第十一章:3 心強い味方
「はじめまして、白川奏と申します。あなたが天宮のお嬢さんですね。噂は彼方から聞いていました。お会いできて光栄です」
「はい。あの、はじめまして。天宮朱里です」
奏と名乗った男の握手に応じて、朱里は戸惑いながら頭を下げた。朱里は間近で奏の整った顔を眺めて、異世界の人達は容姿端麗な種なのかと場違いなことを考えてしまう。傍らで一部始終を眺めていた彼方が、何かを祝福するかのように尻あがりの口笛を吹いた。
「委員長、心配しなくても彼は副担任の強力な味方だよ」
彼方の闊達な声が教えてくれる。朱里は再び遥と奏を交互に眺めた。素直に嬉しいと感じ、顔が綻んでしまう。
「朱里、これを」
遥と目があうと、彼は自身の上着を脱いで朱里の肩に羽織らせた。朱里は慌てて返そうとしたが、遥は素早く朱里のかじかんだ手に触れて指摘する。
「そんな格好では風邪を引いてしまう」
朱里は返す言葉を失って、渋々彼の好意に甘えることにした。我に返ると、制服の上着すら纏っていないのだ。確かにブラウス一枚で凌げるような寒さではない。
「ありがとうございます、先生」
素直に感謝すると、遥は浅く笑いながら頷いた。朱里は肩から掛けられた上着を、引き寄せるようにして前で重ねた。ほのかに残っている彼の体温があたたかい。恥ずかしい気もしたが、与えられた温もりにそっと想いを滲ませた。
うっとりと温もりにひたっていると、ふとこちらを熱心に見つめている気配がする。朱里が顔を上げると、少女の灰褐色の瞳がまともにこちらを見つめていた。整った顔立ちは可憐で、壮絶な可愛らしさを誇っている。泣いていたと感じたのは思い過ごしだったのかもしれない。彼女は興味深く朱里を眺めていた。
朱里は少女に自身の胸の内を見透かされたような気がして、思わず頬が染まる。一人でうろたえていると、その様子をどのように受け取ったのか、彼方が口を開いた。
「あのね、委員長。彼女は僕の、……婚約者」
朱里は意外な事実に思わず「え?」と呟いてしまう。そういえば、以前麟華が彼方には妻が在るのだと話してくれたことがあった。さきほどまでの狼狽も忘れて、思わず二人をじっくりと眺めてしまう。おそらくこちらの世界で違和感がないように、肩書きを婚約者に改めたのだろう。少女は彼方に紹介されて、はっとしたように慌てて自己紹介をした。
「はじめまして、白川雪と申します」
「あ、はい。はじめまして」
唖然としたまま、朱里は会釈した。白川という同姓から、奏と雪が兄妹であるのかもしれないと思い至る。改めて眺めてみると、髪色も灰褐色の瞳も同じだった。はじめに気づかなかったのが不思議なくらい、似通った容姿をしている。
雪と名乗った少女は、眩しいくらいに屈託のない笑顔を見せた。
「いろいろと戸惑っていたのですが、あなたのおかげで少し落ち着きました」
「私? えっと、私、何かしましたか」
雪は小さく頭を振った。
「そういうことではないのです。何となく安堵したというか、兄様の決意を見届けたくなったというか」
彼女が奏を振り返ると、彼はわずかに頷いてみせる。予想通り、奏と彼女が兄妹の関係であることは理解できたが、朱里に把握できたのはそれだけだった。けれど、遥や奏、彼方にはもっと意味のある発言だったらしい。その場の空気がふっと緩んだ気がした。雪は朱里の背後に立っている遥を仰いでから、再び成り行きを知らない朱里を見つめた。
「あの、私もしばらくこちらに滞在することになります。もし良かったら、仲良くしてください」
打ち解けた笑みにつられて、朱里は頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。それに、それ、うちの学校の制服ですよね」
朱里が雪の着用している制服を示すと、彼女は嬉しそうに笑う。
「はい。今日、留学の手続きを済ませてきました。短期間ですが、明日からは同じ学校の生徒です。黒沢先生も、どうかよろしくお願いします」
雪は礼儀正しく朱里と遥に頭を下げた。彼方とは対照的に品のある立ち居振る舞いで、しっかりとしている。朱里が彼方をみると、彼はどこか照れくさそうに頭を掻いた。
「委員長、僕はしばらく登校できないからさ。彼女のことよろしくね。副担任も、雪のこといじめたりしないでよね」
彼方は恐れることもなく、自然に副担任としての遥に軽口を叩いた。遥はただ呆れたような眼差しを向ける。雪はそんな二人のやりとりを眺めながら、可笑しそうに声をたてて笑った。やがて奏が妹である雪にゆっくりと歩み寄ると、小さな肩に手を置いた。何らかの思いを伝える仕草だったのか、雪は兄を仰いでしっかりと頷いていた。
奏が妹の肩に手を置いたまま、朱里の背後に立つ遥を見る。
「では、私達はこれで失礼いたします。遥、私はあなたが必要とすれば、すぐに駆けつけることの出来る風脈を手に入れました。どうしようもなく力が必要になったら、呼んでください。必ず、助けになります」
熱のこもった口調だった。朱里が遥を振り返ると、彼は翳りのある眼差しを隠すように伏せる。成り行きの掴めない朱里にも、奏の申し出がありがたいことだと判る。心強い味方を得たはずなのに、遥の表情は暗い。朱里には苦しげに見えた。
「奏、今は気持ちだけを……、ありがとうございます」
搾り出すように、遥が礼を述べた。奏は仕方がないと言いたげに目を閉じた。一瞬、寂しさを滲ませてから、彼は改めて笑みを浮かべる。
「どうか、巻き込むことを恐れないで下さい」
それだけを言い残して、奏は踵を返した。闇の中で銀髪が鈍く閃く。去っていく彼の後姿を、雪と彼方がこちらに手を振りながら追いかける。朱里は二人に手を上げて答えながら、奏の言葉が力強く響くのを感じていた。きっと、そう感じたのは自分だけではないだろう。
闇に隠れつつある三人の姿を見送りながら、朱里は立ち尽くす遥の手にそっと掌を重ねた。




