第九十三話 新たなる主人
「無理って……やっぱり、エレメリアルドライバって、作るのが難しいの……?」
おじいちゃんは槌を振らなくなって久しい。全盛期ならまだしも、今はもう、エレメリアルドライバを作ることは難しいってことだろうか。
そんな風に思っていると、おじいちゃんは焦って首を横に振り始めた。
「ああ、違う違う、そうではなくての。ただ単に忙しいだけじゃ。バリー、あれを」
「おう」
なんかよくわからんが、作れない理由は他にあるらしい。
バリーは工房へと続く地下への階段を降りていき、再び戻ってきた時には、その手に布に包まれた長い何かを手にしていた。
あのサイズ感は……剣か?
不思議に思っていると、バリーがその布を取り払う。その中から出てきたのは、真っ赤な刃を持つ、片手直剣だった。
……どこか、見覚えのある意匠だ。
「まさか、それっ……!」
「見覚えがあるじゃろ?」
見覚えがあるもなにも……わたしは、赤いフードと『それ』だけを頼りに、お母さんを探してたんだもん。忘れるはずないよ。
「ママの、大鎌……?」
「正解じゃ」
おじいちゃんがその剣を手に取ると、軽く振ってみせる。狭いのに危ないな。
見た目はお母さんの大鎌、レッドローゼズに似ていたけど……なんだろう。そこからは、大鎌の時ほど強烈な力を感じない。
「まだ精霊石を嵌め込んどらん。これはただの業物じゃ」
あ、確かに。精霊石を嵌め込む用の窪みがある。あそこに嵌めて、エレメリアルドライバになるのか。
「じゃが……まだ、嵌め込めんのじゃ、こいつにはな」
「なんで?」
もう剣としてのガワは完成してる。あとは精霊石を嵌め込めば、いいんじゃないのか?
おじいちゃんは苦い顔をしながら、剣をバリーの手の上に戻した。
「レッドローゼズは、本来、あの子のためだけに調整した武器。それを溶かし、アニュエたちの力になるよう、剣として打ち直したはいいが……」
そこまで言われたところで、理解した。
そうか。あの大鎌はお母さんのためだけに作られた武器だから……お母さん以外の人には、使えないんだ。それは、あの大鎌を素材にした剣にしても一緒。
「……わたしたちは、お母さんじゃない」
そう言うと、おじいちゃんは静かに頷いた。
「武器には命が宿る。命が宿れば、意思も宿る。レッドローゼズほどの武器になれば、より強力な意思が」
おじいちゃんは剣となったレッドローゼズを撫でながら、困ったようにため息をこぼした。
「少なくとも、わしには心を開いてくれん。孫のためとはいえ、わしらの都合で形を変え、守るべき主人まで変えさせようとしておるからな」
そうか、なるほど。今のところ、レッドローゼズは誰にも使えないってことか。
……いや、待てよ。
「……お姉ちゃんなら?」
「む?」
わたしはともかく、お姉ちゃんならどうなんだろう? お母さんの血を濃く受け継いだお姉ちゃんなら。
「わたしはお母さんの血が薄くて、炎の魔法に特化してるわけでもないけど……お姉ちゃんは、若い頃のお母さんの生き写しかってくらいそっくりだし」
「顔が似てれば良いというわけでもないぞい?」
「いや、それはそうだけどさ」
武器に意思があるっていうなら、若い頃のお母さんの生き写しみたいなお姉ちゃんを、今度こそ守ってやる、とか思ってくれないもんかね。
それに、お姉ちゃんは炎の魔法に特化した魔法剣士だ。系統で言えば、お母さんのそれに近い。可能性はある。
「お姉ちゃん、一回持ってみてよ」
「え、わ、私?」
「うん。たぶん、わたしよりはお姉ちゃんが持つべき剣だと思う」
「わ、分かった……」
お姉ちゃんはよくわからないままバリーから剣を受け取り、そして、軽く振ってみせた。
おじいちゃんが持っていた時よりも……なんか、剣自体から不思議な力みたいなものを……感じる?
気のせいかな。いや、気のせいじゃなければ嬉しい。だってそれって、お姉ちゃんが選ばれたってことでしょ?
「おじいちゃん、どう?」
「ふむ……」
おじいちゃんは顎に手をやり、睨みつけるくらいに真剣な眼差しで、お姉ちゃんを見ていた。
「……試してみるか」
「ほんと?」
「うむ。何かが違うような気はするの」
すぐさまみんなを引き連れ、工房へと向かう。赤く光り輝くお母さんの精霊石が、工房のど真ん中に鎮座していた。
お姉ちゃんはゆっくりと中央へ近づき、そして、精霊石を手に取った。
「こ、これ、どうすれば……?」
「最終仕上げは残っとるが、取り敢えずは、その窪みに嵌め込むだけじゃ。やってみい」
「お姉ちゃん、頑張って」
お姉ちゃんは力強く頷き、剣の鍔の部分に空いた窪みに、精霊石を嵌め込んだ。
途端に、お姉ちゃんの体が炎に包まれる。
「お姉ちゃんっ!」
「大丈夫っ! 熱くはないよっ!」
熱くはないって……あれだけの炎に包まれてるのに?
いったい……なにが起きてるんだ?
* * *
守りたかった。守れなかった。
そんな声が、聞こえてくるような気がした。実際には声なんてしていないのに、頭の中に直接語りかけてくるような。
その声の主は、多分、この剣と、精霊石だと思う。この子に宿った意思っていうのが、私に訴えかけてきているんだと思う。
私を包むこの炎は、熱くはない。むしろ、触れるとほんのりと温かくて、懐かしさを覚えるほどだ。まるで、ママに抱きしめられている時みたいな、そんな温もり。
「そっか……ずっと、ママを守ってくれてたんだもんね……」
レッドローゼズを、ぎゅっと抱き締める。
この子たちは、ずっと、ママを守ってくれてたんだ。でも、守りきれなくて、かと思ったら突然剣にされて、違う人を守れって。
そうだよね。そんなの、怒るに決まってるよね。私だったら、怒っちゃうな。
……でもね。
私たちは、お母さんの歩んできた道を、ほんの少ししか知らない。だから、本当のところは分からないんだけど。
きっと、ママは……あなたたちに、何度も命を救われたんだと思う。何度も、何度も。
「だから……そんなに、泣かないで」
そう語りかけると、炎たちの勢いが、少し、弱まった気がした。
……そうか。この子たち、怒ってるのは勿論そうだけど……何より、怖いんだ。
ママを死なせてしまった。同じように、次の持ち主のことも守りきれずに、死なせてしまうんじゃないかって。
「……大丈夫。大丈夫だよ。あなたが守ってくれるから、私たちは死なないから」
胸の中にいるこの子たちを撫でながら、そう言い聞かせる。
私たちは……ううん。私は、死なない。だって、家族を失う辛さを知ってるんだもの。自分の知らない間にパパを失って、目の前でママを失って。家族を失う辛さは、誰よりも分かってるつもりだ。
だから……死なない。だって、私が死んだら、アニュエが一人になってしまうもの。アニュエだって、目の前で家族を二人、失ってるんだ。これ以上、アニュエに家族を失う辛さを味合わせたくない。
「聞いて、レッドローゼズ。あなたの主人……ママを殺した奴らに、私たちは復讐がしたい」
炎が、少し揺らいだような気がした。
「そのためには……あなたの力が必要なの。お願い、力を貸して。奴らと戦うための力を」
炎が、さらに揺らいだ気がした。そうだ。この子たちも、復讐を誓っている。だって、ママの仇だもの。ママと一番長く一緒にいたのは、この方たちだ。もしかすると、私たちよりも奴らを憎んでいるかもしれない。
私の感情の昂りと共に、炎が少しずつ揺らいでいく。より大きく、より激しく。
そして、揺らぎが最高潮に達した時、私は再び、呼びかけた。
「レッドローゼズ……これからは、私があなたの主人になる。だから、奴らに復讐するための力を、私に貸して」
私を覆っていた炎が、渦を巻いて剣へと収束していく。やがて、私が手にしていた剣の刃は、さっき見たよりも深い紅蓮に染まり、そして、この子から……私に寄せる信頼感のようなものが感じ取れた。
「レッドローゼズ……これから、よろしくね」
赤い宝石がきらりと輝く。そして、そこで思い出した。
……そういえば、これ、私が使って良かったのか……!?
「あ、ああ、アニュエっ……この子、私に懐いちゃったっ……ごめんっ!」
私の勝手な判断で、私をこの子の主人にしてもらえるように頼んだけど……よく考えたら、アニュエだってママの娘なんだ。この子の主人になる権利はあったんだ。
それに、アニュエは剣を失ったばかりで、あまり良い剣を使ってない。優先されるべきはアニュエなのに。
そんなことで焦っていると、ケロッとしたアニュエが言った。
「え? いや、たぶん、レッドローゼズはお姉ちゃんにじゃないと懐かないと思うよ。わたしじゃ無理」
当たり前のように、そんなことを。
「わたしはほら、迷宮で出た方の精霊石を使わせてもらうからさ。素材はギルドマスターにもらった分を使うし」
「い、いいの?」
「うん。レッドローゼズがお姉ちゃんに懐くのは、最初からわかってたことだし」
ええ……? そんなに軽くていいの……?