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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第四話 闇の在処(ありか)

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終章:二 異界:天宮

 闇呪(あんじゅ)は玩具のような小さな寝台の中に、赤ん坊の姿を見た。思わず傍らの守護に視線を投げると麒一(きいち)麟華(りんか)が申し合わせたかのように頷く。


 再びそっと小さな寝台に横たわる赤子を眺める。朱桜(すおう)の面影を宿すには幼すぎる。信じがたい現実だったが、その正体を疑う気にはなれなかった。


 禁術――天落(てんらく)ほう。これはその結果なのだ。黒麒麟(くろきりん)が見失わず、また異界の天宮(あまみや)の助けによって無事に再会できたことを、天に感謝すべきだろう。

 見事な殻を形作って生まれ変わった朱桜(すおう)に、闇呪(あんじゅ)はそっと触れる。たしかな温もりがあった。赤ん坊となった朱桜(すおう)は、闇呪(あんじゅ)の気配に気付いたのか小さな(てのひら)を動かす。無垢な力で、触れた指先を握りしめた。


(――良かった……)


 心の底から安堵する。どのような成り行きを辿ろうとも、傍に在れば護ることができる。

 相称(そうしょう)(つばさ)になろうとも、彼女が自分の翼扶(つばさ)であることは揺るがない。

 禁術に身を委ねる間際――泣きながら詫びる朱桜の姿が、脳裏に焼きついてはなれない。

 これ以上はない輝かしい立場に在りながら、なぜ彼女が嘆く必要があるのだろう。


 あの涙の意味。


 黄帝と心を通わせるほど、朱桜の内には罪悪が生まれる。

 誰でもない、自分が与えてしまった呵責(かしゃく)

 闇呪(あんじゅ)は幼い朱桜(すおう)から離れた。朱桜の小さな手が名残惜しそうに虚空を握り締める。

 自分が破滅することは(いと)わない。ただ朱桜を守りたいのだ。彼女の先途(みらい)が光り輝くことだけを願っている。


 嘆く朱桜の姿は、その立場では在り得ないほど傷つけられていた。

 いったい金域(こんいき)で何があったのか。

 これから、どのように振舞うことが朱桜の助けになるのか。いくら考えてみても、闇呪(あんじゅ)には今後の筋道がうまく思い描けない。


「――これから、どうなさるおつもりですか」


 まるで闇呪(あんじゅ)の迷いを察したかのように、すぐ傍らで落ち着いた声がした。麟華(りんか)でも麒一(きいち)でもない、この異界に生きる者――東吾(とうご)の言葉だった。

 これまでも、闇呪(あんじゅ)黒麒麟(くろきりん)が異界に訪問すると時折姿を現すことがあった。この異界で、天地界との繋がりを知り、全てを秘匿する役割を担っている一族――天宮(あまみや)


 東吾(とうご)はその天宮の命を受けてやってくる使者のような者だった。闇呪(あんじゅ)や黒麒麟を前にしても動揺せず、好奇の眼差(まなざ)しで見ることもない。


「もし彼女をこちらに置かれるならば、お力になれると思いますが」


 闇呪(あんじゅ)が真っ直ぐに東吾を見つめる。その表情から彼らの思惑を読むことはできなかった。禁術に身を任せた朱桜。闇呪(あんじゅ)への呵責(かしゃく)だけで、彼女がそれほど悲嘆に暮れる必要はない筈だった。相称の翼に架せられた多大な役割。朱桜が知らぬ筈はないのだ。


 黄帝と心を通わせながら、その全てを放棄するほどの理由。

 闇呪(あんじゅ)にはわからない。なにか途轍もない出来事が起きたのか、あるいは起きつつあるのか。

 状況がはっきりしない以上、動きようがないのも事実だった。朱桜を、相称の翼を異界に置く。それは許される行いではないのかもしれない。


 けれど闇呪(あんじゅ)にとっては、これからのことを模索する猶予になる。いずれ朱桜を中心に何かが起きるのだとしても、この手で守ることができる。

 朱桜に迫る危機。その防波堤になれるのなら悔いはない。

 かけがえのない翼扶(つばさ)

 これからも何も変わらない。彼女の幸せだけを願う。その先途が輝けるように。


 闇呪(あんじゅ)は東吾の申し出を受け入れた。それからの手配は迅速だった。まるでそうなることが予想されていたかのように、瞬く間に異界での立場が与えられた。


「彼女の名は、天宮(あまみや)朱里(あかり)。そちらのお二人には兄姉としての立場を整えてあります。しばらくは私もこちらでお力になりましょう。何かございましたら、すぐにお申し付け下さい」


 与えられた異界の住居は鬼門が繋がる学院の目と鼻の先だった。闇呪(あんじゅ)は守護である黒麒麟を朱桜(すおう)――朱里(あかり)の傍に残した。


「主上、姫君のことはご心配なさらずとも、我らがお世話をさせていただきます」


「――ああ、何も心配はしていない。では、私は(あん)()に戻る」


 今は何事もなかったかのように、(あん)()で天界の動向を見守ることしかできない。そして()坩堝(るつぼ)を放棄することもできない。()の昇華は世の存続のため、今はまだ必要だと思えるからだ。いずれ何らかの思惑が動き始めたら、悠闇剣(ゆうあんのつるぎ)を携えて異界に渡る日がくるだろう。


 それまで朱桜には、何の憂慮もなく異界で過ごしていてほしい。何も知らぬまま黒麒麟に守られて、穏やかな日々を送っていて欲しいのだ。


「――朱里(あかり)、どうか良い夢を……」


 無垢な瞳に語りかけて、闇呪(あんじゅ)は静かにその場を立ち去った。



第四話「闇の在処」 END

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