第1話 入厩
日本最強馬フェイトが引退してから2年後、4月25日、北海道門別町の田口牧場で1頭の仔馬が生まれた。
名前はまだない。
生まれた年の12月末、年末特番として、フェイトの特集をしていたのをその仔が見ていた。
「ねえ、エコーボイス。フェイトって、つよいの?」
「ええ、お父さんは全レースハナ差で、ギリギリのレースばかりだったけど、確実に強かったわよ。」
「ねえ、おかあさん。ぼくのほかにおとうさんのこどもがたくさんいるのは、ほんとう?」
「ええ、確か150頭くらいいたかな?」
「ぐへへ、150とうの牝馬と、ぐへ、ぐへへへ。」
と、その仔は何を想像したのか、にやついていた。
そしてエコーボイスは、「どこでそんなことを覚えたのかしら?」とその仔の将来を心配した。
さらに翌年の7月、その仔はセレクトセール(セリ市)に出され、7200万円で佐藤 公平氏に落札された。
佐藤氏は、『タリスユーロスター』と名付けた。
名前の由来は、佐藤氏が社長を勤めている『佐藤製糖株式会社(通称、サトウシュガーカンパニー)』にて、社長業務でフランス、ベルギー、オランダ、ドイツへ出張した際、『タリス』と『ユーロスター』という高速列車に乗ったことを思い出し、高速列車のように足の速い馬になってほしいという願いから、そう名付けた。
さらに翌年の6月、タリスユーロスターは2歳になり、栗東トレーニングセンターの諏訪 隆博厩舎に到着した。
「うっ……酔った。」
馬運車からタリスユーロスターがふらふらと降りてきた。
そして、馬運車の前に厩舎の人らしい1人の青年が待っていた。
「やあ、ようこそ諏訪厩舎へ。
俺の名前は山下 裕一。調教厩務員をしているよ。
…って、軽く自己紹介してみたけど、大丈夫?」
タリスユーロスターは、かなり顔色が悪そうだ。
「と…とりあえず馬房に入って休もうか?」
山下は、タリスユーロスターを馬房まで案内した。
タリスユーロスターは馬房に入り、ゆっくりと休んだ。