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第十話 海に遊びにきました。それと、イカ。

 おはようございます、アニュエ・バースです。そうです、元剣聖ちゃんの。


 本日はいつもの裏山で訓練……ではなく、少し離れた場所にある……『海』に来ております。


 と言っても、一人できてるわけじゃない。当たり前。七歳児を一人で海に行かせるほど、うちの両親は馬鹿じゃない。けど、お母さんたちはここにはいない。


 いるのはザックと、ザックの親戚のおじさんとおばさん。ザックの旅行に同行させてもらっているのだ。最近仲良くしているわたしたちを見て、その親戚のおじさんたちが一緒においでと誘ってくれたわけで、訓練でボコボコにしている手前若干の罪悪感はあったけど、久し振りの海ということで気にせずきてしまった。


 最後に海に行ったのは邪神を倒すよりもさらに二年前だから……十一年前か。十一年ぶりの海。泳ぎ方忘れてたりしないだろうな。



「おい、どうしたんだ?」

「え? ああうん、泳げるかなぁって」


 おっといけない。ぼーっとしてたか。落ち着こうぜわたし。



 さてさて。海に来たはいいものの、訓練を忘れるわけにもいかない。まあぶっちゃけ少しの間サボっても問題があるわけでもない。わたしはね。ザックはちょっと問題あるかも。多分。


 ただ、親戚さんの目の前で堂々と叩きのめすのもどうかと思う。わたしが親戚のおばさんなら問答無用で止めてるわ。


 なので、今日のザックの訓練は筋トレ。海に来てるから泳いで訓練ってね。



「はい、というわけで」

「どういうわけだよ」


 本日の訓練メニューはこちら。



・わたしは魔法を使ってザック付近に水流を作る。


・ザックは水流に逆らいながら泳ぐ。


・極力親戚陣にバレないように。


・溺れるな。溺れたら死ぬぞ。



 以上。これだとわたしは魔法の訓練ができるし、ザックは筋トレができる。まさしく一石二鳥。ただしバレたらやばいので穏便に。


 そんな風に言ったらザックが露骨に嫌そうな顔をした。そんなに嫌かお前。


「だってお前……」

「なに?」

「遊びにきたのに真っ先に訓練のことかよ、脳筋」

「だーれが脳筋か。ちゃんと魔法使えるわ」

「なんかちげぇ」


 は? だったらなんて言うんだよ馬鹿野郎。お前の方が脳筋だわ。


 まあいい。そんな口を叩いていられるのも今のうちだ。訓練が始まったらどうなるか分からんぞお前。わたしがおまえをころす。かならず。


 よっしゃ。じゃあ始めるか。時間も勿体無いしね。


 取り敢えず……魔法で水に流れを作ってっと。沖から浜に向かう波を強くして。ザックを沖の方に泳がせるか。七歳児にやらせるようなことじゃないけどまあいいだろう。良い筋トレになるはず。



 というわけで泳げぇい!


「バカ言うな」

「だよねぇ」



……流石に親戚の見てる前でそれは無茶すぎるか。だったらもうちょいバレにくい方法で。


 そうだなぁ。普段使ってるような簡単な魔法だと魔法自体の訓練にはならないし。普段使わないような魔法。何かあったかな。


 ん、そうだ。どうせ海なんだし遊ぶついでに訓練できた方がいいか。こうしよう。


「ザック、水かけ遊びしよ」

「何企んでんの?」

「避けなければ死ぬ」

「おい嘘だろ」


 その一、魔法で強くした水を連続でぶちまける。


 その二、ザックはそれを避けて反射神経とかの訓練、とか。


 いっそ、避けなきゃ死ぬくらいの威力でいくか。そのくらいじゃないと訓練にならんだろ。


「よーし、いくよーザックー」


 (棒読み)。


「あはは、楽しそうだねぇ二人とも」

「そうねぇ。アニュエちゃんも来てくれて良かったわ」

「お、おーし、こい、アニュエ!」


 (棒読み)。



 その後、当たったら即死の水かけゲームが一時間に渡り続いたとか続かなかったとか。





   * * *





 というわけで少し時が流れ、その日の夜。わたしは一人おじさんたちの家から抜け出し、朝遊んでいたあの海岸に来ていた。

 なんか朝から気になってたんだよなぁ、ここ。どうにも、『ちょっとやばいやつ』の気配がするというか何というか。そんなに近くにはいないけど、かと言ってめちゃくちゃ遠くにいるわけでもない。沖よりちょっと向こうくらいか。泳いで届くくらいのところにいる。


 でも、動く様子がない。寝てんのかな。それか弱ってるとか。どっちにしても処理しとかないと明日以降気が気じゃないっての。



 よし。でも素直に泳いでいくわけないし。マナは温存しておきたいから魔法でぴょんぴょんいくのも無し。じゃあどうするかって、ここに完成済みのバナナボートをご用意しました。体力は有り余ってるので漕いでいきませう。泳ぐより早いし楽。わぉ素敵。


 あっでも意外と疲れるなこれ。沖まで腕、保つかな。ちっちゃいやつ用意しといて良かった。三人乗りとかだと死んでた。



 暫く漕いで、気配のした辺りまでやってきた。反応はこの下……海の中からだ。となると、海洋生物……お魚さん? ちょっと強いお魚さんだったりする?


 うーん……手始めに雷でも撃ち込んでやろうか。あっそれだとわたしまで死ぬか。他のお魚さんたちも巻き添えにしそう。凍らすのも却下。炎は届かないだろうし。この時間だと海の中も真っ暗で、魔法で照らさないと見えないだろうしなぁ。そもそも寒いし冷たいし直接行くのは無しで。


 あっ。そうか。別に海を凍らすんじゃなくて、凍らした何かをぶち込んでやればいいのか。氷の槍とか。初手はそれでいこう。


 というわけでエーテルを書き換えて氷塊を生成、それを幾つかに複製して、巨大な氷の槍を作り出す。


 気配がするのはボートの真下辺り。ちょっとだけボートを移動させて、一先ず二本、氷の槍を投下した。


 水の中に入れば速度は落ちる。でも元の速度と重量があるから結構なダメージになるはず。これで正体現してくれ。



……どぉぉん。



 何かと何かがぶつかったような振動を感じた。取り敢えず何かにはぶつかったみたいだ。それが標的なのか海の底なのか……どうだ?



 少しずつ……少しずつ。何だか水紋が現れて、それが少しずつ大きくなっている。底から何かがやってきている証拠だ。


 これはビンゴ。さっきの氷が当たったみたい。後はこいつが浮上してくるのを待って、何かしらをぶつけてぶっ殺せばいい。



 その正体は何だろ……な……。




……?




 大きな波と共に現れたそいつは、なんだかよく分からなかった。



 頭は三角で、真っ赤。足は……一〇本。大きさはちょっと大きめの漁船くらい。



「イ……タッ……イカッ……タ、コ……っ!?」



 どっち!?!? お前どっちなの!?


 吠える巨大生物。うるせえ! イカなのかタコなのかはっきりしろ! ついでに喰らっとけ炎の槍!


 氷から一転、放たれた巨大な三本の炎の槍は、そのうちの一本が見事に巨大生物の眼球を捉え、破裂させた。中々エグいことするわね。


 再び吠える巨大生ぶ……ああっ、ややこしい。お前今日からクラーケン!


 クラーケンは片方の眼球を撃ち抜かれて逆上したのか、手当たり次第にその太くて長い触手を海面に叩きつけ、攻撃してくる。けど残念。そんなん当たるわけないし。目瞑ってても避けれるわ。嘘ごめん。目瞑っては無理だったちょっと加減しろ。


 しかし、うざい。このままやらせてるのも腹立つな。一気に決めるか。炎も効いてるっぽいし。海の底に住んでたくせに。



……エーテル書き換え、炎生成、かーらーの、性質アンド形状変化、炎の槍、さーらーにー、複製!



 喰らえ、炎の槍六連!



 命中した炎の槍は、凄まじい爆発音をあげ、クラーケンを呑み込んだ。煙も凄い。これは流石に倒したでしょ。


 煙が晴れると、その奥から見事な焼きクラーケンが現れた。クラーケンって美味しいのかな? 食べる気も無いけど。


「よし、討伐完了っと……」


 剣聖ちゃんの手にかかればこんなやつ屁でもない。夕食前だわ。



……けど、妙だな。わたしが感じた気配はもっと大きかった気がするんだけど。


 たったあれだけの攻撃で倒せるほどのやつなら、わたしだってそこまで警戒しない。ぶっちゃけ遊んでる最中に片手間で倒すことだってできる。わたしが警戒してたのは、もっと強そうな……。



……あ、そうそう。今まさに顔を出してるこいつみたいな、やつ。



……あ、どうもこんにちは。おたく誰?



「うっそ……まさか今の、『子供』……?」


 現れたのは……さっきのより一回りも二回りも大きなクラーケン。足は九本でさっきのより一本少ない。それから全身がイカみたいに白い。ザ・クラーケンって感じの見た目。


 それに、結構強そう。こっちの世界で生まれ変わってから見た中では、一番強いと思う。マナの貯蓄量なんかを考えると、全快状態のわたしなら倒せるかもくらいのレベル。


 まさか、今倒したやつって、こいつの子供だったりする? わたしが感じてたのはこっちの気配で……だとしたらやべぇな。マナ、足りるかな。


 クラーケンは怒り狂ったように暴れだす。怒りの矛先はわたし。やっぱさっきの倒したのがまずかったな。絶対に子供だ。そうだ絶対。


 わたしは腰から木剣を抜いた。耐久力に難ありなので魔法で補強。硬化プラス切れ味向上の二段構えを備えた強化の補助。元々切れ味なんてゼロに等しいけど、これをかければ少しは切れるようになる。


 マナは温存しつつ、極力、剣で体力を奪って、最後はさっきと同じ炎の槍でケリをつける。これでいこう。あの触手を切り落とせたら楽だな。その方向性で。



——構え。



「……だらっしゃぁ!」



 烏落とし、二連。ボートの上から立て続けに放った『飛ぶ』斬撃。訓練を始めた頃よりもはるかに大きく、威力も増したそれは、ただただ正確に、前方から迫り来るクラーケンの触手を捕らえた。


 が、しかしダメ。クラーケンの巨大な触手は二発の烏落としを喰らってもほぼ無傷。


 思っていたより硬い。というより、わたしの方の火力が低すぎるのが問題か。

 確かに技の練度は凄まじい速度で上達してる。ただ、武器が問題だ。町で買った訓練用の木剣なんて、いくら強化したところで木剣止まり。こんなものでどれだけ頑張っても大した威力は出ない。火力不足の原因はそこにある。


 元々、烏落とし自体が低火力な技ってこともあるだろうが……これならどうだ。四連撃、瞬連斬。


 迫っていた触手を避け、その横腹に一度で四度斬りつける技、瞬連斬を叩き込む。さっきとは違う触手だけど、逆にこれが比較になっていいかも。


 でも、ダメ。傷はつくけど切断には程遠い。こんな調子ならあと何発打ち込まないとぁぁああああああっ!?


 しまった! 剣に必死になりすぎてボートを避難させるの忘れてた!


 さっきまでは水流を作ってボートごと移動させてたけど、それをすっかり忘れていて、小型バナナボートは触手を受けてバラバラ。よくもやってくれたなお前! これじゃあ水上に立つのにマナ使うじゃん! 無駄なマナ使わせやがって!


「くっそ……こんなんじゃ埒があかない……!」


 一気に決めないとまずいな。トドメの分のマナも残しておかないといけない。かと言って今から撃ち込んでも削り切れる気がしない。


 何か、状況を変える一手があれば。いや、あるにはあるけれど、それは使いたくない。リスクが高すぎる。


 こいつ、弱点とか……何か弱点とかないのか?



……そういえば、おかしいな。



 よく考えると、おかしい。こいつ、なんで触診が九本しかないんだろう。さっきの子供は一〇本あったのに。


 考えられるとすれば——、



「……ビンゴ」


 体ぴょんぴょんしながら確認すると、やっぱり触手が一本、根元から何かに斬り落とされていた。傷口は塞がってるけど、もしあれをこじ開けられたら。その中に魔法でもぶち込んだら、めちゃんこ痛いだろうな。


 よっしゃ、やるか。



 三連撃、瞬連斬——かーらーの、四連撃!



 更に強化を施した木剣による計七連撃。皮が薄くなっている傷口に攻撃すると、少しだけ亀裂が入り、気持ち悪い色の血が飛び出した。


 もう少し……もう少しだ。


 烏落とし、瞬連斬——からの、もういっちょ烏落とし!


 びたんびたん振り回される触手を避けながら斬りつけていく。傷口をチクチク攻撃されているからか、クラーケンもさっきより攻撃の手が激しい。


 そんでもって……よっし、傷口が開いた!


「決めるっ!」


 炎の槍生成、大量複製、そして……圧縮、業火の槍!


 傷口から炎で焼くとかいう外道の所業を思い知れ、イカ野郎!


「でぇやっ!」


 業火の槍は物凄いスピードで正確に傷口に突き刺さり、そして体内へ侵入した。今頃、あの傷口からじわじわと体内へ熱が伝わっているんだろう。


 そして、何より……これで終わるわけないじゃん。もっと苦しんで死ね!



 業火の槍はその体内からクラーケンを焼き焦がし、そして——最後には盛大な爆発を起こす。わたしが手を握ったのと同時に、もがき苦しむクラーケンの真っ白な体が赤く染まり、膨張していった。



 そして、ぼぉん。凄まじい衝撃と爆風と轟音。ついでにわたしも巻き込まれて吹き飛んだ。クラーケンの体はもちろん爆発四散。快感爽快。



 爆風をもろに食らって吹き飛んだわたしは空中で体勢を立て直そうとして……無理だった。やっべマナ尽きた。帰る分のマナ考えてなかった。



 って落ちるぅーーー!?


「あばばばば……」


 頭から水面に落下したわたしは、そのまま仰向けに海に浮かんだ。

 マナは無いしボートも無い。体力も泳いで帰る分は残ってないし……あー、どうすっかなぁ。


 なんか眠くなってきた。寝たら死ぬと思う。寝たらダメなんだけど、疲れててどうしても眠気に逆らえない。


 いや、それはやばい。それはやばいでしょ。起きて……起きて、アニュエ……。


 せめて、何か……ボードのかけらでもなんでも、浮くものに捕まって、そんで寝ろ……。







 暫くして——。



 ざざーん、ざざーんと波の寄せる音で目が覚めた。どうやらわたしは、奇跡的に元の浜辺に流れ着いたみたいだ。良かった、死んでなかった。毒キノコを食べて死んで転生したら今度は溺死って割とガチで笑えない。


 はー……まあいっか。次の課題も見つかったわけだし。早いとこザックのところに戻ろう。


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