明に聞こえた。


 ちくたく、ちくたく。もうすぐか。もうすぐだな? 本当にもうすぐだな?



 そして——。



『おっめでとうございます。わたくしはリットモール統一魔法学園……合格通知人形のゴーカクでございます』

『うおおおおおおおおおおお』



 突如その場に現れたシルクハットの小さな人形を見た瞬間、部屋が沸いた。ある男は喜びのあまり謎の上下運動を始め、ある女は家の中を火事にしそうな勢いで体から炎を放ち、ある女には色が付き、わたしは本を投げた。


 そ!! う!! 何を隠そう、今日は『リットモール統一魔法学園』の合格発表の日なのだ! 名前を聞き慣れない人も多いだろうから注釈を付けておこう!


※リットモール内で最も大きな魔法学園。入学はそれなりに難しい。オリビアが目指していた学校である。因みに母のラタニアもこの学校出身だということは例の事件の日に判明した事実だ。


 そしてこのリットモール統一魔法学園の合格発表では、なななななんと、合格者のもとには午前九時に合格通知人形であるゴーカクが、不合格者のもとには同じ時間に不合格通知人形のオマエダメが現れるのだ!



 つまぁぁぁり!!! ゴーカクが現れた時点でお姉ちゃんは合格決定! リットモール統一魔法学園に合格したのだ!!



……よし。それじゃあお前ら一旦落ち着け。お父さん、止まれ。お母さん、魔法ストップ。お姉ちゃん、虹色になるのやめろ。わたし、本拾え。



「ふ、ふぅ……いや、俺は最初から分かってたぞ。心配もしてなかった」

「よく言うわ」


 一番あたふたしてたくせに何言ってんだお父さん。めっちゃ心配してたじゃん。


「わ、私も心配してなかったわよ。オリビアなら絶対合格するって分かってたもの」


 その汗拭え。


「…………」


 お姉ちゃん、だから無言で虹色に進化するのやめて。戻れ。色付き過ぎ。


 かく言うわたしも心配してなかったよ。焦ってもなかったし。お姉ちゃんは凄いんだから。合格なんて当たり前。別にあたふたなんてしてないし。



『……あのぉ、そろそろよろしいでしょうか?』

「あ」


 忘れてた。ゴーカクさん。


 真っ白なボールに塗り潰したような黒くて丸い目が二つと、ベッと描かれた悪戯心を感じさせる舌。首から下は白い執事服……というより燕尾服みたいな感じで、頭には同じく白いシルクハット。


 何となく製作者が『お茶目な人』なんだなということを感じさせるデザイン。誰が作ったのかまでは知らない。ただ一つ言えるのは、結構高等な技術で作られた『ゴーレム』の一種で、しかもそれを受験者全員分の場所に転送するとなると……あれぇ、おっかしいなぁ。人間業じゃない気がしてきた。教員総出でやってるのかもしれん。多分その説が濃厚かも。


 ゴーカクさんはわたしたちが静かになるのを待つと、シルクハットをとって一礼する。


『オリビア・バース様。改めまして。合格おめでとうございます』

「ありがとうございます、ゴーカクさん」


 お姉ちゃんは半分涙目で礼を返した。そりゃ嬉しいよね。ずっと頑張ってきたもん。


『合格者の方々には、本日中に必要書類などをまとめた封筒を、ご自宅の方へ配送させていただきます。詳しい内容はそちらをお待ちください』


 なるほど。ゴーカクさんたちはあくまでも合否の通知だけしかしないのか。同じやり方で書類も転送したらいいのに。それは流石にしんどいのかな? いやゴーレム転送して書類は配送してってそれ二度手間だと思うけど。お偉いさんたちの考えることはよく分からない。


 ゴーカクさんは再びシルクハットをそのボールみたいな頭にのせた。すると、そのぐちゃぐちゃの黒い目が、ニタリと三日月の形に歪んだ。



『因みに合格が嘘だと言ったらオリビア様は怒りますか?』

「お姉ちゃんが怒るより先にわたしがこの星を滅ぼしてやる」

『…………』


 は? 何を言い出すのかと思えば……ジョークならもっと面白いジョーク持ってこい。本当なら本気で星を滅ぼす。


 おらそこ、黙ってるんじゃない。


「ちょっ、アニュエっ……ゴーカクさん固まっちゃってるしっ……」

「あ、ごめん」


 お姉ちゃんに肩を揺さぶられて……おっといけない。落ち着こうわたし。主にゴーカクさんの顔面を鷲掴みにしてるわたしの右腕。鎮まれ。


 落ち着いて右手から力を抜くと、ゴーカクさんはさっきの笑みなど面影も残さぬほど絶望的に見える表情で、わたしのことを見ていた。表情があるのかはさておき。


『……こちら、合格者全員にさせていただく、場を和ませるための一種のジョークなのですが……本気で身の危険を感じたのはこれが初めてです』

「それで和むと思ってるなら考えたやつ相当やばいよ」

「アニュエ、それお母さんの頃からあったから」

「まじで?」


 考えたやつ相当やばい案件。というか怒ったのわたしが初めてなの? この世界の人間の感覚どうなってるんだまじで。



 ゴーカクさんが伝えるべきことはそれで終わりなのか、だんだんとその姿がぼやけてくる。あとは今日中にくるらしい書類を待てってことか。


 あーはん。もし仮にわたしがお姉ちゃんと同じようにこの学校受けたら、またこのジョーク聞くことになるのか。次はぶん殴る自信あるなぁ。




   * * *




 それから時は流れ、二ヶ月後。旅立ちと別れの季節。


 大きな荷物を持ったお姉ちゃんと、お姉ちゃんを送るためにちょっと良い格好をしたお父さん。わたしとお母さんはお留守番で……なので、お姉ちゃんと一緒にいるのはこれが最後。この家で見送れば最後、多分、四年間は夏休みとか年末年始以外はお姉ちゃんに会えなくなる。


……悲しくないやい! 全然!


「ほら、アニュエ。別に一生のお別れってわけじゃないんだから」

「一生じゃなくても悲しいし!」


 あ、間違えた。悲しくなんてないし。全然ね。


 あーあ。分かってはいたけど、この数年、あっという間だったなぁ。この二ヶ月なんて特にそう。合格が決まってからは二人で色んなところに行ったりして……やっぱり寂しいし悲しい!! お姉ちゃん!!


「ねえねえ、手紙とか出せるの?」

「出せるよ。落ち着いたら出すから、絶対」

「約束だよ、お姉ちゃん」

「うん、約束」


 お姉ちゃんと指切りをして、離す。その離された指がそのまま、わたしの首元へやってきた。


「そのペンダント。大事にしてくれてるんだね」


 お姉ちゃんが触れたのは、わたしの首元にあった、鳥の羽根と炎を足して割ったようなデザインのペンダント。三歳の時にお姉ちゃんに貰ったものだ。今日まで毎日、大事に着けてきた。


「当たり前だよ。お姉ちゃんに貰ったやつだし」

「時間があったら、今度はブレスレットとか作ってあげるから。待っててね、アニュエ」

「うん!」


 それは楽しみだ。わくわくしながら待っていよう。


 それからお姉ちゃんはお母さんの方へ向かった。何も言わずに抱きついて、お母さんの胸に顔を埋める。


「ママ……今までありがとう」

「何言ってるの。一生のお別れじゃないんでしょ?」

「うん……でも、寂しくなるから」


 お母さんもお姉ちゃんの背中に手を回して、優しくさする。なぁんだ、お姉ちゃんだって寂しいんだ。そりゃそうだよね。急に独り立ちするわけなんだから。寂しくないわけがない。


 ほんのり濡れた頬を拭って、何かを決意したような顔で、お姉ちゃんはお母さんから離れた。


「それじゃあ……行ってきます!」

「行ってらっしゃい、オリビア」

「お姉ちゃん、頑張ってね!」






——そうして、お姉ちゃんは行ってしまった。たまには帰ってくるだろうけど、その期間も短いと思う。四年後、進路をどうするのかはまだ決めていないらしいけど……恐らく、こうやって一緒に生活するのは、これで終わりなんだろう。


 何となく、そんな予感がした。


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