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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第五話(最終話) 相称の翼

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第五章:四 赤の宮の判断

「事情はわかった!」

 

 麟華(りんか)と抱き合って大泣きしている朱桜(すおう)の傍らで、至鳳(しほう)がすくっと立ち上がった。


「とにかく、黄王(おおきみ)を何とかしないと!」


 彼が元気よく宣言すると、凰璃(おうり)も立ち上がって、同じように勢いのある声で続ける。


「そのためには、黒麒(こっき)の行方を探すのが先決よ!」


「そう! 我が君の気持ちはわかるけどさ。まだ泣いている場合じゃない」


 湿った雰囲気を吹き飛ばす意図があったのかどうか、至鳳(しほう)がニカッと笑う。


「俺達は黒麒を探す。我が君は、とにかく役目を果たす」


 朱桜は麟華から離れて、ごしごしと袖で涙を拭った。鳳凰の言う通り、泣いている場合ではない。まだ喜ぶのは早い。朱桜が麟華を見ると、彼女も覇気を取り戻した表情をしていた。顔色はまだ蒼白いが、気丈な自分は取り戻したようだ。


「姫君、私は主上のためにも、麒一(きいち)の行方を追うわ」


「うん、お願い。私は……」


 勢いよく自分の意気込みも語ろうとしたが、朱桜には具体的に何を為すべきかわからない。


「陛下は、世の再興のために尽力するのがよろしいかと思います」


 凛と美しい声が教えてくれる。赤の宮だった。居室の片隅で何も語らず、様子を見守っていたようだが、立ち上がると、横たわる闇呪の周りに集まっている者達に、音もなく歩み寄る。


 白虹の語った新たな事実にも心を乱されることはなかったのか、落ち着いた(たたず)まいは変わらない。


「女王、あなたは一体……」


 碧宇(へきう)が何かを言いかけたが、赤の宮は首を振って遮る。


「両陛下は緋国(ひのくに)が護ります。この内裏(だいり)の最奥は我が国の守護ーー朱雀(すざく)の力を以って結界を設けましょう。黄帝陛下の容体は、麒角(きかく)が抜けないことには回復は難しいでしょう。黒麒(こっき)の捜索については、私も賛成です」


「赤の宮の助力は有り難いですが……」


 白虹は何かを迷った後、躊躇(ためら)いを振り切るようにまっすぐに赤の宮を見つめる。


「不躾な事を承知で申し上げますが、私の語った事を鵜呑みにするのは、一国の王としては浅慮(せんりょ)ではありませんか」


 たしかにそうかもしれないと思った朱桜とは裏腹に、赤の宮は袖で口を覆って小さく笑う。


「そのように仰る白虹(はっこう)皇子(みこ)だからこそ、信じられるのではないでしょうか」


「私が華艶(かえん)の美女に逆恨みをしているだけかもしれませんよ」


 白虹の皇子の声には冗談めかした響きは感じられない。朱桜にはなぜか切実に聞こえた。赤の宮も何か感じることがあったのか表情を改める。


「正直に申し上げるなら、白虹の皇子の話だけを信じているわけではありません。(わたくし)は私が最善であると思う行いを(まっと)うしているだけです」


 きっぱりと言い切ってから、赤の宮はふわりと微笑んだ。


「それにご自身を卑下されてまで、語ったことの是非を説く皇子の心根は公平です。復讐に心を奪われているとは思えません」


 赤の宮の毅然とした判断について、白虹はそれ以上は何も語らず、ただ頭を下げた。


「よし! じゃあ、我が君と黄王(おおきみ)のことはここに任せて、俺達は行こう」


「ええ! 麒麟……、えっと、麟華(りんか)には麒一(きいち)の心当たりはないの?」


「そうね、とりあえず()坩堝(るつぼ)へ戻ってみようかと思っているわ」


 三人はすでに麒一の捜索を最優先に考えているのか、相談しながら広廂(ひろびさし)へ出て内庭に下りようとしている。


「ちょっと待って! ところで誰が僕を乗せて飛んでくれるの?」


「え? 王子は本当に一緒に来るの?」


 至鳳(しほう)が珍しいものを眺めるような目をして、三人を追いかける翡翠(ひすい)を見た。


「その足手まといだよ、みたいな反応はないでしょ! 僕も行くよ!」


「まぁいっか。じゃあ、俺に乗りなよ」


 あっさりと承諾する至鳳に、翡翠は調子が狂ったのか頭をかいた。


「――ありがとう」


 朱桜が慌てて広廂(ひろびさし)まで出て、内庭に出た四人を見送る。

 異界の曇天(どんてん)のような空の下にあっても、至鳳(しほう)凰璃(おうり)のくるりとした癖のある金髪は輝いている。鳳凰の纏う黄金(こがね)が、まるで麒一の安否についての希望を示しているように感じて、朱桜は目を細めた。


「我が君、行って来る! 何かあったらすぐに呼んで」


「行ってきます、主上!」


「うん。麒一ちゃんのことはお願いします。麟華も、気をつけて」


「ありがとう、朱桜の姫君」


 三人が本性に変幻を遂げる。鳳凰は金色(こんじき)の炎を纏っているかのように、見事に輝く肢体を披露した。戒めが解ける前とは比べ物にならない覇気に包まれている。

 翡翠は戸惑ったようだが、至鳳(しほう)がバサリと翼を動かして催促する。思い切った様子で背に飛び乗ると、いつの間にか朱桜の隣に立っていた雪に手を振った。


「何かあったら、すぐに呼んでね、雪。地脈みちを開いて駆けつけるから」


「わかりました。翡翠様も何かあったら私を呼んでください」


「うん。じゃあ、行ってきます」


 翡翠が言い終わるか終わらないかのうちに、至鳳(しほう)が大きく羽ばたく。

 ざっと大きく風が渦巻いた。内庭の樹々が梢を揺らす。

 朱桜が瞬きをする間に、鳳凰達の姿は彼方へと遠ざかっていた。

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