表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
第三話 失われた真実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/234

第九章:4 新たな訪問者

 休学中の彼方(かなた)=グリーンゲートが、慣れた手つきで冷蔵庫を開いた。庫内は豊富な食料品や飲料水で保たれている。住まいとして用意された部屋は、全てにおいて東吾(とうご)の管理が行き届いているようだ。思いがけない事件によって著しく消耗した体力も、一夜で取り戻すことが出来た。


 彼方は麦茶を取り出してグラスに注ぐと、室内の人影へ差し出す。座卓についていた白川(しらかわ)(そう)は礼を述べて、差し出された物を手に取った。


 異界からの訪問者である二人は、隣同士に居室を用意され、何不自由なく過ごしている。全てが天宮の配慮や思惑の上に成り立っているのかどうか、彼方には知る(すべ)がない。確かに言えることは、奏が隣人であれば行き来が容易(たやす)く、ひたすら心強いと云うことだけだった。

 二人は彼方の部屋で、今後の成り行きについて相談していた。


「偶然の機会を待っていても、時間の無駄でしょう。こちらから出向くしかありません。(さいわ)い、闇呪(あんじゅ)――いえ、こちらでは黒沢(くろさわ)教諭と言った方が相応しいですね、彼の所在は明らかなのですから」

「うん。この状況だと、僕もそう思う」


 (そう)の提案に、彼方(かなた)は素直に賛成した。先日の事件に対する辻褄を合わせるため、彼方は登校を禁じられている。副担任である黒沢(くろさわ)(はるか)に、一生徒として顔を見せることも出来ない。奏と遥を偶然引き合わせることなど、どう考えても不可能だった。


 今となっては、遥の気性が非道でも非情でもないという確信を持っている。こちらから出向くことに、それほどの危機感を持たなくなっていた。


「でも、それで彼が何かを明かしてくれるとは思えないけど」


 彼方が問題を指摘すると、奏は小さく笑う。


「何もしないでいるよりは有益だと思います。顔色を眺めているだけで、判ることもあるでしょうし。それに、彼方の話を聞く限り、天宮(あまみや)のお嬢さんは利用できそうです」

「利用って、委員長を?」

「ええ。こちらの者を巻き込むことは心苦しいですが。そのお嬢さんは黒沢教諭と関わりを持っている可能性が高い」

「――うん」


 彼方は頷いて見たが、朱里(あかり)を利用するという手段には快諾できないものを感じてしまう。彼女は生真面目で素直な女生徒だ。たしかに立場や環境には一目置かなければならないが、それは天宮の縁者であるからだろう。他には不審な面を感じない。彼方の目には、ただ健気でその一生懸命さがいじらしく思えるほどだ。単に何の思惑もなく、親友を救ってくれた副担任に想いを寄せただけなのかもしれない。

 奏は彼方の胸中を感じ取ったのか、悪意の感じられない声で続けた。


「彼女に危害を加えたり、騙したりするわけではありません。黒沢教諭が過保護に(まも)っているのなら、なおさらです。私は彼に敵視されることは避けたいですし。彼方(かなた)が憂慮するのであれば、その辺りのことは私に任せてください」


 奏が強引なことをするとは思えない。彼方は深く(うなず)いて、「任せる」という意思表示をした。奏は穏やかに微笑むと、室内の時計に目を向けて時刻を確かめる。


「彼方も体力を取り戻したようですし、本日の夕刻に天宮家を訪ねてみましょう」

「え? 今日?」


 彼方が仰天すると、奏は何でもないことのように「はい」と笑う。時刻は既に三時を回っており、学院の高等部はもうすぐ最後の授業を終える筈だ。夕刻まではそれほど猶予がない。彼方は慌てたが、これ以上迷っていても仕方がないと思い直す。心の準備をしなければと、気を引き締めた。


 その直後、室内に訪問者を教えるインターホンの音が鳴り響いた。この部屋を訪れてくるのは、東吾しか考えられない。食料の補充でもしに来たのかと、彼方は来訪者を映す小さな画面を見た。


「あれ?」


 映像は予想を裏切らずに東吾(とうご)を映している。けれど、その傍らにもう一人誰かが立っていた。彼方はじっくりと目を凝らし、(まばた)きを繰り返す。


「え?――まさか」


 信じられないものを見つけて、知らずに小さく声を漏らした。彼方(かなた)の様子に異変を感じたのか、(そう)も同じように画面を見つめる。


「――玉花(ぎょくか)?」


 彼方は奏の呟きで、それが錯覚ではないことを確かめた。はっと我に返り、事実を受け止めると途端に気持ちが(はや)る。居ても立ってもいられない。「(ゆき)っ」と叫ぶと、彼方は慌てて現れた彼女の元へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ