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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第五話(最終話) 相称の翼

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第九章:三 終焉

 東麒(とうき)が朱緋殿にたどり着いた時、まさに闇呪(あんじゅ)(わざわい)を絶とうとしていた。

 誰もが身動きもせず、見守っている。


(――ようやく主の願いは果たされそうだ)


 ひどく穏やかな思いで、東麒は最期(さいご)を見守っていた。


麒南(りんなん)、永かったよ)


 永かった。だが、(あるじ)と共に在った時間は、それだけで尊い。

 麒南と共に主に仕えた日々から、異界で何者にもなれずに過ごした日々。

 全てが、今は懐かしい。


 こみ上げた感慨に思考が奪われている間にも、闇呪(あんじゅ)は迷わず終止符を打った。

 貫かれた首から膨大な()が天を貫くように舞い上がる。迸る()の勢いで身体から離れた首が、ゴロリと転がった。すでに美しい面影はなく、強い(じゅ)によって形をとどめている黒い頭骨があるだけだった。


華艶(かえん)


 紫瑯(しろう)の声が、静寂の中で彼女を呼んだ。波紋を描くように響く声。

 闇呪(あんじゅ)が濡れた瞳のまま、弾かれたように紫瑯を振り返る。頭骨に歩み寄り膝をつく紫瑯(しろう)を眺めているが、闇呪がその場から動くことはなかった。何かを察したのかもしれない。


 東麒(とうき)も主に従うように歩み寄り、黒い頭骨の前で膝をついた。紫瑯が手に抱えていた美しい布張りの箱を置き、カタリと蓋を開く。手を差し入れて、ゆっくりと中に在るものを取り出す。


 足元に転がる華艶の頭骨よりも、小さな黒い頭骨。

 同じように強い(じゅ)によって、形をとどめている。


 紫瑯(しろう)は大切なものを抱えるように、小さな黒い頭骨を手にした。ことりと華艶(かえん)の頭骨に並べて置く。愛しそうに頭骨を眺める眼差しが歪んだ。


「おまえと私の子だ。紫艶(しえん)と名付けた。おまえに似て、とても美しい」


(「ーー陛下」)


 東麒(とうき)には声が聞こえた。

 (いにしえ)に聞いた美しい可憐な声。


 主と華艶(かえん)

 二人を出会わせたことを悔いるだけの日々。けれど、その後悔も失われる。ふわりと懐かしい芳香を感じた。


 黒い頭骨に幻が見える。きっと主にも映っているのだろう。紫瑯(しろう)が手を差し伸べると、華艶(かえん)は涙を流しながら身を起こし、その手をとった。


(「来て下さったのですか」)


 向かい合う二人の腕に、紫の瞳をした赤子が抱かれている。


(「ああ、吾子(あこ)は陛下と共に在ったのですね」)


華艶(かえん)。私にはおまえに捧げる真実の名がない。だから、この魂魄(いのち)を捧げよう。私はいつでも共に在る」


(「紫瑯(しろう)陛下」)


 幻影に微笑んで見せて、紫瑯(しろう)東麒(とうき)を振り返る。


東麒(とうき)。永く待たせたね。――終わりにしよう」

「はい」


 東麒(とうき)は頷く。気づけば自分の目からも涙がこぼれ落ちていた。胸が熱い。揺らめく視界で主が笑っている。


「同胞の(じゅ)を、我が身に返す」


 止められた時間が、今流れ出す。全ての(じゅ)は絶たれた。

 ようやく主は、天意に従い失落する。そして自分は主を失い、同胞の(じゅ)を返す。


 東麒(とうき)は立ち上がると、この場に集った者達を一瞥した。言葉もなく、東麒(とうき)と二つの頭骨を抱く主を眺めている。


 主の願いを導いてくれた者達。

 どのように想いを伝えるべきなのか、わからない。

 ただ東麒(とうき)は深く頭を下げた。

 顔を上げると、寄り添うように佇む闇呪(あんじゅ)朱桜(すおう)を見つめる。


「私の役目は終わりです。両陛下、あとのことはお任せしました」


 東麒(とうき)(じゅ)に呑まれ消滅する間際、異界で良く見せた得体の知れない、にっこりとした微笑みを浮かべる。


「天地界はもちろんですが、異界の今後についても手配しています。どうぞ、よしなに」


 東麒(とうき)は笑顔まま、黒い影にさらわれるように掻き消えた。紫瑯(しろう)の姿もなく、黒い頭骨も永い時の風化を一瞬で映し、塵のように消え失せた。

 後には何も残らない。


 哀しみも。――一片の、憎しみすらも。

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