参章:三 地界の民、清香(きよか)
翡翠には一体何が起きているのか分からない。話によると、清香と呼ばれる女は天界にある滄国の城に勤めていたと言う。地界に生まれながら、天界で職に就き、彼女は日々をこちらで過ごしているのだ。
地界がいかに荒れようとも、生活拠点が天界に在るのなら、彼女が貧困や餓えをその身で体験することはない筈である。
一行は中庭に臨む廂から、再び最奥にある白虹の皇子の居室へと戻っていた。皇子は白亜と清香も快く迎え入れて、すぐに話を聞く態勢を整えた。
翡翠は白亜と並んで榻牀に掛けている清香を見る。
天界に住まう彼女が、なぜこれほど痩せ衰えているのかが分からない。白虹の皇子が彼女から何を聞き出したいのかも、知らされていないのだ。
問いたいことは山のようにあったが、翡翠は先走ることを戒める。清香と皇子のやりとりを眺めていることに徹した。二人の会話を辿っていれば、いずれは全ての疑問が明かされると感じたからだ。
落ち着きを取り戻した清香は、居室に溢れかえっている書物を物珍しげに眺めている。翡翠は再び、皓月の巨体に寄り添うように座っていた。白虹の皇子もさきほどと同じ牀子に掛けて、向かい側の清香を見る。
「あなたに辿りつくまでに、少しばかり時間を要しました。白亜にとっても、雲を掴むような依頼だったと思います」
「皇子。それほどのことでは」
白亜が恐縮すると、白虹の皇子は浅く微笑んだ。
「そうでしょうか。私は相称の翼を見た者を探し出すことが容易なことだとは思っていませんでした」
自嘲的に語られた呟きに、翡翠は思わず気を引き締めてしまう。
理解の及ばない出来事の全てが、俄かに形を描き始めたような気がした。皇子の隣から、妹である雪が堪えきれないというように口を挟む。
「大兄、では、この方が相称の翼を見たと?」
信じられないという顔をして、雪は清香を見つめる。清香はためらいがちに目を伏せてしまう。
「白亜からおおよその成り行きは聞いています。あなたは相称の翼のようなものを見た。これは間違いないですね」
皇子の声は慰めるように柔らかに響く。清香は戸惑うこともなく頷いて見せた。
「皇子のおっしゃる通りです。私の見た者が、果たして相称の翼であるのかどうか、それは私には判りません。相称の翼を見極められるのは、黄帝だけだと存じております」
「では、あなたが見た者が、どのような者であったのかを話してください」
「はい。少女というほど幼くはなく、……そうですね、そちらにいらっしゃる玉花様くらいの感じだったと思います。とにかく金色の長い髪が目を惹きました」
「あなたが見たのは金髪の女性だったわけですね」
「……はい。けれど、その場に居た者は皆、少女のあまりの惨状に、咄嗟に声をかけることも忘れていました」
清香は自身が遭遇した体験を、事細かに語り始めた。
翡翠は懸命に、彼女の語る出来事を思い描いた。




