第十三章:2 過酷な真実
「彼方が私に教えてくれたのですよ。彼女に対する遥の不自然な思い入れ。こちらの世界の少女を、必要以上に大切にしていると」
「――委員長が……」
声がかすれて、うまく発音できなかった。そんな莫迦なことがあるかと思う反面、どうして禁術にたどり着いたとき、すぐに気付かなかったのか不思議な気がした。
禁術――天落の法。
魂魄を異界に委ねて、己の真実を封印する。こちらの世界に相応しい殻に護られ、天界の名残を微塵も残さずに生まれ変わるのだ。
天宮朱里が相称の翼。
彼女こそが緋国に生まれ、闇呪と縁を結んだ姫宮。
たしかにそう考えることに、何の齟齬も感じない。むしろこれまでの成り行きを振り返れば、彼女の正体として一番相応しい気がする。
「そんな……、それは、確かにそうだけど……、でも」
目隠しを外されて、思いも寄らない光景を見たような戸惑いがあった。ずっと追いかけていた筈なのに、真相を突きつけられると喜んで良いのか判らない。
「委員長は、こっちの世界のごく普通の女の子だったのに」
彼方の中に渦巻く複雑な思いを理解したのか、雪がそっと白い手を重ねてきた。
「彼方様が戸惑うのも判ります。たしかに行方を眩ますには最適の方法かもしれません。けれど、天落の法なんて誰も想像しません。私だって半信半疑です」
「うん」
頷きながらも、その禁術を疑うような気持ちにはなれない。全ての断片を繋ぎ、こんなにもはっきりと筋道を描き出したのだ。
これほど身近に相称の翼が在ると、いったい誰が予想できたのだろう。
そして。
「委員長は副担任に想いを寄せていた」
最悪の予感が形になりつつある。
まるで独り言のように、彼方の声が夜道を揺るがした。前を行く奏がわずかに振り返ったのを確かめて、彼方は続けた。
「天落の法によって全てを忘れているから、かな」
その問いかけを否定して欲しいのか、肯定して欲しいのか。自分の心を量ることが出来ない。どちらにしても、最悪の結末へ向かっている気がしてならない。彼方は繋がれた雪の手に力がこもるのを感じた。
彼女が思い描いた恐ろしい終焉を辿ることは容易い。彼方は励ますように小さな掌を握り返した。
奏の声が、恐れを滲ませない穏やかさで夜の闇を貫く。
「彼方はどう思いますか。私達は魂魄を失えば輪廻する。神と鬼に別たれ、やがて世の緩やかな流れに還ると言われています。今在る自身にとっては、今生が全てで、来世に想いを引き継ぐことはありません。翼扶も比翼も、出会えるのは一度だけ。どれほど長命に任せて、短い魂魄を散らした相手を待っても、再び出会うことは叶わない。輪廻は全てを白紙に戻します」
「だけど、兄様。天落の法は終焉ではありません。異界への輪廻は、魂魄の輪廻ではない筈です。ただ封印されているだけで、魂魄はそこに在ります」
「そう、真実の名もそこに在ります。天落の法は終焉ではありません。私達が死して辿る輪廻とはかけ離れた禁術です。――どう思いますか。もし魂魄を封印されたのなら、彼方は翼扶である雪への想いを失ってしまうでしょうか」
奏の問いかけを最後まで待たず、彼方は即座に頭を振った。
「それはないと思う。封印されていても魂魄が在るのなら、そこに真実の名が在るのなら、たとえ記憶を失っても想いが費えることはないと思う。僕はそう思う」
「私も同じ気持ちです、兄様」
同じ答えにたどり着いた彼方達に背を向け、奏が立ち止まった。白い息を吐き出しながら空を仰ぐ。しんとした外気は厳しいほど冷たさを増していく。彼方も足を止めて、雪と手を繋いだまま深い夜空に瞬く星を眺めた。深い濃紺が吐息の白さで霞む。
「彼方、私も同じ意見です。魂魄が在る限り、想いは続くと信じています」
空を仰いでいた奏がひたと彼方を見据えた。夜の深さに染められた灰褐色の瞳は、星の煌めきよりも強い。一瞬、まるで白刃のように鋭い輝きがすらりとよぎった気がした。
「想いは費えない。そうであれば、相称の翼が愛していたのは、黄帝ではなかったと考えられます」
「彼女に愛されていたのは――」
雪の高く甘い声が震えている。明らかになった真相が、たしかに何かを奈落へと突き落とす。
「闇呪の君、だったのですね」
彼方はうな垂れたように俯く。固く目を閉じて、ただ心を占めた絶望に耐えた。
天界の希望と地界の安寧。その在り処を見失いそうだった。
しんとした深夜の冷気が風に煽られる。心の芯を凍らせそうなほどに、暗い夜道に吹き荒れていた。




