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GALLOP  作者: ジャンゴ
16/35

第15話 重度の軽傷

 弥生賞で怪我をしたタリスユーロスターは、救急車に運ばれ動物病院へ―


―栄動物病院到着。


「何だよ~すわっち~、急に馬連れて来て…。」と諏訪よりも歳を召している(さかえ) 邦治(くにはる)獣医師が現れた。


「急患じゃ!治してやってくれ!」と諏訪は頭を下げ、それを見て山下も頭を下げた。


「こらバカ、頭下げるんじゃないよ…!とにかく中に入りな。」


 病院の中は犬や猫、インコや金魚までいて、馬のような大きい動物はいなかった。


「頼む!治してやってくれないか!」と諏訪は再び頭を下げた。


「…まぁ診るだけならいいが………。」と栄医師は気だるそうだ。


……………。

…………。

………。

……。

…。

「コズミだな…重症のほう。」と栄医師はそう診断し、「…なっ!!」と諏訪は驚きを隠せなかった。


「…えーっと……コズミってなんすか…?」と山下はおそるおそる聞いてみた。


「ふぁ!?コズミも知らんのか!お前よくこの業界にいれるな!」


「…うぐぅっ……。」


「コズミは競馬用語で筋肉痛のことだ。全治1か月といったところか。」


「1か月!?皐月賞って、いつだ!!……………っ!」とタリスは痛みをこらえながら言った。。


「皐月賞は6週間後じゃ……。」と諏訪が答えた。


「ふぅ~。なんだ、間に合うじゃん!」とタリスは安堵した。


「何言ってんだ!最低1か月だって言ってんの…!

 それに1か月で治っても2週間じゃあ調整しきれないだろ…?」と栄医師は言い、「皐月賞は諦めな。」ともう一言。


「……………っ!

 で、でもさぁ!数少ないGⅠレースなんだよ!チャンスを逃したくないんだよ!」とタリスは反抗したが、「皐月賞を回避する。」と諏訪は決意した。


「ふざけんなよ!!……っ!俺はさあ…!」


「まぁまぁ落ち着いてタリス。」と山下はなだめた。


「そうじゃ、落ち着け。全治1か月ならダービーに出走()られるじゃろう…。

 お前さんの夢を叶える重要なレースじゃろう…?」


「……………。

 …そうだ……そうだよ…ダービーがあるじゃん!」


「…夢?

 確かにダービー制覇はすべてのホースマンの夢だが………何そのいやらしい顔…。」と栄医師は少し引いた。


「…っ!

 ダービーさえ勝てれば永久種付け権をゲットできんだよ!!」


「…永久……ん?なんだって?」栄医師は耳を疑った。


「永久種付け権だよ!!!

 他のGⅠは種付けできる数を増やせるけど、ダービーだけは永久に種付けできる権利を得られるんだよ!!!!!」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)。

…すわっち……こいつ何言ってんの…?」


「わしはもう慣れた。」と諏訪は表情を変えずに答え、栄医師は山下の方をチラッ見て、山下はコクコクとうなずいた。


「…ぷっははははは!

 バカだ!!バカがいるぞ!!!」


「な!?………っ!何がバカなんだよ!!」とタリスは怒った。


「いやぁ…バカだろ!そんな目的で競馬する奴いないだろ!

 仮にそうだったとしても、普通誰にも言わねぇだろ!!あはははは!!」栄医師の爆笑は止まらない。


「頼む!治してやってくれ!またダービーを一緒にとらんか…?!」と諏訪は頭を下げ、栄医師の笑いは止んだ。


「また?!」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


―35年前、諏訪(すわ) 隆博(たかひろ)、当時22歳。

 美浦トレーニングセンターの久保(くぼ) 義弘(よしひろ)厩舎に調教厩務員として所属。


「先生!ブリュウが…!『ブリュウファースト』がコズミを発症しちまった!!

 頼む…治してやってくれ!」と諏訪は栄医師に頭を下げた。


「はいはいお薬出しますねー。」


「そんな適当に流さんでくれ…!治してやってくれないか!」


―別の日。


「先生!ブリュウが鼻出血を発症しちょる!

 頼む…!!一刻も早く来て治してやってくれないか!!」と諏訪は電話越しに栄医師に頭を下げた。


 鼻出血(びしゅっけつ)とは、鼻血のこと。

 馬は人間と違い、口呼吸ができず鼻呼吸しかできないので、鼻出血を発症すると充分に呼吸ができなくなる。


「電話越しに怒鳴りつけるな!!耳がキンキンするわ!!

 それと鼻出血ならティッシュでも突っ込んでおけ!」


「それで治らんから頼んどるんじゃ!

 頼む!治してやってくれないか!」


―さらに別の日。


「先生!ブリュウが発熱を起こして熱が全然下がらんのじゃ!

 早く来てくれないか!!」と諏訪は電話越しに栄医師に頭を下げた。


「…発熱って……何か悪いものでも食べたのか?」


「…いや、おそらく輸送熱じゃ。

 ただの輸送熱だと思うんじゃが…明日はダービーなんじゃ!少しでも不安要素を残したくないんじゃ。

 頼む…治してやって……くれないか………。」


―ダービー当日。


 ブリュウファーストだ!!!ブリュウファーストが先頭に立った!!!

――ゴールイン!!!!!

 ブリュウファーストです!!!皐月賞15着の大敗からの復活V!!!


「……………。

 たかが数日数週間の付き合いだろ……。

 何泣いているんだろ…俺。」

 栄医師はダービーをテレビ中継で見て、その結果に一粒の涙が落ちた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「…またって……俺は何もしてないよ。」と栄医師。


「いや…先生がいたからこそダービーをとれたんじゃ。

 また先生の力が必要なんじゃ。頼む…治してやって……くれないか………。」諏訪は頭を下げ続けた。


「たまたま俺が面倒を看たが…俺である必要がねぇだろ。」


「…そう……たまたまじゃ…。

 ダービーは『最も幸運に恵まれた馬が勝つ』といわれるレースじゃ。

 先生と巡り会えたのは幸運じゃった。

 それだけじゃない…ブリュウに会えたのは幸運じゃった。

 ブリュウを連れてきた武志(アブソリュートの馬主の(たつみ) 武志(たけし)氏)に出会えたのは幸運じゃった。

 久保元調教師はブリュウを受け入れ、わしを担当にしてくれたのは幸運じゃった。

 もし先生に出会えていなかったら、最もな幸運じゃなかったじゃろう。

 そして、小牧に出会い、山下に出会い、タリスに出会い、先生とまた巡り会えた。これらの出会いはすべて幸運なのじゃろう……。

 そしておそらく、わしが調教師としてダービーに挑めるのはこれが最後かもしれん…。

 だから頼む!治してやってくれないか!!」


「…じーさん……。」とタリスは少し感動し、山下はブリュウファーストについて携帯で調べていた。


「はぁ~…俺は何もしねぇよ。

 ただ…目の前にいる患者を治すだけだよ……。ついて来な…!」と栄医師は奥へ連れていった。

 奥には馬が2頭は入るであろう大きなエレベーターがあった。

 陣営はそれに乗りこんだ。


「…え!?え!?何これ!?何これ!?

 何この地獄に落とされるような感じ!!やべぇよ!!やべぇよ!!」とタリスは初めてのエレベーターにビクビクしていた。


―地下1階に到着。


「ここだ…。」と栄医師言うと、陣営の目の前には近未来感がある機械(マシン)がずらっと並んでいた。


「「何だこりゃ!?!?」」とタリスと山下は驚きを表した。


「相変わらずすごいなぁ…。前より増築してないか…?」と諏訪はここに何度かきたことがあるのでそこまで驚かなかった。


「ああ…少しな…。

――さてタリスユーロスター。目の前にある機械を使って全治1か月のところ、完治1か月にしてやるよ!」と最初気だるげだった栄医師がやる気になっていた。


「…おう!!」




――翌日。小牧騎手が見舞い来た。


「……ぇっと………ぁの……大…丈夫……?」


「いや…まだ全然。」


「…だ、だよね……。こ……これ、お見舞い……。」と小牧が差し出したのは赤いリンゴだった。


「おお!リンゴじゃん!」とタリスはリンゴをむしゃむしゃと食べ始めた。


「…こ、これで許されると思っていないけど……ごめんなさい!」


「…!?

 何で謝ってるの?別にお前、悪いことしてねぇよな…?」


「…え!?だ、だって…今、タリス君がここにいるのは僕が鞭を入れたから……。」


「…だから別にお前のせいじゃねぇよ。俺が禁止にしている100%のコンスタントスピードを勝手に使ったからだよ。

 お前は悪くないよ。」


「……で……でもぉぉ…。」


「むしろ嬉しいよ。」


「…ふぇ…?」


「朝日杯の時は怒鳴りつけてやっと鞭を入れたけど、今回の弥生賞は俺が声掛けをしたら『…大丈夫。』って言って、鞭を入れたからさ…!

 …その……嬉しいんだよ。

 だから………次も頼むよ。」タリスは少し照れながらそう語った。


「…う、うん!」小牧も嬉しそうだ。




 タリスの傷はまだ深いが、タリスと小牧の絆は少し深まった―――。

「そういえば、師匠。

 師匠って、ダービー勝ったことあったんっスね。」と山下は諏訪に聞いた。


「…ああ。

 わしがまだ22で美浦にいた頃。わしが調教厩務員で武志が馬主でな、馬名はブリュウファーストというて、その馬でダービーを勝ったんじゃ。」


「…へぇ。」


「武志は馬主というても馬を買うお金がまだなくてのぉ…二人でお金を出し合って馬を買ったんじゃ。

 武志の『武』、わしの名前の隆博の『隆』、そして、初めての馬という意味をこめて『武隆(ブリュウ)初めて(ファースト)』という名前にしたんじゃ。」


「…へぇ。」


「それでのぉ…ブリュウは物覚えが良くて人懐っこい性格じゃったんだが、体が弱くてすぐ病気や怪我をして、それはそれは大変でのぉ…。」


「…へ、へぇ。」


「それでブリュウが…―――。」


「…へ、へぇ。」


「そしたらブリュウがのぉ…―――。」


(な、長い…。)


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