表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第五話(最終話) 相称の翼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/234

第五章:一 抜けない麒角(きかく)

 (ひざ)をつく鳳凰に思わず頭を下げた朱桜(すおう)だったが、顔をあげるまもなく至鳳(しほう)に腕を(つか)まれた。


「我が君! そんなことより大変なんだ」


 朱桜は至鳳に促されて、ようやく内庭に目を向ける。


黄王(おおきみ)が……」


「先生!」


 鮮やかに飛び込んできた光景に胸を握りつぶされるような衝撃があった。至鳳(しほう)凰璃(おうり)の存在が一瞬で遠ざかる。植木の影で横たわっている人影。


 胸元から上半身を染めるかのように、(おびただ)しい鮮血で衣服が濡れている。緩やかな癖を持つ頭髪の暗さと比べて、紙のように白い顔色。血の気がなく、屍のように動かない。このまま輪廻してしまうのではないかと、一気に混乱が最高潮に達した。


 朱桜は広廂(ひろびさし)から転げ落ちるような勢いで、内庭に走り出た。


「先生!」


 もう彼の側に寄ることは出来ないと思っていた諦念や絶望が、一瞬で衝撃に上書きされる。

 血に濡れて横たわる身体。間近で見ると何かが胸に突き刺さっていた。


 ()の塊だろうか。まるで()の海原を漂流して、暗黒に染まった流木のように見える。

 細く不自然に鋭利な形状で、闇呪(あんじゅ)の胸に深く喰い込んでいた。止まらない血。突き刺さったままでは、回復ができない。


 朱桜は迷わず引き抜こうと、彼の胸に突き刺さっているものを掴む。


「っ……」


 灼熱に触れたような痛みが走る。まるで焼かれた鉄を掴んでいるような苦痛に襲われた。

 例え手が灼け爛れても、諦めることは出来ない。朱桜は更に力を込める。


「姫君! いえ、陛下、手が」


「我が君、駄目だ! 手を離せ!」


 麟華(りんか)至鳳(しほう)に腕を掴まれて、朱桜はようやく辺りに目を向けた。


「麟華」


 闇呪(あんじゅ)に負けないくらい、麟華の顔色も蒼白い。異界で出会った彼方(かなた)の婚約者と、その兄の姿もある。一様に自分を案じる眼差(まなざ)しで、朱桜に注目していた。

 麟華が横に首を振る。


「陛下。手を離してください」


「だけど、これを引き抜かないと、先生の傷口が回復できない」


「ですが……」


 他人行儀な振る舞いをする麟華に、朱桜は訴える。


「麟華は先生の守護でしょう! 私より先生を助けることを考えて!」


 麒一(きいち)ならこの考え方に同意するだろう。そう思って朱桜は周りを見たが、麒一の姿がない。急に不安になった。


「麒一ちゃんは? あれから戻ってきたの? 麟華、先生に何があったの?」


 脳裏に麟華の凶行が蘇っていた。(はるか)――闇呪の胸を貫いた光景。麟華は正気を取り戻しているようだが、麒一は何事もなく戻ってきたのだろうか。

 朱桜は突然、握りしめている灼熱の正体を意識した。


(……まさか)


 痛みに唇を噛みながら、ゆっくりと手を離す。闇呪(あんじゅ)の血に濡れた細い塊。それが麒角(きかく)なのかどうかは見極められないが、形状からは否定もできない。


「これ、まさか」


麒麟(きりん)(つの)よ、主上」


 麟華(りんか)に尋ねるよりはやく、凰璃(おうり)が答えをくれる。朱桜はぞっと背筋を這い上がる悪寒を感じた。


「麟華、本当に? これ、麒一ちゃんの角? どうして? 何があったの?」


 縋りつく勢いで麟華の腕をつかむが、顔色の悪さが彼女の心を物語っていた。嫌な予感がして、朱桜は心が凍り付きそうになる。


「麒一ちゃんは、どこにいるの?」


「わからないわ」


 姉妹として過ごした様子から変わらない朱桜に、麟華も立場を(おもんばか)ることをやめたのか、馴染(なじ)みのある調子で答える。


「主上の呼びかけにも、応えなかった」


 最悪な予感が形になりそうで胸が塞ぐが、朱桜は気持ちを切り替える。


至鳳(しほう)凰璃(おうり)。あの、いきなりだけど、お願いがあります」


 これから天地界のために、自分にはやるべきことが山のようにあるだろう。守護の助けは世の復興にあてがうべきだとわかっている。それでも朱桜は鳳凰に頼まずにはいられなかった。


麒一(きいち)ちゃんを、黒麒(こっき)を探してほしい」


 鳳凰からは反発がくるかと思ったが、二人は大きな瞳を嬉しそうに輝かせる。


「我が君のお願いなら、喜んで」


「すぐに飛ぶわ」


 朱桜がありがとうと言うより早く、背後で彼方(かなた)ーー翡翠(ひすい)の声がした。


「陛下。こちらでは初にお目にかかります。私は碧国の第二王子、翡翠と申しーー」


「やめて、彼方。私は敬われるようなことは何もしていない。だから、今までどおりに接してほしい」


 翡翠は「ええ?」と困ったような顔をする。笑いながら白虹(はっこう)皇子(みこ)が歩み寄ってきた。


「ここは公の場でもないのですし、陛下がそう仰るなら、従うべきですよ。翡翠の王子。陛下」


「こちらでは朱桜です。そう呼んでください」


「失礼しました。私はこちらでは白虹と申します。朱桜の姫君。私も鳳凰と共に黒麒(こっき)の捜索を」


「待って待って、白虹(はっこう)皇子(みこ)。僕が行くよ。雪がこちらにいてくれたら、僕たちは互いに(みち)を開くことができるから。白虹の皇子は闇呪(あんじゅ)の傍にいた方が良い」


 白虹の皇子は顎に手をあてて、「なるほど」と呟く。朱桜は翡翠を振り返った。


「彼方、じゃなくて、翡翠の王子、本当に? 麒一(きいち)ちゃんを探してくれるの?」


「もちろん。だって、只事じゃないよ。でも行く前に一つだけ教えて。朱桜の姫君は黄帝に真実の名を捧げたの?」


 些細な事を聞くような問いかけに、朱桜は大きく首を横に振る。周りの者が固唾を飲むようにして、自分に視線を注いでいるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ