第十章:四 天帝の御世
天帝の御世のはじまりの式典。地界の民にも解放された天界の金域は、溢れる人の波で別世界のような賑わいを見せていた。
翡翠は碧国の王族に用意された席について、その様子を見守っている。
すでに喧騒は最高潮に達し、大きな波動となって天界を震わせていた。
世界は輝きに満ち、地界の人々も活気を取り戻している。様々な国の人々が金域を色彩豊かに彩る。翡翠は見たこともない人の群れの壮大さに、感嘆するばかりだった。
この式典のために、金域に建造された宮殿は、天帝となる黄帝と黄后の姿をできるだけ多くの人々が拝めるように半円を描く広い露台が設けられている。
翡翠はもちろん、人々もいつ宮殿に天帝が現れるかと心待ちにしていた。
「でも、良かったよね。両陛下のすれ違いが解消されて……」
翡翠はしみじみと語りながら、隣の雪を見る。盛装を纏い、華のように美しい伴侶は天女のような笑顔でこちらを見た。
「今では仲睦まじくて、目のやり場に困ることがありますよ」
「あの黄帝陛下がねぇ」
翡翠にはいまいち想像が難しい。慈しむように傍らに寄り添っている絵を思い浮かべるくらいが限界だった。
二人のすれ違いが終わったことを知った鳳凰の喜び方も尋常ではなかった。
あまりの喜びに気持ちが高ぶったのか、至鳳と凰璃は翡翠宮の一角で小火を起こすほどだった。後から黒麒麟に猛烈に怒られたと泣きついてきたりもした。
守護の不可思議さを翡翠は時折考えるが、懐かれることは光栄であり、小火を起こされても憎めない。今日という日をどれほど楽しみにしていたかも、よく知っている。
一つ懸念があるとすれば、鳳凰がまた喜びのあまり火災を起さないかということ位である。
式典がはじまると、すでにこれ以上はないと感じていた喧騒が、さらに高まる。
やがて天帝――黄帝と黄后が姿を現すと、天界の空気が怒号のような激しい波に震えた。
新たな黄帝が闇を纏うことも、いつの間にか噂が流れ周知の事実となっており、人々の関心を集めていた。今その姿がはじめて公になった。黄帝に相応しい金を貴重とした衣装には、むしろ金髪よりも黒髪の方が対比としては相応しく、身震いするような美しさを纏っている。隣に立つ黄后の金髪の美しさも、闇色が存在することによって、いっそう映えた。
(――闇があるから、光が際立つ)
翡翠は闇を纏う黄帝の真意が、なんとなくわかった。
(鬼と神も、光と闇と同じことだ)
片方だけでは成り立たない。世界はそのように形作られている。人々の中には、天帝の姿を見て考える者がいるだろう。その変化は、この天地界には大きな一歩になる。
両陛下の守護も人型となって着飾り、天帝に従うように姿を見せている。
音楽を奏でる者たちが、式典にさらなる賑わいを与えた。
黄帝と黄后が寄り添いながら、宮殿の半円の露台を回る。人々の歓声がどおんという大きな波となって金域から天界全土を揺るがす。
やがて露台の描く円周の中央に歩みでた黄帝が、人々に手をあげ語りかける。
どんな喧騒の中でも、凛と通る黄帝の声。
翡翠は黄帝が語っていることに、胸が熱くなった。それは等しく人々に与えられた感動となり、天界が歓声に震える。
やがて、天声を以って、最後に黄帝が告げた。
――私は全身全霊を以って、この世の繁栄を願う。人々の絶え間無い幸せのために、相称の翼と寄り添い、ここに天帝の世のはじまりを告げる。




