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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第三話 失われた真実

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第十三章:2 過酷な真実

彼方(かなた)が私に教えてくれたのですよ。彼女に対する遥の不自然な思い入れ。こちらの世界の少女を、必要以上に大切にしていると」


「――委員長が……」


 声がかすれて、うまく発音できなかった。そんな莫迦なことがあるかと思う反面、どうして禁術にたどり着いたとき、すぐに気付かなかったのか不思議な気がした。


 禁術――天落(てんらく)(ほう)


 魂魄(いのち)を異界に委ねて、己の真実を封印する。こちらの世界に相応(ふさわ)しい殻に護られ、天界の名残を微塵も残さずに生まれ変わるのだ。


 天宮(あまみや)朱里(あかり)が相称の翼。


 彼女こそが緋国(ひのくに)に生まれ、闇呪(あんじゅ)と縁を結んだ姫宮。

 たしかにそう考えることに、何の齟齬(そご)も感じない。むしろこれまでの成り行きを振り返れば、彼女の正体として一番相応(ふさわ)しい気がする。


「そんな……、それは、確かにそうだけど……、でも」


 目隠しを外されて、思いも寄らない光景を見たような戸惑いがあった。ずっと追いかけていた筈なのに、真相を突きつけられると喜んで良いのか判らない。


「委員長は、こっちの世界のごく普通の女の子だったのに」


 彼方の中に渦巻く複雑な思いを理解したのか、雪がそっと白い手を重ねてきた。


「彼方様が戸惑うのも判ります。たしかに行方を眩ますには最適の方法かもしれません。けれど、天落の法なんて誰も想像しません。私だって半信半疑です」


「うん」


 頷きながらも、その禁術を疑うような気持ちにはなれない。全ての断片を(つな)ぎ、こんなにもはっきりと筋道を描き出したのだ。

 これほど身近に相称の翼が在ると、いったい誰が予想できたのだろう。

 そして。


「委員長は副担任に想いを寄せていた」


 最悪の予感が形になりつつある。

 まるで独り言のように、彼方の声が夜道を揺るがした。前を行く(そう)がわずかに振り返ったのを確かめて、彼方は続けた。


「天落の法によって全てを忘れているから、かな」


 その問いかけを否定して欲しいのか、肯定して欲しいのか。自分の心を(はか)ることが出来ない。どちらにしても、最悪の結末へ向かっている気がしてならない。彼方は繋がれた雪の手に力がこもるのを感じた。

 彼女が思い描いた恐ろしい終焉を辿(だど)ることは容易(たやす)い。彼方は励ますように小さな掌を握り返した。

 奏の声が、恐れを滲ませない穏やかさで夜の闇を貫く。


「彼方はどう思いますか。私達は魂魄(いのち)を失えば輪廻(りんね)する。(じん)()に別たれ、やがて世の緩やかな流れに還ると言われています。今在る自身にとっては、今生(こんじょう)が全てで、来世に想いを引き継ぐことはありません。翼扶(つばさ)比翼(ひよく)も、出会えるのは一度だけ。どれほど長命に任せて、短い魂魄(いのち)を散らした相手を待っても、再び出会うことは叶わない。輪廻は全てを白紙に戻します」


「だけど、兄様。天落の法は終焉ではありません。異界への輪廻は、魂魄(いのち)の輪廻ではない筈です。ただ封印されているだけで、魂魄(いのち)はそこに在ります」


「そう、真実の名もそこに在ります。天落の法は終焉ではありません。私達が死して辿る輪廻とはかけ離れた禁術です。――どう思いますか。もし魂魄(いのち)を封印されたのなら、彼方は翼扶(つばさ)である雪への想いを失ってしまうでしょうか」


 奏の問いかけを最後まで待たず、彼方は即座に頭を振った。


「それはないと思う。封印されていても魂魄(いのち)が在るのなら、そこに真実の名が在るのなら、たとえ記憶を失っても想いが費えることはないと思う。僕はそう思う」


「私も同じ気持ちです、兄様」


 同じ答えにたどり着いた彼方達に背を向け、奏が立ち止まった。白い息を吐き出しながら空を仰ぐ。しんとした外気は厳しいほど冷たさを増していく。彼方も足を止めて、雪と手を繋いだまま深い夜空に瞬く星を眺めた。深い濃紺が吐息の白さで霞む。


「彼方、私も同じ意見です。魂魄(いのち)が在る限り、想いは続くと信じています」


 空を仰いでいた奏がひたと彼方を見据えた。夜の深さに染められた灰褐色の瞳は、星の煌めきよりも強い。一瞬、まるで白刃のように鋭い輝きがすらりとよぎった気がした。


「想いは費えない。そうであれば、相称の翼が愛していたのは、黄帝ではなかったと考えられます」


「彼女に愛されていたのは――」


 雪の高く甘い声が震えている。明らかになった真相が、たしかに何かを奈落へと突き落とす。


闇呪(あんじゅ)(きみ)、だったのですね」


 彼方はうな垂れたように俯く。固く目を閉じて、ただ心を占めた絶望に耐えた。

 天界の希望と地界の安寧。その在り処を見失いそうだった。

 しんとした深夜の冷気が風に煽られる。心の芯を凍らせそうなほどに、暗い夜道に吹き荒れていた。

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