第九十四話 製作依頼
さて。
お姉ちゃんの持っている剣は、市販は市販でも割とお高めのやつだったけど、今後の戦いには不安が残るものだった。お母さんの大鎌、レッドローゼズが剣に姿を変えて、お姉ちゃんを主人と認めたなら、これ以上に頼もしい武器など存在しない。
あとは、わたしの武器だ。
レッドローゼズには元から精霊石が組み込まれている。だから、迷宮で得たあの精霊石が余る計算になるんだ。
アシュレイは最初から『いらない』って言ってわたしに押し付けてきてたし、これはありがたく使わせてもらうとしよう。
「で、おじいちゃん」
「うむ」
隣でお姉ちゃんを眺めていたおじいちゃんに、話を振った。
「レッドローゼズが完成すれば、新しいエレメリアルドライバって作れるの?」
「勿論じゃ。そやつの仕上げで難儀しておっただけじゃからの」
さっき、エレメリアルドライバを作れないのは、忙しいからだって言ってた。たぶん、レッドローゼズが言うことを聞いてくれないから、仕上げの作業に取り掛かれなかったんだろう。
レッドローゼズがお姉ちゃんを主人として認めた今、残るのは精霊石周りの仕上げだけだ。こちらの作業にも取り掛かれるはず。
わたしはおじいちゃんの方へ頭を向け、そして、深々と下げた。
「なら……お願い。おじいちゃん、わたしにもう一度、剣を打って」
一度は砕いてしまったのに、図々しいお願いだというのは重々承知の上だ。でも、おじいちゃんなら、きっと良い剣を打ってくれる。
おじいちゃんは、下げたわたしの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でてくれる。
「任された。可愛い孫の頼みじゃ、断れんわい」
わたしの剣を、打ってくれる。
それが決まった瞬間、後ろから大きなため息が聞こえた。バリーだ。
振り返ると、バリーは呆れたように頭を掻きながら、ため息をこぼしていた。
「ったく、しばらく見ない間に、ジジ馬鹿になりやがって……」
「何を言う、バリー。お前こそ、毎日毎日『アニュエの指輪が……』『どんな素材なら……』と、ぶつぶつ言っておるではないか」
『ちょまっ』と言いながら、勢いよくおじいちゃんの口を塞ぐバリー。
わたしの……指輪?
「もしかして、マジックリングのこと?」
それ以外に心当たりがなかった。
仲良さそうに暴れるバリーは、急に冷静さを取り戻すと、一つ、小さな咳払いをした。
「……そうだ。そいつはあくまで試作品だから、もっと、ちゃんとした完成品を渡したいんだがな……正直、手詰まりだ」
「やっぱり、難しい?」
バリーは首を縦に振った。
「今にして思えば、そいつもなんで作れたのか分からん」
「まあ、大丈夫だよ。こっちはそうそう壊れるものでもないし、今でも十分すぎる性能だから」
マジックリングを着けているのとそうでないのとでは、魔法の構築速度やマナ効率にかなりの差が出てくる。バリーの作ってくれた試作品は、オルタスフィアでの通常の補助具と同じくらいの性能があるし、これでも問題はない。
問題はどちらかというと、そっちじゃないんだよな。
「それより、バリーってさ、小物職人だったよね?」
「そうだが、なんだ?」
「あのさ……鎧とか籠手とか、そういうものって作れないよね……?」
この世界での人脈がまだ狭いせいで、わたしが知る武具職人はおじいちゃんとバリーだけだ。せっかくの良い素材だし、腕の良い職人に頼みたいところだけど、まず職人を探すところから始めないといけないんだよ。無いとは思うけど、素材だけもらってバックれる職人だっているしね。
バリーは、今度はわたしに対して、呆れたようにため息をこぼした。そうなるのが普通の反応だよな。
「あのなぁ……小物職人って意味、知ってるか……? まあ、作れるけどよ……」
「そうだよね、さすがに……ん?」
今、なんて言った?
作れる?
「なんだ?」
「作れるの?」
「ん? ああ、親父が武具全般の職人だったからな。昔は俺も、防具職人だったんだよ。むしろ、小物屋より長くやってたな」
なんだって? 防具職人?
思わずおじいちゃんの方を見ると、おじいちゃんも、特になんてことのない様子で頷いている。
「嘘じゃないぞい。最近は廃れてしもうたが、アクアノスといえば、代々続く武具職人の名家じゃ」
「俺たちはその最後の代ってこったな」
「なんてこったい……」
ってことは、バリーに頼めば……防具も作ってもらえるのか? 見知らぬ職人に頼むより、バリーに頼んだ方が安心できるし、なにより、マジックリングの件で腕の良さは知ってる。
「バリー! お金は払うから、ここにある素材でわたしたちの防具を作って! お願いっ!」
「そりゃ構わんが……人数分ともなると、それなりに時間はかかるぞ?」
「大丈夫! しばらくはノーブリスから離れないつもりだから」
どのみち、おじいちゃんに剣を打ってもらえるまで、遠出はできないだろうし。前に滞在してた時は、色々とバタバタしていて観光もろくにできなかったから、この機会にノーブリスを見て回るのも悪くはないだろう。
あ、でも、そうなるとお姉ちゃんはどうなるんだろう。一年の休学期間はあるけど、町に滞在するなら、その間だけでも復学したりするのかな。
まあ、その辺りは、学園に行った時に会長さんにでも聞けばいいか。
「仕方ない……じゃあ、要望聞いて採寸するから、素材持ってきて横一列に並べ」
こうして、わたしたちパーティーメンバーの装備更新計画が、始動したのであった。
「……よし。追加で要望があるやつはいないな?」
全員分の要望の調査と採寸が終わった。採寸は、もちろんケルティが代行してくれた。わたしたちはともかく、アシュレイは他人だからね。
「みんな、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「……うん」
よし。あとは、バリーに頑張ってもらうだけだ。それから、おじいちゃんにも。
「おじいちゃん、バリー、色々とお願いばっかりでごめんね」
「なに、そのために俺もこっちに来たんだ。むしろ、当てにしてくれなきゃ困る」
「そうじゃよ。身内にくらい甘えてもいいじゃろ」
わたしのおじいちゃんと大叔父、いかんせん孫に甘すぎるな。そんなに甘やかされるとぐでんぐでんになっちゃうぞ。ほんとに。
「ま、そんな世間話はまた後にしよう。お前ら、まだ行く場所があるんだろ?」
「あ、うん。学園にも顔を出しておきたくて……」
別に今日一日で色んな場所を回る必要はないんだけど、町に着いた時からお姉ちゃんがそわそわしているし、できれば早く行かせてあげたい気持ちはある。
なんとなくそれを察していたのか、バリーは『あっち行け』という様子で、手をひらひらとさせた。
「オリビアの通ってる学校か。ほれ、こっちはもう大丈夫だから、早く会ってこい」
「バリーさん……ありがとうございます」
そんな話をしていると、後ろでケルティがひょいと手を挙げる。
「なら、私はこっちに残ろうかな。二人とも、ご飯食べてないんじゃない?」
「ああ、そうだな……まさか、飯作ってくれるのか、ケルティ」
「うん。おいしいご飯、作ってあげるよ」
腕を曲げ、二の腕にあるかないかわからないくらいの小さなコブを作って、ケルティが誇らしげにそう言った。みるみるうちに、バリーの表情が明るくなる。
あ、そういえば、バリーってばケルティのご飯が大好きなんだったな。バッツァでも大喜びで食べてたし。料理も教わってたっけ。最終的に『自炊ってのもいいもんだなぁ』、なんて感動してたのを覚えてる。
「やったな、兄者。俺に料理を教えてくれた、例の嬢ちゃんだ」
「おお、そうかそうか。そりゃ楽しみじゃわい」
聞けば、バリーはどうやらケルティから教わった料理を、おじいちゃんにも振る舞っていたそうだ。期待していいよ、おじいちゃん。ケルティの料理は絶品だからね。
「ま、そういうことだから。こっちは任せといて。ジョセフにご飯あげたらまたここに戻ってくるから、アニュエちゃんたちも、用が終わったら宿じゃなくてこっちにきてね」
「うん、わかった。いつもありがとね、ケルティ」
「ナハハ。私にはこのくらいしかできないからねぇ」
『行ってらっしゃい』と三人に見送られ、わたしたちは早速、学園へと向かった。早足で。ジスたちの驚く顔が浮かぶ。ジスなんか、久しぶりに会うもんだから、泣きながら抱きついてくるかもしれないな。
……そんなことを、呑気に考えていた。この先に待ち受けていた『面倒な事件』のことなど、予想すらせずに。