表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第二話 偽りの玉座

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/234

陸章:三 行方2

 他国の内情に疎い翡翠(ひすい)には、なぜ六の君がそれほど蔑まれているのかは判らない。ただ哀れに思えた。隣の(ゆき)がここぞとばかりに説明してくれる。


緋国(ひのくに)を治める一族が女系であることは、翡翠様も知っていますよね。現在、緋国を治めている女王は、もちろん先代の娘ですが。六の君は先代が臣下との間に設けた最後の娘であると言われています」

「それって、姦通したということ?」


「そうですね。先代は真名(まな)を捧げあった比翼(ひよく)を裏切って、姦通という罪を犯した。娘に女王となる中宮の座が継がれたのは、その悲劇のせいであると囁かれています。先代は捧げた真名を以って、比翼である夫君にさばかれてしまったと。もっぱらの噂です」


「雪って、そういうことに詳しいよね」

「それは翡翠様が相手をして下さらないからです」


 思い切り皮肉をぶつけながらも、雪は屈託なく微笑(ほほえ)む。翡翠は苦く笑うことしか出来ない。碧宇(へきう)は二人の様子がよほど可笑(おか)しかったのか声をあげて笑っている。


「ですから、(あか)(みや)にとって双親(りょうしん)を不幸にした六の君は、末妹(いもうと)でありながら、(かたき)でもあるのでしょうね」


 碧宇も雪の語ることに異論はないようで、深く頷いた。翡翠は腕を組んで唸ってしまう。


「だけど、六の君には罪がないと思うんだけど」

「仕方がないさ。人の心は色々と複雑なんだよ。……だから、黄帝がその姫宮を愛してしまったのも、仕方がない。何事も全て仕方がない」


 あっさりと結論づけながらも、碧宇はやりきれないという表情をしていた。仕方がないと判っていても、それで全てが割り切れる筈もない。


闇呪(あんじゅ)に嫁いだ姫君達の末路は、黄帝の耳にも届いていたようだ。六の君のことは、それで黄帝も案じていたらしい。朱桜(すおう)という愛称をつけ、時折金域(こんいき)へ招いて鬼門(きもん)の様子を報告させていたと言うからな。哀れな姫宮への同情が愛情に変わっても、不思議ではないか」

「黄帝なら、慈悲深いだろうしね」


 闇呪(あんじゅ)に嫁いだ(きさき)を、黄帝が愛した。

 黄帝が相称(そうしょう)(つばさ)を得たことは、この世のとって最高の(よろこ)びになる。

 けれど、闇呪にとっては最悪の事態だと言って良いだろう。

 自身の后が黄帝と心を通わせ、自分を滅ぼす相称の翼となったのだ。

 翡翠はふとささやかな疑問が浮かぶ。


闇呪(あんじゅ)はその姫宮を愛していなかったのかな」


 碧宇(へきう)が嫌そうに顔を(しか)めた。


「もし愛していたのなら最悪だな。愛憎ひしめく、この世にとって最悪の三角関係だろ」

「でも、どうでしょう。闇呪(あんじゅ)が后を愛していたのなら、その姫宮が黄帝と心を通わせることはなかったのではないかしら。愛されて大切にされていたら、いくら相手が黄帝でも心が傾くとは思いません」


 雪の言葉に、碧宇は優しく笑う。


玉花(ぎょくか)殿なら黄帝に言い寄られても、もちろん翡翠を選ぶだろう。しかし、もし闇呪(あんじゅ)がその姫宮を愛していたとしても、その想いが正しく伝わっていたのかは疑わしいな。闇呪が誰かを愛するなんて、彼のこれまでの行いからは想像もつかないが。それでも、もちろん闇呪が后を愛していた可能性はあるだろう。だが、どちらにしても全てが憶測でしかない。こういうことは考えるだけ無駄だ。――たしかなのは、その姫宮が黄帝と心を通わせた相称の翼であり、行方(ゆくえ)が知れないということだけだ」


 結局、相称の翼の行方について確かなことは何もわかっていない。翡翠の内に、再びもどかしさが込み上げてきた。碧宇は黄帝から得た情報を惜しまず教えてくれる。


「今まで黄帝は闇呪(あんじゅ)の所業について沈黙を守ってきた。対立関係となるのを避けるためだったようだが、さすがに限界を察したのだろう。相称(そうしょう)(つばさ)についても、それが闇呪の仕業であるとの確たる証拠が何もない。だから、手を出すことが出来なかった。しかし、相称の翼を見失ってから、黄帝の力は日に日に衰えている。このままではいずれ世界が滅ぶ。黄帝はようやく、闇呪に対するこれまの沈黙を破る決意をしたようだ」


「それで、各国の助力を求めたってこと? 後継者の真名献上も闇呪に立ち向かうため? まだ彼が原因だとは限らないのに?」


 碧宇は首を横に振った。


「証拠がなくとも、彼が関わっている可能性は捨てきれない」

「どうして?」

「黄帝(いわ)く、相称の翼はこの世にはない。あらゆる手を尽くしても見つからない。天界にも地界にも、既に気配が感じられない。存在が途切れているという」


 碧宇(へきう)は更に追い討ちをかけた。


「それに相称の翼が巨大な影に抱かれて鬼門へ向かうのを見た者がいる。それを機に、相称の翼は消息を絶っている」


 翡翠はすぐに清香(きよか)から聞いた体験が蘇った。白虹(はっこう)皇子(みこ)が手に入れた情報を、黄帝が手に入れられない筈はない。ずっと以前から、黄帝にとっては明らかな事実だったのかもしれない。


「相称の翼は、鬼門から異界へ飛ばされた可能性が高い。誰にでも出来ることじゃない。状況からも、動機からも、闇呪(あんじゅ)が疑わしいのは事実だ」


 翡翠は力なく「そうだね」と呟いた。

 やはり白虹(はっこう)皇子(みこ)を救ったのは、別の何者かだったのだろうか。そう考えると、全ての成り行きに筋が通る。

 闇呪(あんじゅ)は極悪非道な、――この世の(わざわい)

 全てが、その宿命を形にして行く。


「どのように動くのかは、黄帝もまだ模索しておられる。全面的に闇呪(あんじゅ)を糾弾して、対立することはやはり避けたいのだろうな。とりあえず思惑を伏せたまま鬼門を開門して、異界へ使者を発たせようかと考えておられるようだ」

「秘密裏に、相称の翼の行方を探すということ?」

「――おそらくな」


 黙りこんでしまった翡翠の肩を、碧宇はぽんと叩く。兄の顔を見上げると、碧宇はいたずらっぽく笑う。


「全て極秘事項だが、可愛い弟に隠し事はできないからな。さて、では宮へ戻るか」


 碧宇はくるりと背を向けて、大きく伸びをしながら部屋を出て行こうとする。それから簡単なことを言い忘れていたというように、立ち止まって翡翠を振り返った。


「おっと、忘れていた。翡翠――もし、万が一、異界で出会うことがあれば、その時はよろしく頼むぞ」


 何かを問いかける前に、兄の碧宇は部屋から姿を消した。

 翡翠の中で込み上げる、おさえがたい衝動。

 兄の碧宇は全てを見抜いていたのだろう。


 そして、碧宇から得た情報は、更に翡翠の衝動を駆り立て、揺るぎないものにしてしまった。強く(てのひら)を握り締めて、決意を固める。


(――異界へ行こう)


 これまでのように、ただ無為にさまようだけではなく。

 真実を確かめるために。

 相称の翼を見つけるために。

 それがどれほど危険なことなのかは、判っている。


 鬼門の番人――闇呪(あんじゅ)。彼が(まも)っているという天落(てんらく)の地。

 詮索するのは、決して容易なことではないだろう。

 噂のとおりに、彼は異界へ渡っているのかもしれない。


 その非道な振る舞いによって、翡翠が魂魄(いのち)を失うことだってあり得るのだ。

 だけど、と翡翠は思う。強く恐れながらも、ほのかに抱きはじめた希望。

 白虹(はっこう)皇子(みこ)翼扶(つばさ)が救われたように、全てが覆されるのかもしれない。


(――何が真実なのかを、知りたい)


 相称の翼を巡る思惑について。

 それを解き明かすことが、この世を救う力になる。


(だから、異界へ行こう)


 何があっても、自分の眼で見たことだけを信じていれば良い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ