表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第二話 偽りの玉座

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/234

弐章:二 世の掟Ⅱ

「王子は異界に精通していると聞きましたが」

「精通しているというと大袈裟(おおげざ)ですが、よく渡り歩いて(ゆき)に叱られています」

「それは鬼門(きもん)である(あん)()から?」


 翡翠(ひすい)は慌てて首を横に振った。


「さすがにそんな勇気はありません。(あん)()には()坩堝(るつぼ)がありますからね。そこを治める闇呪(あんじゅ)(あるじ)もとても恐ろしい人物だと聞いています。僕は関わりたくありません」

「では異界――天落(てんらく)()にはどのように?」

裏鬼門(うらきもん)ですよ、白虹(はっこう)皇子(みこ)。それでもはじめは恐ろしくて躊躇(ためら)いました。ものすごい勇気が必要でしたね」


 皇子(みこ)は不思議そうに(あご)に手を当てている。翡翠は無理もない反応だなと苦笑した。

 異界へ渡る方法は、(あん)()にある鬼門(きもん)を利用するのが一般的なのだ。本来ならば、まず自国の王に(うかが)いを立て、王が(あん)()を治めている(あるじ)鬼門(きもん)を開く許可を得る。

 回りくどい手続きを取ることになるが、それが何よりも安全な方法だと信じられていた。


裏鬼門(うらきもん)と言っても、越えるのは簡単なことではないでしょう。私の知りうる限りでは、裏鬼門の先も、天落(てんらく)()に通じている筈です。無事に裏鬼門を越えたとしても、鬼門や天落の地を(まも)っている闇呪(あんじゅ)(あるじ)に制裁を加えられる恐れがある」

「実は、当時はそこまで考えていなかったんです。今思えば、本当に無謀だったな」


 翡翠(ひすい)が頭を掻くと、皇子(みこ)は目を丸くしていた。


「私もはじめは翡翠様が無事に戻ってくるのかと心配でたまりませんでした」

「そうだよね。雪は僕が帰ると大泣きしていたもんね。無事で良かったって。不安な思いをさせて悪かったよ」


「それは今も同じです。ただ、私が少しだけ慣れてしまっただけで。今でも翡翠様が戻るまで、心配しているんですからね」

「ご、ごめんなさい、雪」


 しゅんとなって詫びると、皓月がからかうように長い尾で翡翠の頬を軽く打った。皇子と雪は一緒になって笑う。


「そんな無茶をしてまで、なぜあなたは異界へ渡ろうと思ったのですか」


 翡翠は咄嗟に言葉を選んだ。


「えーと、それは。――好奇心です」

「好奇心を満たすためだけに、勇気を振り絞って異界へ?」


 皇子(みこ)は疑わしそうに翡翠を見つめる。翡翠はその眼差(まなざ)しをまともに受け止められず、がしがしと頭を掻いた。


「その、幸いなことに、僕は闇呪(あんじゅ)(あるじ)には出会ったことがありません。裏鬼門(うらきもん)を越えるのは今でも気持ちの良いものではありませんけど、これといって害はないみたいだし」


 皇子(みこ)は興味深く頷く。心なしか目が輝いているような気がした。


「気軽に行き来が可能であるなら、私も裏鬼門(うらきもん)を越えてみたくなりました。書き記された記録からではなく、この目で異界を眺めて確かめてみたい」

「それなら、僕と一緒に。皇子(みこ)がその気なら案内しますよ」

「その時はぜひお願いしましょう。私はこの世から堕天(だてん)したという、(かん)先守(さきもり)に会ってみたいのです」

「堕天した(かん)先守(さきもり)?」


 翡翠が聞き返すと、皇子(みこ)は頷いた。


「異界とこちらでは(ことわり)が違います。だから、彼がまだ存命しているのかは定かではありませんが、末裔(まつえい)が異界に生きて今も天落(てんらく)()(まも)っています。異界とこちらを(つな)ぐ地を(まも)るのは闇呪(あんじゅ)(あるじ)だけではないようですからね」

「それは、異界に生きるという先守(さきもり)の一族ですか」

「ご存知ですか」

「いえ。どこかで聞いたことがあります」

「そうでしょうね。天界の創世記(そうせいき)にも描かれています」

「創世記? でも、じゃあ、あれは単なる言い伝えではなくて、事実ですか」

「創世記として残された記録は、真実であると私は考えています。この世界の全ての(ことわり)(おきて)が、そこには描かれている。過去のどんな出来事も、全てが創世記に残された法則に従って出来上がっている。私が目を通した様々な記録にも、今の処これを裏切る記述はありません」


 創世記を聞きかじっている者は多いが、全てに目を通している者は少ないだろう。翡翠にとっては、それを読破したというだけで、皇子(みこ)を尊敬の眼差しで眺めてしまう。


 翡翠が知る創世記は、七儀(ななぎ)(ことわり)ぐらいである。


 (こん)(かん)(そう)()(へき)(とう)(あん)

 七彩(ななさい)によって形作られた世界。


 たしかに、それをなぞるようにこの世界が在る。

 翡翠の生きる世界。


 今も昔も変わらず、世界の中央にあるのは金域(こんいき)

 麒麟(きりん)守護(しゅご)とする黄帝(こうてい)、あるいは天帝の住む都。


 金域(こんいき)の四方に配された国。


 東に(そう)

 蒼龍(そうりゅう)を守護とし、水を司る国。(そう)に生まれた者は、青銀の髪と、深い青を映した瞳、白皙はくせきの肌色を与えられる。国王の愛称は、(あお)(きみ)


 南に()

 朱雀(すざく)を守護とし、火を司る国。()に生まれた者は、緋色(ひいろ)の髪と、朱の瞳、陶器(とうき)のような白い肌を与えられる。国の(あるじ)は女王、愛称は(あか)(みや)


 北に(へき)

 玄武(げんぶ)を守護とし、地を司る国。(へき)に生まれた者は、茶髪に碧眼、褐色の肌色を与えられる。国王の愛称は、(みどり)(いん)


 西に(とう)

 白虎(びゃっこ)を守護とし、風を司る国。(とう)に生まれた者は、白銀の髪、灰褐色の瞳と、雪白の肌色を与えられる。国王の愛称は(しろ)御門(みかど)


「たしかに、この世界は創世記(そうせいき)に描かれた通りにありますね」


 翡翠は限られた知識を振り返って、そんな結論にたどり着く。それでも、創世記が世界の起源を書き残したというより、この世界に見合う起源を誰かが作り上げたのではないかと考えてしまう。

 翡翠が皇子(みこ)にそれを話すと、彼は頷いた。


「もちろん、創世記は後付けの記述でしょう。それでも、王子。創世記がこの世の(ことわり)(おきて)をまとめていることには変わりがないのです。この世界の出来事から導き出された法則を、誰かが知り得る限り書き(あらわ)した。それでもかまわない。どちらにしても記された(おきて)は正しいのですから。後世の者にとっては、それだけで創世記の価値は充分にあります」


 翡翠が頷くと、皇子(みこ)は微笑んだ。


「それでも、私は創世記が全てを満たしているとは思いません。だから、膨大な記録に目を通して真実を確かめているのです」

先守(さきもり)の一族に会いたいのも、真実を知るためですか」

「そうですね、記録の裏づけとなるのならば」


 目を伏せた白虹(はっこう)皇子(みこ)は、憂いを帯びた眼差しをする。翡翠には彼の中に在る世界を窺い知ることは出来なかった。


「異界に先守(さきもり)の一族が生きているとしても、どうなんだろう、皇子(みこ)天落(てんらく)()は、大きな(まな)()の中にあるんです」

「学び舎?」


 翡翠はこの世と(つな)がっている学院について説明した。皇子(みこ)は異界における義務教育についても興味を示したが、話が尽きず先に進まないので適当なところで話題を戻す。


「王子はその学院に席を置かれたことは?」

「残念ながらありません。僕はいつも異界を彷徨(さまよ)っているだけで、異界の者と生活を共にしたことはないので」


「そうですか。しかし、王子の話が、私の知識と(たが)えるところはありません。最近、異界に渡った者の記録によると、先守(さきもり)天宮(あまみや)と名乗る一族です」

「じゃあ、あの学院の理事長が?」


「そういうことになるでしょう。異界には(じん)や、()を扱う術がないと言います。それでは、鬼門(きもん)は異界の人々の手に負える物ではあり得ません。先守(さきもり)がその地を離れられるはずがない」

「だけど、知っていたのなら、渡った者は先守(さきもり)に色々と話を聞けるのに」


「堕天した先守は、こちらに関わることを一切口にしないそうです。訪れた者を嫌悪することも、歓迎することもしない。それが彼らの決め事なのかもしれません」

「どうして?」


「さぁ、それはわかりません。天宮(あまみや)のことは闇呪(あんじゅ)(あるじ)(おおやけ)に出した異界録(いかいろく)に、わずかに書かれています。闇呪(あんじゅ)(あるじ)は、鬼門や天落の地などを(まも)ることを、黄帝(こうてい)から言い渡されている。その成り行きで天宮と関わることもあるようですが、必要以上の接点は持たないようです。どちらも互いに無関心なのかもしれません」

「へぇ、じゃあ、誰もが恐れる闇呪(あんじゅ)(あるじ)にも使命が与えられていたのですね。そんなふうに黄帝(こうてい)に従っているとは知りませんでした」


「そうでしょうね。人々が語る闇呪(あんじゅ)(あるじ)は、悪の象徴として出来上がっています」

「でも、それは(かん)先守(さきもり)が占った結果ですよね。(わざわい)(やみ)(まと)い、黒麒麟(くろきりん)をもって生まれる。いずれ黄帝を討ち、世界を滅ぼす凶兆(きょうちょう)ともなり得る者だと。(かん)の者は決して偽りを口にしないわけだから、それは真実ということになります。僕は常々どうしてそんなふうに世界を脅かす者を生かしているのか不思議でしたが、役割を与えられて黄帝に従っているのなら、人々が語るほどの悪でもわざわいでもなかったわけだ。世界は色々な方法で(まも)られているということですね」


 今まで知ることのなかった事実を教えられて、翡翠はこの世の仕組みの(たく)みさに唸ってしまう。やはり黄帝を(いただき)に立てて、この世の全ての成り行きがあるのだと感じた。


「でも、白虹(はっこう)皇子(みこ)はどうしてこの世のことを調べているんですか」


 何気なく聞いたつもりだったが、皇子(みこ)は浅く笑った。


「王子が異界へ渡る動機と同じではないでしょうか」

「え?」


 驚いたように皇子(みこ)を仰ぐと、彼は真顔で翡翠を見た。灰褐色の瞳に、はじめに感じた鋭い白刃(はくじん)(ひらめ)いた気がした。


「――この世の衰退を憂い、何か出来ることはないのかと手掛かりを探してしまう。違いますか、翡翠(ひすい)王子(おうじ)


 悪戯(いたずら)めいた笑みで、皇子(みこ)がこちらを窺う。翡翠が雪を見ると、彼女は小さく頷いた。自身の中に巣食う焦燥を見透かされているようで恥ずかしいが、翡翠は素直に(うなず)いてみせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ