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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第三話 失われた真実

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第二章:5 符合する夢と現

 ひらりと(ほお)に花びらが触れた気がした。

 目覚めると、朱里はすぐに錯覚であることに気付いた。指先で自身の頬をこすりながら、夢の光景に引き()られていたのだと、深く息をついた。


 夜の(やみ)に包まれていて暗がりに沈んでいるが、見慣れた自分の部屋が見える。寝台で横たわったまま、朱里は無意識に布団を手繰(たぐ)り寄せていた。


(……また、あの夢を見ていた)


 同じ舞台で繰り広げられる光景。始めは単なる偶然だと笑っていられた。

 (はるか)達が関わる異世界の話を聞くまでは。


(先生と、麟華(りんか)麒一(きいち)ちゃんと、――私)


 既に偶然であると片付けるには、色々な符号が揃いすぎているような気がする。朱里は込み上げた不安を払うように、横たわっていた寝台から出た。迷わず部屋の灯りをつける。

 制服のまま眠っていたことに気付くと、すぐに心が違うことに占められた。


(私、先生が起きたことに安心して――)


 不覚にも泣いてしまったことは覚えている。けれど、それからの記憶が飛んでいた。制服のまま横になっていたことを考えると、張り詰めていた緊張が緩んで眠ってしまったに違いない。


「うわー、最悪」


 思わず声に出てしまう。恥ずかしいような気がしたが、気を取り直して部屋を出た。遥のことが気になって、居ても立ってもいられない。廊下は深夜の闇に包まれていたが、階下から物音が聞こえてくる。


 朱里はゆっくりと階段を下りながら、物音に耳を澄ます。どうやら話し声のようだ。もしかすると、まだ副担任である遥が起きているのかもしれない。朱里は簡単に自分の格好が乱れていないかを確認して、扉のスリ硝子から光の漏れているリビングへ向かった。

 扉に手をかけると、見計らったかのように向こう側から開かれた。驚いて思わず小さく声を上げてしまう。


「あら、朱里(あかり)。丁度良かったわ。起きたのね」


 現れたのは麟華だった。彼女はおにぎりと卵焼きの盛られた皿を手にしていた。朱里への差し入れとして作ってくれたのだろう。考えてみると、夕食を取り損ねている。けれど、朱里は食事のことよりも、胸を占めている気掛かりを口にした。


「うん、麟華。――あの、先生は?」


 麟華はにんまりと笑うと、リビングの扉を大きく開く。


「心配しなくても、こちらに元気でいらっしゃるわよ」


 朱里はリビングのソファで、こちらを見ている遥と目があった。副担任を演じていない彼は、惜しみなく端正な素顔を見せてくれる。麒一の私服を借りているのか、年相応の自然な仕草が焼きついた。朱里は思わず魅入ってしまう不自然さにうろたえて、意味もなく焦ってしまう。当たり前の顔をして、部屋に踏み込んでいけない。


 顔が勝手に火照(ほて)ってしまうのだ。

 立ち尽くしたまま頬を染めている様子をどう受け止めたのか、遥がソファから立ち上がった。迷いなくこちらへ歩み寄ってくる。朱里はますます狼狽して、身動きできない。


「熱があるんじゃないか?」


 彼は気遣うように朱里の顔を覗きこむ。間近に迫った遥の気配で、朱里は呼吸が止まるような気がした。


「だ、大丈夫です、先生」


 固く目を閉じて首を横に振るが、遥は自分の看病のために無理をさせたと思い込んでいるらしい。殊勝に頭を下げられて、朱里は慌てて否定した。


「違うんです。これは、別に――、先生のせいじゃ……」


 ないとは言えないが、理由が違う。朱里は傍らの姉に視線を投げて助けを求めるが、妹の狼狽ぶりがよほど可笑しいのか、麟華は背を向けて肩を震わせていた。


「黒沢先生」


 すっと間に入ってくれたのは、今まで成り行きを静観していた麒一だった。どうやら異世界の立場ではなく、副担任である遥の立場を優先しているらしい。


「朱里は泣いてしまったことを恥じて、戸惑っているだけです。とにかく食事を取らせてあげましょう」


 麒一の背後で朱里は吐息をついた。至近距離に迫っていた遥の気配が遠ざかると、少しずついつもの余裕が戻ってきた。

 きっと遥への想い自覚したことがいけなかったのだろうと、朱里は冷静に分析する。

 こんなにも、心を奪われている。

 朱里は彼方の言葉を思い出して憂鬱になる。副担任に深く関わってはいけないという警告。朱里は考えても無駄だとすぐに気持ちを切り替えた。お腹が空いていると、(ろく)な事を考えないと決め付ける。

 リビングでおにぎりでも頬張ろうと考えていると、麒一が朱里を振り返った。朱里にだけ聞こえるように、小さく囁く。


「朱里、絶対に黒沢先生を好きになってはいけない」


 聞き返す隙を与えない背中だった。麒一は何事もなかったかのようにリビングへ戻る。朱里は胸に鉛が沈んでいくのを感じた。


(――もう、遅いよ)


 手遅れなのだと、朱里は心の中で訴える。

 けれど、この想いは誰にも祝福されない。

 朱里にはそれがひどく哀しいことに思えた。

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