表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第四話 闇の在処(ありか)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/234

六章:三 闇の地:変化

 闇呪(あんじゅ)は自身の住まう本殿から、(そら)へと駆け昇る鬼柱(きばしら)を眺めていた。

 人々が恐ろしいと語る光景。しかし闇呪には哀しくなるほど美しく感じられる。この辺りの感覚の違いが、既に凶兆である自分を表しているのかもしれない。


 そっと()坩堝(るつぼ)の美しい柱から目をそらし、闇呪(あんじゅ)は快復してから考え続けていることに再び思考を奪われた。

 身の犠牲を払って()を封じ、闇呪(あんじゅ)は昏倒した。その看病に尽くして調子を崩した朱桜(すおう)

 高熱に臥せながら、朱桜は闇呪の姿を見つけて安堵したように微笑んだ。再び眠りに落ちるまでのほんの一瞬の仕草。


 美しい緋色が、脳裏に焼きついている。

 彼女が元気を取り戻してからも、闇呪はこれまでと同じようにできるだけ関わりを避けて過ごしている。

 けれど、彼女の微笑みを思い出す度に考えてしまう。


 このままで良いのだろうかという思いが、どこからか流れ出して思考を奪っていくのだ。

 あの微笑みの裏に隠された孤独を知ってしまったからだろうか。

 赤の宮との約束。できる限り六の君を守ると誓った。


 守るということが、どういうことなのか。

 方法も手段も間違えていたのかもしれない。甘く見ていたのだ。

 六の君――朱桜(すおう)()坩堝(るつぼ)に踏み込んで見せた、圧倒的な孤独。


 彼女の行動に華艶(かえん)の悪意が関わっていないと言い切れないが、それでもあの時に感じた思いは間違いなく朱桜(すおう)の内から溢れ出たものだろう。


 自分の存在を否定するほどの痛み。

 闇呪(あんじゅ)にも覚えがある。

 ここに在ることが許せない――誰でもない、自分自身が。

 完璧な自己否定。


 朱桜にまつわる噂は知っていた。哀れな姫宮。祝福されない出生。

 けれど緋国(ひのくに)の女王が真実を語った時、闇呪(あんじゅ)の中で姫宮に対する考えが変わった。強く愛されて、生きることを望まれている。自分とは対極にある恵まれた娘なのだと。


 そんなふうに、どこかで朱桜を羨んでいた。

 朱桜だけではない、これまでに縁を結んだ姫君に対してもそうだったのだ。自分と関わることが不幸なのだと言い訳をして、頑なに心を閉ざしていた。


 彼女達は(わざわい)である自分とは違う。恵まれない境遇にあっても、この世に生きることを許されている。

 生を許された者と、許されない者。

 意味のない境界を作って、踏み込むことも立ち入ることも禁じた。


 本当は自分が一番知っていたのではないか。

 ()が自身の心を映す鏡であると知った時、自分を不幸にするのは、自分の心なのだと。

 朱桜の内に蔓延していた孤独。

 それは痛いくらいに闇呪(あんじゅ)にも馴染んだ思いだった。自分を許さない痛み。

 同じだった。何も変わらない。


 朱桜(すおう)も自分と同じ痛みを感じていた。

 彼女だけではない。きっと誰でも同じなのだ。心の内に形作られる痛みを比べることなどできない。

 自分だけが苦しいなんて、思いあがっている。

 闇呪(あんじゅ)は再び(そら)へと昇る鬼柱(きばしら)を眺めた。


 決して比べることのできない人々の苦痛。

 闇呪(あんじゅ)は自嘲的に笑う。そんなことも知らずに、誰かを守ることなど出来るはずがない。

 ただ華艶(かえん)の悪意から遠ざけるだけでは、朱桜(すおう)を守ることはできないのだ。

 (あん)()に迎え入れることを決めたときに、もっと覚悟していなければならなかった。


 何度考えても、奪われた思考の行き着く先は決まっていた。

 決まっているのに、闇呪(あんじゅ)にはどうすれば良いのかわからない。


「我が君、姫君の御仕度が整いました」


 ふいに間近で麒一(きいち)の声がした。闇呪は思考を断たれてはっとしたように顔を上げる。麒一が不思議そうに首を傾けてこちらを見つめていた。


「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。――金域(こんいき)からの使いは?」


「はい、まもなく到着するはずです」

「そうか。では、私が見送ろう」


 云い終わらないうちに、麒一が驚いたように表情を動かす。守護のあまりの反応に、立ち上がりかけていた闇呪(あんじゅ)は思わず問い返した。


「私は何かおかしなことを云ったのか?」

「――はい」


 麒一は既にいつもの穏やかさを取り戻している。


「いつもは姫君の参堂をお伝えしても、我が君はただ気をつけてと仰るだけでした。まさか自ら見送られるとは思っていませんでしたので」


 少し驚いてしまいましたと、麒一は微笑む。


「しかし、姫君はお喜びになるでしょう。我が君、こちらです」


 すっと音もなく踵を返し、麒一が朱桜の元へ案内してくれる。自分が目の前に現れることを朱桜は喜ぶのだろうか。麒一について廊を渡りながら、闇呪は一瞬だけいつもの暗い思いに囚われたが、それはすぐに振り払った。


 この地に迎えることを受け入れたとき、既に覚悟していなければならなかったことなのだ。

 もう言い訳は必要ない。関わる事を避けて何かを見落としてからでは遅い。

 そして。

 たしかに朱桜なら自分が見送ることを喜ぶのかもしれない。


 脳裏に焼きついた美しい緋色。

 闇呪(あんじゅ)はふいにふわりと風を感じた。視線を向けると内庭に移植した朱桜(すおう)の巨木は、いつのまにか花の時期を終え眩しい新緑で染められている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ