終章:天宮学院【完結】
東吾が最期に残した言葉の意味を理解して、朱里は絶句した。
異界での思い出も失っていないため、黒麒麟と遥を伴って久しぶりに天宮家に戻ったが、事態は想像よりも厄介なことになっていた。
「わ、私が天宮学院の新理事長!?」
東吾の進めていた手続きのおかげで、朱里は信じられない現実を突きつけられる。
異界では時が流れ、朱里の同級生は既に卒業式を間近に控える時期になっていた。金髪のまま姿を現すこともできないので、朱里は鬘をうまく利用して、以前の黒髪を再現した。
遥は漆黒の頭髪になってしまったが、こちらの世界では問題もない。
異界で住み慣れた家に戻ると、天地界の立場で語り合うことに違和感を覚える。朱里は郷に入れば郷に従えという異界の諺に習って、以前の立場をそのまま踏襲することにした。
「せ、先生――」
何の抵抗もなく、黄帝である闇呪のことをそう呼べる。遥は東吾の残した手続きに仰天している朱里を見て可笑しそうに笑った。
「私はもう先生じゃないだろう」
「私にとっては、こちらでは先生です」
「もう副担任ではないと思うが」
突然失踪した副担任。普通に考えれば解雇である。その辺りの手続きはどうなっているのだろうと朱里が考えていると、麟華が手元の書類を眺めながら現在の状況を説明してくれた。
「朱里は突然、天宮学院の提携校に海外留学したことになっているみたいよ」
「え?」
麒一は東吾の嫌がらせだと受け止めているのか、呆れた様子でお茶の用意をはじめている。
「主上は退職手続きを踏んで辞職していることになっているけれど、朱里が二十歳になるまでは後継人として理事職につくことになっているわ。二人が婚姻した前提で手続きがまとまっている」
「そんな強引な……」
朱里が頭を抱えると、麒一が各々に飲み物を提供して回りながらあっさりと吐き捨てる。
「東吾が強引なのは、今に始まったことじゃないよ。朱里」
郷に入ってすっかり兄貴面を取り戻している麒一にも、やはり違和感はない。
「とりあえず朱里は卒業式に出席してみたら? 顔をみたい友人もいるんじゃないの?」
「うん。それは確かにあるけど」
麟華に言われて、朱里は異界での幼馴染達の顔を思い出す。級友のことも忘れてはいない。突然の海外留学と云う苦しい言い訳になっているが、失踪からの事情がお膳立てされているのなら、思い切って利用してみるのも良いだろう。
しかし朱里は、卒業式当日にとんでもない噂を聞く羽目になるのだった。
卒業式については、遥と黒麒麟は保護者という装いで顔を出してみようということになった。
朱里は久しぶりに制服に袖を通して、少しの緊張感を伴いながら登校した。
教室も変わり久しぶりの高等部に戸惑いを隠せないが、それは天地界との関わりの問題ではなく、長く不在にしていたことが理由になる。ここは素直に東吾の用意した事情を演じるつもりだった。
まず朱里は現在の担任となる教師に挨拶をする。担任教師には東吾の手が回っているらしく、卒業式の手順についてを説明をされただけだった。
あとは級友の反応が問題である。幼馴染からは相談もせずに突然留学したことについて説教をされるだろうが、それは仕方がない。ある程度の覚悟を決めて、久しぶりに同級生の集う教室に入った。
朱里の姿を見つけた級友は、一斉にわいた。騒がしくなった教室を、他の教室の生徒達がのぞきにきて、さらに騒ぎが大きくなる。
「朱里!」
朱里が騒然となった教室に戸惑っていると、よく知っている声がひときわ大きく響いた。
「副担任と駆け落ちしたって、本当!?」
「ええ!?」
時間の経過を示すように、現れた幼馴染――速水佐和の髪が背中を飾る長さに伸びていた。
「どういうこと? 佐和」
「それはこっちの台詞だよ。急にいなくなって。当時の担任は海外留学とか言っていたけど、そんなの信じられないよ! だって朱里、そんなこと一言も言ってなかったじゃない?」
「そうよ。海外留学なら私達に相談できるし、連絡も取れたはず。何も相談できないってことは、それなりの出来事だったってことよ? 朱里は突然姿を消す前、様子がおかしかったもの。何かを悩んでいるようだったし。副担任への心配も度を過ぎていたわ」
もう一人の幼馴染――川瀬夏美も歩み寄ってきて、きっぱりと言い募る。
「それで、私が駆け落ち?」
「それが一番しっくりくるけれど」
「副担任はやっぱり男前だったとか?」
好奇心を隠さず訊ねてくるが、朱里にはどう説明すれば良いのかわからない。うまく説明できないまま、卒業式がはじまる。学院の講堂に入ると、保護者席に黒麒麟と、もう何の変装もせず端正な美形と成り果てている遥が座っている。
同級生はそれを見つけて、さらに噂が真実味を帯びたと感じたのか色めき立った。黒麒麟と共にいる遥について、憶測が飛び交っている。
針の筵の朱里に、佐和が口をパクパクさせて何かを確かめようとしている。どうやら素顔を見せた遥について、言いたいことがあるようだった。
異様な雰囲気に包まれつつも、卒業式はやはり感動的で、卒業生の涙を誘った。
卒業証書を手に校庭に出ると、黒麒麟と遥が朱里に歩み寄った。四人を囲むように、すぐに級友の輪ができる。
「久しぶりですね、皆さん」
遥は副担任であった素性を隠す必要がないと判断したのか、見知った生徒達に元副担任の仮面を見せて、丁寧な口調になっている。
「卒業、おめでとうございます」
「おめでとう」
黒麒麟と共に辺りに集った卒業生ににこやかに祝福を述べる。途端に人だかりにわっとどよめきが広がった。
「その声! やっぱり副担任だ」
「えー! 本当かよ。別人じゃん!」
「本当に黒沢先生?」
級友はすぐに噂の真偽を遥に尋ねはじめる。おおよそのことを察したのか、遥が項垂れている朱里を見た。視線が合うと、彼はどこか面白がるような笑みを浮かべている。
(――まさか、先生)
周りに集っている卒業生は、好奇心を隠しきれず遥と朱里を見比べている。遥は何の迷いもなく、あっさりと東吾の用意した筋書きを暴露した。
「急な告白になり申し訳ないですが、この度、私と天宮さん――朱里は結婚しました」
級友の輪にどよめきと悲鳴が上がる。朱里は幼馴染と級友の視線にさらされて、カッと頰が染まった。
「みなさん、卒業おめでとうございます」
色めき立つ歓声の中で、遥は元副担任として、もう一度卒業生を祝福した。どこからか「副担任こそ、結婚おめでとう」と言う声が上がる。それは人の輪に伝播して、朱里は遥と共に同級生に多くの祝福を受けた。
学院の校庭は「おめでとう」と言う、様々な祝福に満ちていた。
シンメトリーの翼 完
この物語に触れていただき、本当にありがとうございました。
(もしよろしければ、「感想」または「ブクマ」、「☆☆☆☆☆」の評価や「いいね」など、何かしらの反応をいただけると今後の励みになります。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>)




