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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第三話 失われた真実

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第十二章:2 決意

 どうして彼がこんな目に合うのだろう。どうして、こんなに傷つけられるのか。そんな想いに占められて、朱里(あかり)は思わず唇を噛んでしまう。不死身であるからといって、苦痛を感じないわけではないのだ。

 たまらない想いに苛まれながら考え込んでいると、背後で彼方(かなた)が声をあげた。


「あ、(ゆき)。どうだった?」


 朱里が振り返ると、麟華(りんか)の様子を看てくれていた雪が歩み寄ってきた。


「大丈夫だと思います。朱里さん、麟華(りんか)さんの様子は穏やかです。そのうち目を覚ますのではないかしら。黒沢(くろさわ)先生はいかがですか」


「あの、先生もとりあえず大丈夫みたいです。雪さん、本当にありがとうございました」


 朱里は慌てて立ち上がり、雪に向かって深く頭を下げた。


「困ったときはお互い様です」


 雪は可愛らしく微笑んで、胸の前で小さく手を振る。彼方(かなた)と同じようなことを言う雪を見て、朱里は少しだけ微笑ましい気持ちになった。彼らには(はるか)を陥れるような思惑はないのだと、自然にそう思えた。


「とりあえず落ち着いたけど、僕達はもう帰ったほうが良いのかな?」


 彼方は朱里ではなく、(そう)に問いかけた。朱里は咄嗟に口を開く。


「あのっ、もう少し、ここにいてもらえませんか」


 彼方(かなた)(そう)が驚いたように朱里を見た。綺麗な翡翠色と灰褐色の瞳に見つめられて、朱里は思わずうろたえてしまう。彼女には、どうしても彼らに教えてほしいことがあった。遥や双子が秘めているのだろう事実。朱里は彼らが自分を動揺させないように、重要な事実を伏せている気がしてならない。


 自身の素性を明かさず、無知な女の子を装って問うことは許されるはずだった。今までの経緯(いきさつ)を振り返れば、自分が彼らの世界に興味を抱いても不自然ではない。

 朱里は彼らを引き止める理由をどんなふうに伝えれば良いのか、うまく言葉が出てこない。ためらったまま固まっていると、背後から朱里の肩を叩く手があった。


「不安ですよね、朱里さん。二人ともいつ目覚めるのかも判らない状態で、何が起きたのかもよく判らないし」


 雪の言葉を助け舟にして、朱里はすぐに頷いた。


「はい。あの、正直に言って一人でいるのは不安です。麒一(きいち)ちゃんがいつ戻ってくるのかも判らないし。もし麟華(りんか)のように、呪いをかけられて戻ってきたら……」


 彼らを引き止めるための言い訳だったのに、朱里は言いながらぞっと震え上がってしまった。麒一がいつものように帰宅する保障など、どこにもないのだ。


 朱里(あかり)の内に込み上げた恐れは、すぐに彼方(かなた)(そう)にも伝わったようだった。奏がゆっくりと遥の寝台に歩み寄って、彼を眺めてから朱里を振り返った。


「そうですね。たしかに何も解決していません。あなたが恐れるのも無理はありません」


 奏は再び遥を見て、彼の黒髪に指先で触れる。


「この黒髪。これが本性なのかもしれませんが、彼の身の内で何が起きたのか判りません。天宮(あまみや)のお嬢さん。伝えにくいことですが、私達の世界で黒(闇)は(わざわい)を意味する」

「はい、それは教えてもらいました」


 朱里は緊張していくのを自覚したが、自身の正体を明かすことがないよう細心の注意を払いながら、真実へたどり着くための会話を試みる。


「だけど、私にはどうして先生がこんな目にあうのか、よく判りません。彼方(かなた)白川(しらかわ)さんは、ご存知ですか」


 彼方と奏は戸惑ったように顔を見合わせた。朱里は追いすがるように声をかける。


「彼方、知っているなら教えて欲しい。私にはもう見ていられないよ。先生が傷つくのが苦しくてたまらない」


「委員長は、……副担任が好きなの?」


 彼方の声には、同情するような響きがあった。朱里は迷わず素直に頷く。彼方は「はぁ」と大袈裟に溜息をついた。応援できないという思いが伝わってくる。


「彼には、委員長よりずっと大切な人がいるかもしれないよ? それでも?」

「そんなのもう知っている。先生には伴侶がいるって聞いたから」


 いつも溌剌と笑っている彼方から、嘘のように笑顔が失われていた。朱里は怯まない。遥を助けるために、自分には絶対に聞き出さなくてはならない事実があるのだ。

 そのためにはどんな嘘もつける。どんな立場でも演じてみせる。


「彼方達の世界のこと、もっとよく教えて欲しい」


 彼方は助けを求めるように奏を見た。奏は何も言わずただ頷いて、朱里を見つめる。


「では、私からお話しましょう」


 静かな口調だったが、向けられた眼差しには容赦のない厳しさがあった。素性を暴かれるのではないかという不安がよぎる。朱里は思わず目を逸らした。


「ありがとうございます。ここは先生が休んでいるので、違う部屋で」


 取り繕うように踵を返して、促すようにそっと部屋の扉を開けた。

 ばれるはずがない。朱里は自分にそう言い聞かせて、再び奏を見つめた。

 迷いを振り払った、決然とした眼差しで見上げる。


「違う部屋で、お願いします」


 何も恐れない。(ひる)まない。


(もう逃げてはいられない)


 胸の奥底で、じわじわと強くなる想いがある。

 耳の裏に残る遥の悲痛な叫びが、強く何かを揺り起こす。


(私は、――彼を救いたい)

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