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【3】


 菊花がうらもんを潜って学校をあとにした直後、やや離れた位置にとまっていた車がゆっくりと走り出した。窓まで黒塗りの高級車で、こわもての暴力団関係者でも乗っていそうな雰囲気がある。中の様子は見え難くなっているが、左側にある運転席に座るのはまだ若い青年のようだ。

 車は徒歩の菊花に並走すると、運転席側の窓を開けた。革製のジャンパーに袖を通し、危なくはないのか、濃いめの色付き眼鏡を掛けた男の姿が露わになる。塞がってはいるが、頬にはざっくりとした刺し傷があり、どこかとぼけた印象のある顔立ちでも緩和しきれないほどの凄みがあった。


「……迎えを頼んだ覚えはないんだけど」


 あくまで正面を向き、歩みも止めないまま、不満そうに菊花が口を開く。

 正門側よりは少ないとはいえ、同じ学校に通う生徒の姿もちらほらと見られるため、噂になることを嫌ったのだろう。機先を制されて、ばつが悪そうにしながらも、「当主の指示でして」と言う男に譲る意図はない模様だ。


「なんでも、託宣があったそうで。俺ぁ、お嬢なら心配いらねぇだろうとは思ったんですが」


 と、急ぎ足になったわけでもないのに、菊花が完全に車を引き離してしまう。不審に思ったのか、足を止めた彼女が振り返ると、路肩に寄せられた車から男が当たり前のように降りてくるところだった。

 男の腰でぶつかり合う鍵束がじゃらじゃらと耳障りな音を立てる。車の鍵もその中に混じっており、まとめてさまざまな用途の鍵を管理できるのはいいが、使用する際にいちいち探さなければならない不便は否めない。

 もっとも、そんなのは菊花には関係ない話だ。「うるさいな」と短く非難すると、男は苦笑いを浮かべて、「そりゃ、失礼」と軽く頭をさげた。とたんに、歩いていても鍵束がまったく揺れなくなる。今度、追い抜かれるのは菊花の方だった。


「行かないんで?」


「……行くよ」


 重心の安定がなせるわざなのか、その技法は菊花の感覚にしてみても神技めいていたのかもしれない。あきらかに、気にしていない風を装っている。

 ふたりが向き合うと、菊花の身長の低さが際立った。いや、低いとはいっても高校生にしては小さめ、といった程度には伸びている。強調されてしまっているのは、男の身長の高さに原因があった。

 はぁ、と菊花は深めの溜め息を吐き、男に背を向けて来た道を引き返した。追ってきた男に、「やっぱり、乗せていってもらってもいい?」と今更なことを言い出す。

 無駄な手間を掛けさせられているわけだが、立場の違いがあるのか、男に怒りや苛立ちの感情はない。むしろ、「もちろんで」と小走りに前に出て、目的の鍵を迷わずに手に取ると、菊花を待たせることなく後部座席のドアを開けるという、細かい部分での有能さを発揮してみせた。

 

 

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