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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第二話 偽りの玉座

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伍章:三 訪問者1

 それは何の前触れもない、突然の訪問だった。

 白亜(はくあ)は訪ねてきた者を見た途端、眉を潜めてしまった記憶がある。

 訪問者――あるいは弔問者は三名。

 それぞれが頭から、この国では見慣れない(ひとえ)を被っていた。素顔も髪色も不自然なほど完璧に、濃紺の(ひとえ)に隠されているのだ。目を凝らしても、白亜には見分けることが出来なかった。


 深い色合いの(ひとえ)はそれぞれに柄が異なり、上質な織物であることだけが窺える。

 まるで素性を隠すかのような出で立ちを訝しく思ったが、白亜はすぐに皇子(みこ)を尋ねてきた使者ではないかと考えた。


 妹の亡骸を焼き払う儀式について、ついに執り行う日時が決まったのかもしれない。

 想像するだけで胸が詰まるが、白亜は再び腹をくくって訪れた三人を見た。


「たしかに妹は病で亡くなりましたが、このような寂れた住まいに何の御用でしょうか」


 皇子(みこ)を尋ねてきた使者であるならば、どのような用件であっても無碍(むげ)にするわけにはいかない。白亜は祈るような思いで訪れてきた者の答えを待った。


「こちらの姫君が病を患い、そのままお亡くなりになったとの噂を聞きました」


 左端に佇んでいた者が、白亜の前にするりと一歩進み出る。さきほどの戸外からの呼びかけとは違い、落ち着いた男の声だった。男は無駄のない仕草で片膝をつき、白亜よりも低い姿勢で頭を下げて続けた。


「私達は噂の真偽を確かめるために参りました。姫君の訃報が真実であるならば、我が主が姫君の冥福を祈りたいと」


 淡々と語る声を聞きながら、白亜は再び眉を潜めた。どうやら思い描いていた最悪の使者ではないようである。これまで皇子(みこ)を尋ねてきた天界からの使いでもないようだった。

 三人が目深に被る上質の(ひとえ)は、濃紺の色合いから滄国(そうこく)を思わせる。


 見た限りでは、どう考えても高い地位を持つ天界の者であるように見える。白露(はくろ)白虹(はっこう)皇子(みこ)以外に天界人(てんかいびと)と面識があったとは考えにくい。

 白虹の皇子(みこ)の知人が、人目を忍んで弔問に訪れたのだろうか。


 訪問者の素性をどのように受け止めれば良いのか困惑していると、白亜の背後からゆっくりと白虹の皇子(みこ)が進み出た。

 皇子は訪問者の声を聞いていたらしく、すぐに何かを問う事はせず、厳しい眼差しで目の前の三人を眺めていた。


「――あなた方は、何者なのです」


 静かな問いは、警戒心に満ちていた。白亜の前で膝をついていた者が、ますます深く頭を下げる。


「申し訳ございませんが、(ゆえ)あって我が主は素性を明かすことが出来ません。――主はただ姫君の冥福を祈りたいと、純粋にそれだけの思いでこちらに参りました」


 訪れた三人からは敵意を感じない。けれど、白虹(はっこう)皇子(みこ)は容赦なく拒んだ。


「得体の知れない輩に祈って頂く理由はありません。ただちにお引き取り願いたい」


 取り付く島のない皇子(みこ)の態度に、先方は明らかに緊張を高めたように見えた。膝をついていた男がゆっくりと立ち上がり、するりと一歩退いた。同時に右端に(たたず)んでいた者が、中央に立ち尽くしていた者を振り返る。


「……主上(しゅじょう)


 いかがいたしましょうと呟いた声は微かだったが、さきほどの呼びかけと同じ女の声だった。どうやら真ん中に立つ御仁が、左右に並ぶ者の主人であるようだ。

 白亜には彼らが諦めて帰ると思われたが、予想を裏切って真ん中の者がゆっくりと前に進み出た。臣従を連れてやってくることが、地位の高さを示している。けれど、その者は地位や身分を振りかざすことはなく、当然のようにその場に膝をついて頭を下げた。


「主上」「我が君」


 後ろで見守っていた二人が、厳しい声を出す。それほどへりくだる必要はないと言いたげな声だった。彼は臣下の抗議に耳を貸さず、低い位置から白虹(はっこう)皇子(みこ)に語った。


「無礼は承知の上ですが、名乗るほどの者ではありません。皇子(みこ)、どうか私の願いを聞き入れていただきたい」

「では、顔を見せてください」


 皇子(みこ)の申し出に対し、彼はゆっくりと(かぶり)を振った。


「――私の姿はとても醜い。わざわざ皇子の目を汚すような真似はできません」


 遠まわしに拒み、彼はますます深く頭を下げる。素性を明かさず、顔を見せないという姿勢を崩すつもりはないようである。白亜には滑稽なほど頑なに映った。


「話になりません。お引き取り下さい」


 皇子(みこ)の返答は同じだった。それが当たり前の態度であると白亜も思う。これ以上何も語り合うことはないという面持ちで、皇子は白銀の裳衣(しょうい)の裾を翻した。

 次の刹那(せつな)


白虹(はっこう)皇子(みこ)、このまま姫君の亡骸を業火(ごうか)にかけるつもりですか」


 大きくはないのに、よく通る声だった。背を向けたまま、皇子(みこ)が動きを止める。白亜も突然の問いかけに驚くばかりだった。

 膝をついて頭を下げたまま、彼は顔を見せることなく言い募る。


「黒き亡骸の末路は決まっている。――けれど、私には姫君を救うことができるかもしれない」

「戯言を……」


 振り絞るように、皇子(みこ)が呟く。握り締めた(こぶし)が震えているのが、白亜の目にも明らかだった。訪れた彼が語ることは、暴言以外の何物でもない。あまりの侮辱に、さすがの皇子も怒りを抑えることができないようだった。


「ただちに、立ち去りなさい。――それ以上何かを語るのならば、容赦はしません」


 辛うじて踏みとどまっていることを示すように、皇子の声は怒りに震えている。白亜はただ事ではすまなくなる前に立ち去ることを願ったが、訪問者は怯むことなく続けた。


「姫君の亡骸が()にとり憑かれてからでは、手遅れになる」

「――黙れっ」


 ついに皇子(みこ)が激昂する。止める間もなく、素早く天へ向かって突き出された(てのひら)

 皇子(みこ)は虚空から自身の刀剣(とうけん)を掴み取り、迷わず引き抜いた。


白虹(はっこう)様、いけません」


 白亜の声が、皇子の怒声によって掻き消される。


「それほどに、風の洗礼を受けたいか」


 振り下ろされた剣は、皇子の(じん)が形作った白虹剣(はっこうのつるぎ)。夜空にかかる見事な白虹がそのまま現れたかのように、白く輝く見事な刀剣だった。風を治める透国(とうこく)皇子(みこ)に相応しく、途轍(とてつ)もない風の刃が全てを両断してしまう。

 白亜は白虹剣(はっこうのつるぎ)の威力を思い、思わず固く目を閉じた。


「――まず、私達が相手になりましょう」


 (あるじ)を守るかのように、男と女の声が重なるのを聞いた。白亜が目を開けると、後ろに控えていた筈の臣従が、素手で皇子(みこ)の剣を受け止めていた。白亜は思わず瞬きをして、その光景に見入ってしまう。

 (てのひら)(ひとえ)に隠れているが、彼らが盾を手にしているような気配は感じられない。頭から被った濃紺の(ひとえ)は乱れることもなく、彼らの素性を隠し通している。


 今まで皇子(みこ)の振るう剣の威力を目の当たりにしてきた白亜には、信じられない光景だった。彼らの主はゆっくりと立ち上がり、殺気立っている二人を宥めるように肩を叩いた。


「下がりなさい」

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