第九十一話 出立
——カストフの大迷宮、二十層ボスエリア
「はぁっ!」
「アイスブレイカーっ……!」
お姉ちゃんの炎剣と、アシュレイの氷槌が、死してもなお呪いを振り撒く龍……カースドラゴンを襲う。
鎧を纏った騎士たちとは違い、腐敗の進んだカースドラゴンの肉は脆く、弱い。二人の連撃でみるみるうちに肉は削がれていき、現れた時は一割程度しか見えていなかった奴の骨が、もうその殆どを露わにしていた。
刹那、カースドラゴンは纏わりついていたわたしたちを拒絶するかのように、耳障りな咆哮をあげた。耳をつんざくような、尖った鳴き声。カースドラゴンが第二形態に移行した合図だ。
カースドラゴンは第一形態と第二形態に分かれている。第二形態に移行すると、残っていた肉がすべて剥がれ落ち、完全な骨の龍と化すんだ。
この状態のカースドラゴンは厄介だ。第一形態と違って空を飛ばないようにはなるが、広範囲に及ぶ呪いのブレスや、地面を這いずるように広がる毒の沼など、攻撃の範囲が第一形態に比べて大幅に広がる。
しかし——脆い。カースドラゴン唯一の弱点は、その耐久力の低さ。絶対的な硬さを誇るという龍の骨でさえ、死の腐敗には耐えられない。
『アニュエっ!!』
「任せてっ!!」
二人の声が重なり、わたしを呼ぶ。第二形態に移行したカースドラゴンは厄介だ、というのはさっきも言った。だからこそ……移行したこのタイミングで、最大火力で叩き折る!
「瞬連斬っ……」
……十連。
飛び上がり、上空から奴の背中、翼の生え際辺りに目掛け、回転の勢いをつけながら剣を振り下ろす。
前世のわたしでも五連が限界だったこの技も、この世界で鍛錬を積み直し、そして、あの時前世の力の一部を取り戻した、今のわたしなら。
一撃目が命中し、立て続けに音が九回。最初の一撃と合わせて、これで十連撃。
声にならない悲鳴をあげ、カースドラゴンが悶え苦しむ。まだだ、まだ終わらない。
「神速連撃っ……」
以前なら、試そうとも思わなかった。だけど、今ならやれる気がする。神速剣に、瞬連斬を組み合わせた合技。
名前は、そうだな。
「神狩ッ……!」
強引に加速させた斬撃、その数、三十二連。再び飛び上がって、奴の胸部。不自然に球体状になった骨を目掛け、剣を振り下ろした。
「うぁっとぉっ!?」
加速にバランスを崩し、斬撃が決まったあと、わたしの体はあらぬ方向に吹き飛ばされた。
攻撃自体は決まった。神速剣の速度で瞬連斬を放つんだ。斬撃の音なんて聞こえない。だけど、その証拠に。
『——————ッッッ……』
カースドラゴンの心臓部に当たるコアは、あの球体状の骨に包まれていた。あの骨が、カースドラゴンの中で一番硬い部位になる。
それを、コアごと斬り裂いた。奴は苦しみながら地に伏し、そして、その肉体が少しずつ光になって散っていく。
二十層ボス、カースドラゴン、討伐。ボスエリアに突入してから、わずかな時間で成し遂げられたことであった。
* * *
「ただいまぁ」
「あ、おかえり、皆」
宿に戻ると、ケルティは一人黙々と、自分の分の荷物をまとめていた。もう殆ど終わってるみたいだ。
「あれ、アニュエちゃん、剣は?」
ケルティがわたしの腰を見てそう言った。行く時は剣を差してたのに、今はないからね。
「あ〜……砕けたから、捨ててきちゃった」
「砕けたって……また?」
「うん。やっぱり、安い剣だと耐えきれずに砕けちゃうみたい」
驚いたように、ケルティが言う。
実は、あのカースドラゴン戦のあと……、
『あっー! また砕けたっ!?』
『ええ……アニュエ、それ何本目?』
『さ、三本目……?』
『やっぱり、アニュエの剣を先に新調すべきじゃない?』
神狩を使ったあと、ものの見事に剣は砕け散った。折れた、とかではなく、砕けた。木っ端微塵に。
大迷宮で良い剣が手に入ったら無駄になるし、嫌だなって思って店で売ってる安い剣を買ってたけど……どうやら、わたしの戦闘に耐えきれずに、砕けてしまうみたいだ。
一ヶ月で、三本目。そりゃ、みんな呆れるわ。
「明日出発なのに……どうするの?」
「ま、まあ、道中はそこまで激しい戦闘するわけじゃないし、また安い剣でも買っていこっかなって……」
『…………』
「なんでそんな目で見るの?」
三人から、じとっとした目で見つめられる。だって、わたしが悪いわけじゃないんだもん。安い剣って言ったって、普通に使ってたら折れたりしないんだよ? それが砕けるってのはつまり……そういうことだよ。
ナイトロードとの死闘から、一ヶ月。大迷宮で実力をつけ、いよいよ、明日はこの町を発つ日だ。
この一ヶ月は、その殆どを大迷宮の攻略に費やしていた。最高到達階は二十層。ナイトロードのいる三十層までは辿り着けなかったけど、それでも、良い経験にはなった。
その間、調停者の干渉は無し。前みたいに、本来はいるはずのないボスが現れる、なんてこともなかった。ここで、わたしが成すべきことは終わったんだろうか。
お姉ちゃんやアシュレイも、この一ヶ月で驚くほどに腕を上げた。二人とも、五層に出てくる本来のボス、デュラハンやケルベロス、ハンマーヘッドを単独で討伐できるまでに成長した。三人であーだこーだと魔法の訓練をしたり、剣術の訓練をしたり。
まあ、充実した一ヶ月だった。
ただ、驚いたのは……ケルティだ。わたしたちが迷宮にいる間、どうしてもケルティには退屈を強いてしまう。その間、ケルティがなにをしてたのかというと……、
「えっ、ギルド職員に勧誘されたっ!?」
「うん。ネルガさんがね、『その腕を見込んで、うちで働いてくれないか』って」
「うそぉん……」
どうやら、町に一人でいる間、ちょこちょこギルドに顔を出しては、雑務を手伝ったりだとか、色々と仕事をしていたらしい。暇だったんだって。それは知ってたんだけど……まさか、そこまでだったとは。
「ま、勿論断ったけどね。ネルガさんも、一応聞いておく、って感じだったし」
「あ、あはは……」
乾いた笑いがこぼれた。あのギルドマスター、なにしてんだ?
ケルティは肉を口に放り込みながら、『ナハハ』いうあの独特な笑い声をあげる。
「お手伝いくらいならいいけど、それを定職にするのは性に合わないかな。毎日机に向かって仕事するのなんて、私、苦手だし」
「……まあ、ケルティの好きなようにすればいいとは思うけど……」
ちなみに、お給料はそこそこ良かったらしい。野菜売りをしてるよりは稼げる、とはケルティ談。
——そして。
翌朝。まだかなり早い時間だったけれど、わたしたちは出発の最終準備を進めていた。
といっても、やることなんて、馬車に荷物を積み込むことくらいしか残ってない。久しぶりに見たジョセフは、相変わらず元気だった。
「アニュエッ!」
「ん?」
街壁近くで馬車に荷物を積み込んでいると、町の方から、わたしを呼ぶ声がした。この声は……、
「良かった、間に合ったようだな」
「ギルドマスター。お見送りですか?」
「ああ。娘とその友人の出立だからな」
ギルドマスターだ。いつになく柔らかい表情をしている。こうして見ると、ただでかいだけの女の人だ。いや……女の人には見えないけど。
その後ろには、ギルド職員の人が三人。アダムさんもいる。
三人の手には、なにやら木箱のようなものがあった。見送りの準備をするって言ってたし、なにか餞別の品でもくれるのか?
「あ、母さん」
前方で荷物の積み込みを終えたアシュレイが、わたしたちの方へとやってくる。
あの一件以降、なにかにつけては本当の母親でないことを黙っていたことに文句を言われる、と、ギルドマスターは会うたびに愚痴をこぼしていた。そのせいで、特に用事もないのに、世間話のためにギルドマスター室に呼び出されることが増えたわたしの身にもなってほしい。
親子仲は上手くいっているみたいだし、あれ以降、アシュレイから昔の話を聞くことも増えたから……まあ、良しとしよう。
「アシュレイ、体調はどうだ? 初めての長旅だ。体調が優れないなら……」
「そうやって引き留めようとするのはやめて。バレバレだし。それに、長旅は初めてだけど、迷宮に何日もこもってることだってあるし、大丈夫」
図星だったのか、ギルドマスターから変な声が漏れた。引き留めようとしてたのか……。
「その箱は?」
「これか? 少ないが、お前たちへの餞別の品を用意した。受け取ってくれ」
「ギルドの経費に計上してないよね?」
ぎくっ、と、ギルドマスターの肩が震える。
「……してない。してないぞ。全て私費だ」
「……そう。なら、受け取る」
怖い。アシュレイさん、とても怖い。敵に回したくない人種だ。ギルドマスターも、あの一件で頭上がらなくなってるじゃん。
木箱を受け取り……この場で見るのは、さすがにちょっとあれだから。馬車の中でゆっくりと見よう。
「アニュエちゃん、もう積み込み終わった? ……って、どうも、ネルガさん」
前方から、今度はケルティがやってくる。ケルティはギルドマスターの顔を見るなり、手を後頭部にやって、軽く頭を下げた。
「ああ、ケルティか。すまないな、今まで助かった」
「いえいえ。お安い御用です」
『ところで』と言いかけたギルドマスターを、アシュレイが強く睨みつける。恐らく、最後の最後に、ギルド職員の勧誘をしようとしたんだろうけど……残念。アシュレイの前でやっちゃダメだよ、それは。
「あとはアニュエちゃんだけだけど、荷物は?」
「この木箱だけ。すぐ積み込むよ」
「分かった」
職員の人からもらった木箱は、あり得ないくらいに重かった。いったい何が入ってるんだ? それほど大きな箱ではないけど……。
木箱を三つ積み込み、お姉ちゃんと合流して、再びギルドマスターのところへと戻る。もう、忘れ物はないな。
「よし……それじゃあ、ギルドマスター。わたしたちは行きます」
あまり長くここにいても、感傷に浸るだけだ。こういうのは、スパッと、出発しなきゃ。
「お世話になりました」
「ああ。こちらこそ世話になったな、アニュエ、オリビア。アシュレイを、どうか頼む」
「やめてよ、母さん」
そう言って照れるアシュレイを、ギルドマスターが抱き締めた。
「何かあったら、皆を頼るんだぞ、アシュレイ」
「……うん」
アシュレイを離すと、今度はケルティに向かって握手を求めるギルドマスター。
「ケルティも、また機会があればギルドに来てくれ。その時は、また一緒に食事でもしよう」
「ええ。また」
ケルティはその手を取ると、硬く握り締めた。
……待って、この二人、一緒にご飯食べくらい仲良くなってたわけ?
「えっ、二人でご飯なんて食べてたの?」
「ナハハ……」
照れ笑いをするケルティ。嘘だろ。普通に友達になってんじゃん。意外だな。気が合うのか。
そうして、穏やかだったギルドマスターの表情が、急に引き締まる。
「……アニュエ」
わたしの名を呼んだ。わたしも気を引き締め、ギルドマスターの目を見つめる。
「クレインには気を付けろ。奴は、実力もそうだが……何より、自分のためなら、平気で他者の命を奪うような人間だ」
「……わかってます」
それは、ヴェガ村の一件で、悔しいほどに理解してる。奴は、殺さなければならない男だ。
最後に、わたしとお姉ちゃんにも握手を求めるギルドマスター。お姉ちゃんと顔を見合わせ、それに応じ、その手を握り返した。
「あまり長く引き留めては、アシュレイに怒られるな」
言いたいことはすべて言ったのか、ギルドマスターはわたしたちから距離を取ると、にこりと、歯を見せるほどの笑顔を浮かべた。
「良い旅路を」
馬車に揺られ、迷宮都市フランジールが段々と遠ざかっていく。門の前に立つギルドマスターの赤い髪だけが、いつまでもそこから動かずに、わたしたちを見送っていた。
さあ。次の目的地は……ノーブリス。おじいちゃんに、あの炎の精霊石を武器にしてもらわなくちゃならない。
「皆、元気にしてるかな?」
お姉ちゃんが、心配そうにそう呟いた。
ノーブリスに戻るということは……リットモール統一魔法学園の面々にも再会するということ。ノーブリスを発ってから、およそ四ヶ月くらいか。こんなに早く再会する予定じゃなかったんだけど。みんな、変わりなく元気だったらいいな。
「大丈夫だよ。やばそうなのは……ジスかな。学院会の仕事で壊れてなきゃいいけど」
「あはは……あり得る」
お姉ちゃんがいなくなった枠は、ジスが頑張ってくれてるから……まあ、元気でしょ、たぶん。
「ノーブリスって、グラメルテの首都だよね?」
「そう。わたしたちの知り合いもたくさんいるし、きっと、アシュレイも仲良くなれるよ」
「うん、楽しみ」
アシュレイも、あまり顔には出ていないけど、体が左右に揺れてる。楽しいんだろうな。可愛い。
ノーブリスまでの長い旅路。仲間が増えたわたしたちの間で、笑顔が絶えることはなかった。
第二部・一章『ダンジョン・ハント』 完




