表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第四話 闇の在処(ありか)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

172/234

八章:ニ 闇の地:花見の宴1

 朱桜(すおう)が自身の居室をかまえている奥対屋(おくのたいのや)へ戻ろうとすると、麟華(りんか)が楽しそうに提案する。


主上(しゅじょう)、姫君。せっかくだから花見の(うたげ)にしましょう!」


 朱桜は「え?」と呟いて麟華(りんか)を振り返った。麟華はすっかりその気になっているようで、声が弾んでいる。


「だから、姫君はまだ着替えちゃ駄目よ。参堂(さんどう)のための盛装だけど、華やかでとっても綺麗だから、花を愛でるようにその衣装も主上に楽しんでいただきましょうよ」


「え?」


 朱桜は思わず闇呪(あんじゅ)の様子をうかがってしまう。

 たしかに衣装はいつもより華やかだが、自分に似合っているとは限らない。たしかな自信もない。けれど、彼の目にどのように映っているのかは気になった。せめて少しでも視界を飾ることができるだろうか。女らしく見えるのだろうか。


 ぐるぐるとそんなことを考え始めると、朱桜(すおう)は今更ながらどっと恥ずかしさが込み上げてきた。


麟華(りんか)。宴も悪くないが、朱桜は参堂で疲れているんだ。盛装を愛でる私達は良いが、本人は堅苦しくて窮屈だろう」


 闇呪(あんじゅ)が気遣うようにこちらを見た。朱桜は頬が染まるのを自覚しながら「大丈夫です」と答えていた。

 麟華は朱桜に意味ありげな笑みを向けてから、勢いの良い声で闇呪に告げる。


「そういうわけで主上、お召し変えをお願い致します」


「何だって?」


 闇呪は意味が分からないという表情をしている。朱桜も麟華の提案の意図が判らない。麒一(きいち)を振り返ってみると、やれやれと溜息をついてはいたが異論はないようだった。


「せっかくの宴ですから、主上にも着飾っていただきます。姫君にも主上の盛装を愛でていただきたいですもの」


 依然として意味不明な言葉を聞いているという顔のまま、闇呪が立ち尽くしている。傍らで様子を見守っていた麒一がすっと歩み出た。


「我が君。麟華がこういうことを言い出したら、素直に言うことを聞くしかありません」

「おまえまで何を言い出すんだ」


「良いではないですか。せっかくの宴です。趣向を凝らすことは悪いことではありません」

「朱桜はともかく、私が着飾って一体何の楽しみがあるというんだ」


 麒一(きいち)の視線がふっと朱桜を捉える。麟華と同じように何かを含んだような笑み。朱桜ははっとした。黒麒麟(くろきりん)は自分の何気ない一言を覚えていたのだ。ようやく彼らの意図を悟り、朱桜はみるみる顔を火照らせた。


「我が君、ともかくご自身の居室へお戻りください。お召し変えをいたします」

「麒一」


「さぁ、我が君」


 口調は柔らかだが、どこか有無を言わせない迫力を漲らせて、麒一が闇呪と共に廊を戻っていく。


「よし、成功」


 傍らで麟華がぐっと握りこぶしを作る。


「さてと」


 麟華は悪戯っぽく笑って朱桜を見た。歩み寄ってくると、勢い良く肩を叩かれた。


「これで姫君の希望通り、主上の盛装をお披露目できるわよ」

「――やっぱり、私のせいで……」


 朱桜は恥ずかしさの余りうな垂れてしまう。闇呪(あんじゅ)金域(こんいき)の黄帝のように着飾ったら素敵だろうなと云った記憶がある。まさかそんな他愛ない一言を、黒麒麟が実現してくれるとは思いもよらなかった。ひたすら闇呪に申し訳のない気持ちが込み上げてきた。


「あら、朱桜(すおう)の姫君が気に病むことないのよ。単に私達が主上を飾りたいだけ。それを姫君に愛でてもらいたかったの」


 麟華(りんか)の声は素直な喜びに満ちている。朱桜は黒麒麟(くろきりん)の好意を心から楽しもうと思えた。


「ありがとう、麟華」


「それはこちらの台詞よ、姫君。本当に着飾ったあの方は無敵なくらい素敵なのよ。絶対に姫君の期待を裏切らないわ」


 朱桜は自信満々な麟華が微笑ましくなった。闇呪と守護の絆を感じるたびに、心が和やかな思いに満たされる。


「さて、宴の仕度をしなくちゃいけないわね。はりきって盛り上げるわよ」


 力強くはりきる麟華に取り残されないように、朱桜はあわてて隣に並んだ。


「私も何かお手伝いをします」

「あらあら、何を仰るやら――、姫君はご自身の宮でゆっくりしていて」


「え?だけど」

「宴の仕度が整ったらお迎えにあがるわ」


 云い終わらないうちに、麟華は嬉しそうに(ろう)を駆け抜けていった。






 闇呪(あんじゅ)の守護である黒麒麟(くろきりん)は、驚くほどの短時間で宴の仕度を整えたようだ。朱桜(すおう)が促されて内庭へ赴くと、見事な宴の席が設けられていた。自分のために用意された席まで歩み寄ると、急に胸が高鳴りはじめる。満開の梢が頭上から伸びていて、少し視線を上げると視界一杯に鮮やかな色合いが広がる。


 心地の良い風が吹くと、ひらひらと小さな朱の花びらが舞った。

 朱桜が席に落ち着くと、麒一(きいち)麟華(りんか)も傍らの席についた。朱桜はどきどきする胸を押さえながら、真正面に見える寝殿の広廂(ひろびさし)を見る。


 じっと闇呪(あんじゅ)の登場を待っていると、結い上げた髪を梳くような勢いで風が内庭を吹き抜けた。辺りの中空にふわりと花弁が舞い散り、視界を飾る。

 くるくると舞い踊る芳把(ほうは)の向こう側で、ゆっくりと寝殿の(ろう)から闇呪が現れた。


 朱桜はその姿を見た瞬間、巨木で飾られた内庭の美しさが遠ざかるのを感じた。金域(こんいき)ではじめて黄帝に拝謁した時でさえ、言葉を失うほどその姿に囚われた記憶はない。

 高い位置で結われた艶やかな癖をもった黒髪。恐れるはずの色彩は吸い込まれそうに深く、髪飾りや衣装の差し色をどこまでも際立たせる。


 藍を基調とした(ほう)龍文(りゅうもん)表袴(おもてばかま)。装束の中心を占める鮮やかな平緒(ひらお)と、背後を飾る下襲(したがさね)(きょ)。この上もなく高雅な姿は滄国(そうこく)の正装だった。


 朱桜は圧倒されて言葉を失ったまま、ぼんやりと闇呪が滄国の太子であったことを思い出していた。

 広廂(ひろびさし)の中央から簀子(すのこ)へおり、闇呪(あんじゅ)はそのまま内庭へと降り立つ。


 こちらへ歩み寄りながら、彼は深い双眸で真っ直ぐ朱桜を見つめた。ふわりと笑顔を向けられた瞬間、朱桜は呼吸がとまりそうな甘い痛みに襲われる。

 言葉が出てこない。切なくて、苦しい。


「朱桜、やはり疲れているのではないか?」


 設けられた席に座した闇呪がこちらを気遣ってくれる。聞きなれている筈の声なのに、なぜか戸惑いを感じる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ