第一話 剣聖ちゃん、転生
はい、どうも。わたしアニュエ・ストランダー。何を隠そう、邪神の脅威から世界を救った最強の『剣聖ちゃん』なのだ!
……驚かない? 知ってる? ならいいや。
二年前に邪神イヴリースを片手間に倒してからというもの、皆が皆、そりゃあもう国家レベルで、わたしに色々と頼み込んでくる始末。やんなっちゃうよね。
〜というわけで暫く留守にします〜
なんちゃって。
でも、留守にしたいのは本当。流石の剣聖ちゃんでも疲れは溜まるしストレスだって溜まるし。ぶっちゃけて言うと国家間の戦争とか面倒臭いから勝手にしてろよって感じ。金出してれば手伝ってもらえると思うなよ。
というわけで、別に誰に許可を取らなきゃいけないわけでもないけど、ちょっとの間旅に出ます。探さないでください。
「なんちゃって……誰に言ってんだろ」
最近独り言が増えたような気がしないでもない。疲れとストレスかな。やっぱり疲れてるのかな。
そりゃあ、わたしだって人間ですし。まだ十五歳の女の子ですし。最近は何かと戦って負けることも無いけど、連戦続きじゃ疲れちゃうよ。邪神倒したら終わりじゃないのかよ、魔神とか魔王って何だよ知るかよ勝手にしてろよ。こちとらまともにお風呂さえ入れてないんだぞ分かってんのか。
……んっほん。
まあ、ともかく。このままじゃ流石にストレスで禿げちゃいそうなので、暫くはのんびり旅でもして疲れを……というより、ストレスを癒そうかなって、思いました マル
一応、報告はしといたよ。各所方面に。『探さないでください』って。報告だけしといたよ。ちゃんと。
さーてと。ぶっちゃけここまで独り言だし、そんなもんはこのくらいにしておいて。旅の醍醐味はやっぱり野宿とその場凌ぎの食事、それから盗賊狩り……あっこれ醍醐味じゃない。
というわけで本日はここを野営地とぉする! 各員テントの準備!
なんちゃって。わたししかいないわ。
ちゃちゃっとテントを張り終え火を起こし、本日の収穫をどさりと広げる。
ではでは。こちらが今宵の食材どもです。
まずはさっきそこで狩ったイノシシの肉。血抜き済み。
次にさっきそこで採った山菜。
最後に焼くととても美味しい神キノコ。あ、正式名称はそんな名前じゃないけど。
そんなこんなをそんなこんなで調理して、はい完成。山菜のサラダとイノシシの丸焼き、それからキノコの炙り焼き。年頃の女の子なのでちゃんと栄養バランスにも気を付けてます。ちゃんと。
日はすっかり落ちて暗くなり、子供たちはねんねの時間。わたしはまず、山菜のサラダから手を付けた。
ん……ちょっと塩気足りない。でもお塩は節約したいしなー。というかこの山菜不味いな。何だこれ。
サラダを平らげて、次にイノシシ肉。おほっ、美味しい。やっぱりお肉。お肉だね。何をおいてもお肉。野菜ってあんまり好きじゃないし。何で食べたんだろ。
かーらーのー? 最後に神キノコ。いやいいね。口に入れる前からこの香ばしい香り。これほんとすき。語彙力なくなる。
大口開けて、いただきます。あれ、なんかいつもとちょっと味が違う。なんでだ?
うん、なんでだ? なんで……。
「……ん?」
わたしが神キノコと呼ぶこのキノコは、傘の上側の模様が特徴的で、青と白の綺麗な縦線が六本ずつ……計十二本入っているものだ。
落ち着いて数えてみると、これは十四本。縦線が一本ずつ多い。ということは……?
「……これ毒キノコじゃん?」
神キノコによく似た猛毒のキノコ。そちらは縦線が神キノコと比べて一本多い七本。あれ、さっき数えたはずなんだけど。おかしいな。数え間違えてたっぽい?
えー……それはまずいなぁ。この毒キノコ用の解毒薬とか持ってきてないし……。
こいつ、キノコのくせに毒が強い。めっちゃ強い。強すぎて一口食ったら死ぬって言われてるほどやばい。特に傘の部分がやばくてとにかくやばい。今わたしが食べたの傘の部分。詰んだ。
え、ちょっと。それはちょっと待ってほしい。わたし、治癒魔法とか使えんし。解毒魔法とかもってのほかなんだけど。死ぬぞ。
あ、ちょっと待って。なんか、だんだん意識が遠のいてきた。マジ? 剣聖ちゃん、邪神も魔王も魔神も倒したのに最期は毒キノコで死んじゃうん? ダサすぎん?
ちょ————
* * *
死んだわ。端的に言って死んだわ。毒キノコには勝てなかったよ……。
流石の剣聖ちゃんも世界最強クラスの強さを誇る猛毒キノコには勝てなかった。治癒魔法とか解毒魔法とか使えないとダメだな、やっぱり。怪我することとかなかったから覚えないままだったのがいけなかった。
さてさて。剣聖ちゃんは死んでしまったわけですが。世界を救ったってのに案外あっさり死んだな。享年十五か。
……ここは、どこでしょお?
見覚えのない天井……というか部屋。どこだここ。毒キノコで倒れているところを偶々発見されたかな? でもあの毒って効き目早かった気がする。近くの町まで運んでも間に合わないでしょ?
と思っていたら巨人がきた。
は?
「おはよう、アニュエ」
いや誰だよお前。気安くわたしの名前を呼んでもいいけどもうちょっと敬ってくれ。
部屋に入ってきたのはブロンドの女だ。めっちゃ美人。羨ま……しくないよ。胸は小さいし。いや、アニュエちゃんもあれだから。将来有望だから。
巨人はわたしのそばにやってくるなり、ひょいと、軽々しくわたしを持ち上げた。
ぉお!? なんだ、食う気か!? やる気かこの野郎! 野郎じゃなくて女!
何故だか体の動きが鈍かったけど動かないわけでもない。剣は抜けなくても魔法で吹き飛ばすくらいなら……おっ、ぉぉぅっ……!?
なんだこの手!? 誰!? 何事!?
「あら。どうしたの?」
どうしたのじゃねぇ。こっちがどうしたのだわ。
……はぁ、はぁ。
い、一旦落ち着こう。落ち着いて状況を俯瞰するとしましょうか。
まず第一に、わたしが死んだの多分間違いない。あんなに遅い時間だったし、近くの町までも結構離れていたから、あの即効性の毒で死んだのは間違いないと思う。
第二に……第二が分からん。第一から第二までで話が飛躍しすぎてる。どういうことだよ。
え、何? この人はわたしの味方なの? 敵なの? 本当に巨人的なあれ?
分からんにゃぁ……アニュエちゃん、実は勉強の方はあんまりだから、こういう時はテンパっちゃうタイプなのだ。
「ラタニア、ちょっといいか?」
「はい? ええ、今行きます」
考えていたら巨人がもう一人現れて女を呼んだ。この巨人女、ラタニアって名前なのか。なるほど。
ラタニアはわたしの体を再び戻して、駆け足で男と共に出ていった。その時、ふと首が倒れて、『窓』の方に目がいった。
……おいおい、嘘だよね?
窓に映ったそれは、とてもとても小さな赤ん坊。赤ん坊なんてどこにいる? 答えは簡単。
「……ばぶばー」
わたしだ。わたし、赤ん坊になってるじゃん。
……まじで?