華美(かび)の祭典 3
鳳凰は白虹の皇子が呼んだ案内の者と共に、祭湖の会場を見て回った。
湖上には船も出るらしく、華やかな装飾を施された船が水辺に数えきれないほど並んでいた。
「綺麗ね」
「今ここを眺めているだけでも充分なくらいだ」
鳳凰の素直な喜びに、案内の者が微笑む。
「華美の祭典の主軸となるのは、やはり祭典の名の通り華美です。打ち上げられて湖上に咲く火の華は本当に美しいですよ。今からその火薬玉をご覧になってください」
至鳳と凰璃は火薬玉などは見たこともない。刺激された好奇心を隠すこともなく、喜んで案内人の後をついていく。
火薬玉は会場から少し離れた場所に造られた蔵のような建物に納められている様だ。
各蔵は万が一出火があったときに連鎖しないよう、少しの距離を置いて何棟も並んでいる。案内人は辺り一帯が厳重に火器厳禁になっていること、火薬玉の職人が神経質なほど保管場所に気を配っていることなども話していたが、鳳凰の二人は見たこともない丸い玉に気を取られて碌に耳に入っていない。
倉庫内を無邪気に歩き回って、二人で瞳を綺羅綺羅と輝かせて火薬玉や装置を眺めている。
「その大きな丸い火薬玉に火を点けると、夜空に美しい華火が咲きます」
「これに火を点けると華が咲くんだ?」
「へぇ。ちょっと見てみたいかも」
鳳凰は芽生えた好奇心に忠実だった。火をつかさどる霊獣でもあるため、火への恐れが全くないのも不運だった。案内人があっと思う間もなく手短な火薬玉に火を点ける。
すさまじい轟音と共に、火花と煙が連鎖した。蔵の奥に残る、火薬玉になっていない火薬にまで、すぐに引火する。
華美の祭典のために設けられた第一倉庫が、見事に爆発し炎上した。
黄帝の新しい執務室に、祭湖で起きた爆発の報が入るまでに、さほど時間はかからなかった。闇呪は端的に原因とその後の様子や被害状況を確かめると、はぁっと深く息をつく。
幸い爆心地には人気がなく、死者も負傷者も出ていない。鳳凰と共に在った案内の者も鳳凰の放った礼神で守られたようだ。
けれど、大きな問題がある。
炎上した第一倉庫は、火薬玉の点火に不可欠な筒や装置の主な保管倉庫だった。弾けて失われた火薬玉は一部に過ぎないが、打ち上げの土台となる機材が跡形もなく吹き飛んだのだ。明後日から設置にかかる予定の機材が全て失われたも同然だった。ただでさえ期日に余裕のない祭典準備である。
祭典のための火薬玉の打ち上げは、緻密に計算された大規模な仕掛けからなるため、装置を作り直すのも一筋縄ではない。今から挽回するのは到底不可能だった。
闇呪が朱桜と文官をまじえ華美の祭典の今後についてを話し合っていると、ほどなく白虹の皇子が鳳凰と共に黄城の執務室に参上した。
さすがの鳳凰も事態の深刻さを感じ取っているのか、逃げも隠れもせず皇子を連れて真っすぐに戻ったようだ。
「陛下。この度は私の失態により、取り返しのつかない事態となりました。誠に申し訳ございません」
参上するとともに平伏する白虹の皇子に、鳳凰が慌てて取り縋る。
「違うんだ、黄王。俺達のせいなの」
「そうよ。私達が何も考えずに火を放ったから」
「――わかっているよ。……白虹の皇子、面を上げてください」
「陛下」
白虹が顔を上げると、闇呪は歩み寄ってそっと彼の手を取る。立ち上がることを促しながら、苦笑を向けた。
「あなたを責めるのは筋違いにもほどがあるでしょう。爆発のあとも速やかに指揮を執ってくれたおかげで、現場の混乱は最小限に抑えられ、こちらにもすぐに一報が入った」
「ごめんなさい、皇子。私が考え無しに鳳凰を送ったのがいけなかったんです」
朱桜も自分の行いを悔いているのか、顔色が白くなっている。白虹は公の場で見せる臣下としての態度を改めるように、闇呪の良く知っている表情を見せた。
「そんなことはありませんよ、朱桜陛下。あなたはすぐに帰るよう指示を出されていたのに、私が二人を引き留めたのがいけなかったのです」
「でも、ごめんなさい」
「裁可の遅れと言い、皇子には本当に申し訳ない」
闇呪も詫びると、白虹は可笑しそうに笑う。
「変わりませんね、お二人は。そのように全ての責任を負っていては、いずれ倒れてしまいますよ」
白虹が改めて闇呪を見る。
「陛下、華美の祭典については延期の許可を頂きたいのですが」
「それについては、今話し合っていました。延期は避けられないでしょうが、私に少し考えがあるので、皇子もこちらに参加してください」
「――はい」
事件後に即開いた会議の席に闇呪は白虹を伴った。朱桜はしゅんと落ち込んでいる鳳凰を連れてくる。
闇呪は上座につくと、その場に集った者を見回す。
「白虹の皇子も到着されたので、華美の祭典の今後について改めてこれまでの意見を伝えます。今回の事件については、良い機会なので鳳凰に直接責任を取らせようと考えます」
鳳凰の二人が席でびくりと肩を震わせるのがわかる。場の緊張した雰囲気に呑まれているのか、いつものように食って掛かってくるような抗議は飛んでこない。
「そのために、本来は相称の翼のためにある鳳凰の礼神を、今回は華美の祭典のために発揮させたい。そこで白虹の皇子に相談があります」
闇呪は事前に用意させていた祭典の華美の仕掛けについてが書かれた文書を広げた。
「見る限り打ち上げは相当複雑で緻密な設計図と手順ですが、鳳凰が点火を担う場合、まず必要な機材や手順は簡略化されるのか。また要する日程も含めて再計算は可能なのか。それが知りたい」
「はい。鳳凰が点火を担う場合、複雑な導火線も点火装置も必要としません。筒だけなら手配も容易いでしょう。職人に伝えればすぐに新しい手順を描くと思います。ただ至鳳様と凰璃様が示された手順通り出来るかどうかの問題がありますが」
「俺達できるよ! 火をつける順番ぐらい覚える」
「二人でやれば大丈夫!」
鳳凰が意気込んで声を上げるが、白虹の皇子は厳しい眼差しで二人を見つめている。
「何千とある手順をお二人で覚えることなどできません。そもそも点火は班編成になるほど複雑です。ですが、鳳凰が点火を担う方向性で考えるのは悪くないと思います。陛下、すぐに現場の者と話し合ってみます」
闇呪は頷くと、すっとその場で立ちあがった。話し合いの場に集っている者達に、良く通る声が告げる。
「では、鳳凰のことはしばらく白虹の皇子に一任します。私は黄帝として、黄后の守護であろうと過ちには断罪が必要だと考えます。これは今話し合いを重ねている金域の新たな規範にも基づく考え方ですが、まだ立憲には至らないため、今回は彼らの地位と肩書はいったん私が預かります。そして、皇子には華美の祭典に必要なだけ、鳳凰の使役を許可します」
反論や抗議もなく、場には肯定を示す沈黙が満ちた。闇呪が鳳凰を見ると、二人は殊勝な面持ちで頷いた。白虹が立ち上がって一礼する。
「かしこまりました、陛下。華美の祭典のため、鳳凰の力をお借りします。祭典の日程の延期については、後日の相談となりますがよろしいでしょうか」
闇呪が頷くと、白虹の皇子は再び一礼する。闇呪が朱桜を見ると、心得ていると頷いて鳳凰に声をかけた。
「至鳳、凰璃。しばらく白虹の皇子の助けとなるように、華美の祭典の成功のために励んでください」
「はい!」
異を唱えることもなく、むしろ嬉しそうに鳳凰は主の命に従う。白虹が立ち上がって上座に一礼した。
「では、両陛下。私は鳳凰を携えて、華美の祭典の成功のために尽力いたします」
白虹が鳳凰と共に、その場を辞した。




