華美(かび)の祭典 2
雪は鳳凰を連れて、光輪の御殿へ戻った。両陛下――闇呪と朱桜に厳しく説教をされた鳳凰は、しゅんと項垂れている。麟華は最後まで鳳凰の幼稚な顛末に呆れながら、異界へと戻っていった。
天界には相称の翼を得た場合の、金域の規律が足りていない。
闇呪がいま最も憂慮している事であり、先守や文官を交えて話し合っていることでもある。
霊獣である麒麟と鳳凰には、今のところ遵守する掟がない。行いは常時自由であり、問題を犯した時にも裁かれ罰を受けるような筋道がないのだ。
人々の畏敬を向けられる存在として、特別な扱いとなっている。
彼らの掟は黄帝と黄后であるが、幼く分別のつかない鳳凰について無法のままで行いを正すのは難しい。
しかるべき作法、教育を施し、いずれは天界の責務を負わせることも考えなければならない。
肩書だけで、特別視することを許さないという姿勢が、闇呪と朱桜の共通の認識のようだ。
雪は両陛下らしいと思う。
その意識は、天地界の疲弊を立て直す最大の追い風ともなった。
それでも、いつの世にも新しい風を歓迎しない者はいる。反発が全くないわけはないが、決して専制君主にはならず、周りの声に耳を傾ける闇呪への支持は高い。天帝の御世は、今後さらに盤石な世界をもたらすと、雪にも信じられる。
黄帝である闇呪は、足りていない規律に道筋を描き、いずれは号令するだろう。
ひとたび法として敷かれれば、鳳凰にも背くことは許されない掟になる。
けれど、残念ながら今はまだ話し合いを重ねている検討段階で、正式な形にはなっていない。
鳳凰は日々、無邪気に自由を享受していた。
「だってさ、黄王も我が君も働きすぎなんだよ。せっかく闇の地の寝殿を移築して、こんなに過ごしやすい慣れた場所が出来たのに、全然ゆっくりしないし」
「そうよ。私達の相手もしてくれないし。毎日つまらないわ。だから、仕事が減れば良いと思っただけなのに、あんなに怒ることないじゃない」
黄帝の翼扶への想いが形作るという霊獣ーー鳳凰。圧倒的な礼神を備えるが、内面は驚くほど幼く未熟だった。けれど、彼らが事件を起こすたびに、両陛下は共に頭を抱えるのだ。まるで、手のかかる子どもを慈しむような空気感があった。
鳳凰の願いはむなしく、その行いは天帝となった闇呪と朱桜の多忙さに拍車をかけているだけだったが、困ったように話している天帝の様子は、穏やかな日々の象徴のようにも見えた。
雪は場違いに、微笑ましいとさへ思う。
「お二人とも、そこにお座り下さい」
光輪の御殿の南対屋で、雪は二人と向かい合った。
「何だよ、雪も俺達に説教?」
「そんなの楽しくない」
「私にお二人を叱るような資格はございませんが、両陛下に仕える者として申し上げます」
至鳳と凰璃がぐっと言葉を詰まらせて、雪の前にすとんと座した。
ふくれっ面でそっぽを向いている鳳凰に、雪は微笑む。
「お二人のお気持ちはわかります。私も両陛下の働きぶりには頭が下がる思いです。たまにはお二人でゆっくり寛がれればよいのにと思います」
「だろ?」
「でしょ?」
「はい。ですが、だからと言って、お二人の間違いが許されるわけではありません。両陛下を気遣うお気持ちとはまた別のお話です。お二人の成されたことが、結局は両陛下にさらなる負担をかけていると、きちんと考えたことはありますか」
「え?」
幼い二人が、黒目勝ちなつぶらな瞳で真っすぐに雪を見つめた。
「私はお二人が両陛下の力になりたいと考えるお気持ちは素晴らしいことだと思っています。ですが、本当に助けになるとはどういうことなのか、それを考えてほしいのです」
鳳凰はしばらく何かを考えたのか、ひととき沈黙したあと「わかった」と頷いた。
至鳳と凰璃は早速自分達に出来ることはないかと、朱桜の執務室を訪れた。本来であれば黄后として光輪の御殿で健やかに過ごしていれば良い立場だが、朱桜は闇呪の手助けになりたいと、黄城で文官の助言を受けながら文書と戦っているーーように鳳凰には見えた。
鳳凰としては、そんな朱桜の助けになりたい気持ちに偽りはない。
殊勝な面持ちで主に問うと、朱桜は「ありがとう」と笑った。
「では、透国へ飛んでほしいです。二人も楽しみにしている華美の祭典の準備が滞っているようなの。祭典について色々な許可が下りたので、それを白虹の皇子に知らせてほしい。この文書をもって、すぐに訪れて下さい」
「はい」
「白虹の皇子は祭典の準備でとても忙しいと思うので、邪魔をしないように。二人とも振る舞いには気をつけて」
「わかった」
白虹の皇子には鳳凰も相当な世話になっているし、馴染みがある。二人は嬉々として託されたものを受け取り、透国へ飛んだ。
白虹の皇子は居城である白銀宮にはいなかった。皇子の妃である白露が鳳凰を迎えてくれたが、彼らは皇子の所在を聞くと、すぐに白銀宮を後にした。
どうやら白虹の皇子は華美の祭典の舞台となる祭湖で、準備に追われているようだった。
祭典の会場となる湖岸へと到着すると、突然の鳳凰の来訪に場は騒然となったが、すぐに白虹が駆けつけた。至鳳が朱桜に託されたものを皇子に渡すと、祭湖はさらに活気に満ちる。
「ありがとうございます。裁可を賜ることができて良かった。何とか間に合いそうです。まさか鳳凰が直接おいでになるとは思っていなかったので驚きましたが。このような場ではお二人をもてなすこともできません」
「いいよ、そんなの。我が君に皇子の邪魔はするなと言われているし。俺達すぐ黄城に戻るよ」
「そうよ。皇子は祭典の準備で大変なのでしょう? 邪魔をしに来たわけじゃないわ」
まさか自分達が大切な文書を燃やしたせいで祭典の準備が遅れているとは知る由もなく、鳳凰は物分かりの良い態度を演じて胸をはる。
「俺達のことは構わなくても大丈夫」
「ーー至鳳様も凰璃様も、少し見ない間に立派になられましたね」
「そ、そう?」
「はい」
知的な皇子に褒められて、度重なる失敗でしぼんでいた至鳳と凰璃の自尊心がむくむくと膨らんだ。
「両陛下はお元気ですか? 噂は聞いていますが、黄帝陛下の気性では負担がすぎるのではないかと少々案じています」
「そうね。たしかに毎日忙しそうだけど、でも覇気が漲っているから大丈夫じゃないかしら?」
「そうですか」
微笑む白虹に、遠巻きに人が集い始めているのがわかる。どうやら彼に相談があるようだが、鳳凰の来訪の手前、気安く声をかけられないようだった。
自分の指示を待つ者の気配が高まっていくのを感じたのか、白虹が鳳凰に詫びた。
「久しぶりにゆっくり閑談したい気もしますが、今は祭典の準備に追われています。申し訳ありませんが、私は戻ります。良かったら案内の者をつけますので、少し会場をご覧になって下さい。お二人の姿に準備に従事している者の指揮もあがりますし、火薬玉など珍しい物も見られますよ」
「本当? ありがとう」
二人がぱっと顔を輝かせると、皇子は微笑みながら一礼してその場を後にした。




