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フリッカー  作者: 友衛
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4.クイード先生

カインは宣言通りに翌日も現れたが、その日は1人の男を連れてきて直ぐに部屋を出て行った。

その男といえば未だわたしに紹介されたときのまま、ドアの前から動かず、泰然とレティシアを視界にいれることもなく立っている。


この人は何をしにこの場に来たのだろうか。カインもお互いの名前を告げるだけでなく、間を取り持ってから退室すればいいものを。

内心、カインへの不満を呟きながら、ジッとクイードというらしい男を見上げる。


褐色の肌に青灰の髪、赤い瞳。線の細い、なかなかの美形である。年はカインの少し上くらいだろうか。冷たい印象を与える男だった。

彼はわたしを関知することなく、視界にさえ入れず、ぼんやりと天井に視線を投げている。

クイードが何を見ているのか視線の先を追った際、持っていた鉱物がごとりと重い音を立てて床に転がった。

その途端に、文字通り飛び上がる男。わたしが落とした鉱物が立てた音だと気づいたようだったが、落ち着く様子はない。バンと背中をドアに貼り付けて、忙しなく周囲に視線を走らせている。


わたしは呆気に取られつつも理解した。


どうやらクイードは泰然と構えていたわけではないらしい。むしろ物凄く動揺している。

先程から視線を逸らしていたのも、わたしを視界に入れなかったのではなく見られなかったのだ。それはもう、わたしに怯えていると言われても納得してしまう様子だ。

今も壁を背に、これ以上離れようもない距離をわたしから取ろうとしている。いっそ、部屋から出て行かないのが不思議なくらいだった。


「わたしはレティシア・アークハルドです。

改めて、お名前をお伺いできますか?」


これは立場が逆なのではないかと思いながら、男をこれ以上怯えさせないように、なだめるような笑みを浮かべて声を掛けたのだった。






「クイード・キッシュと申します。中央区の者です。

この度はアークハルド侯爵より、レティシア様への指導を申し付けられまして、こうして伺いました」


「指導…ですか?」


「はい。レティシア様は鑑定のスキル持ちであるとか。

鑑定のスキルを持つ者のことは、同じ鑑定スキルを持つ者が1番よく知っているだろうとのことで」


おろおろと落ち着きのないクイードであったが、ふいにわたしを見つめる目がキラリと光を弾いた。途端に先程までの様子は鳴りを潜め、無表情にわたしを見つめる。

同じ鑑定スキル持ち。その言葉に今、クイードに鑑定されているのだと察して、居心地の悪さに身じろいだ。


「今現在、このクレイナート王国には8人の鑑定スキル持ちがいます。しかし、人物鑑定までできるのは私とレティシア様の2人しかおりません。

一国に1人、高レベルの鑑定スキル持ちがいるかいないかといったところで…今のところ人物鑑定までできるのは、大陸でも5人しか確認されておりません。レティシア様で6人目ですね。それほどのレアスキルなんです。

正直、お会いするまで半信半疑なところもありましたが…確かに、鑑定スキルをお持ちのようだ」


「それは、わたしを鑑定したからですか?」


「それもあります。私にはレティシア様の持つスキルが見えていますから。

ですが、それ以上にレティシア様の振る舞いです。普通の2歳児は、大人とこういった話はできないのですよ?」


軽く首を傾げたクイードの顔が意地悪くゆがむ。


「鑑定スキル持ちは知性の発達が早いことで知られています。おそらく多くの情報を目にするため発達を余儀なくされているのでしょう。

私が今回こちらに伺ったのは、レティシア様の能力の全容を知り、そしてこの国、大陸について基本的なことを学んでいただくためです。

鑑定スキルを持っていても、得た情報がどういった意味を持つのか知らなければなりません。情報の重要度を、自らある程度は判断できるようになっていただきます。折角の鑑定スキル持ちを腐らせる理由はありませんからね」


見当違いだ。クイードの言葉を聞いて思う。

わたしが普通の2歳児と違うのは、わたしがフリッカーであり前世の記憶を持っているからだ。もし鑑定スキル持ちの子供がいたとして、それで知能が発達するのは適応できたごく一部なのではないだろうか。

とりあえずクイードの目的は、稀である鑑定スキル持ちであるわたしの価値を、更に高めに来たのだということか。それと鑑定スキル持ちは利用価値が高いのだから、偽ることを覚えろという忠告でもあるのだろう。

その点についてはカインにスキルのことを明かした時点で考えてはいたので、利用されるだけの立場にならないように留意していく必要があるだろう。

とにもかくにも授業をしてくれるというクイードの来訪は、情勢を把握したいと考えていたわたしにとっては願ってもない申し出である。


「ご忠告、感謝いたします。

それでは、これからよろしくお願いいたします。クイード先生」


ふわりと微笑んで頭を下げたわたしを見て、クイードは目を丸くした。次いで目を細めると、軽く口角を挙げて見せる。

それがどこか満足げに見えたのは、わたしの気のせいではないはずだ。


それからクイードの授業が始まったわけだが、それは一言で言い表すとするなら効率的と言えるものだった。

わたしには何も知識がないのは明白である。それでいて同じ鑑定スキル持ちであるクイードは、わたしにとっての便利な知識というものを知っているのだ。

まずはこの世界の神話と成り立ち、この国を含む大陸にある国々とそれぞれの特徴、大陸に住む人種と種族、魔物の定義、魔法を使う際に必要な8つの元素について、武器や魔法に関連した道具の大まかな類別。

ひとつひとつを細かく教えるのではなく、まずは大まかな知識を全体的にわたしに与えようとしたのである。


それらの授業を受ける中で、1つわかったことがある。

偽装することを覚えろと遠回しに言っていたクイードであるから、最初に出会ったときの態度と途中から様子が変わったのは彼の偽装の一環であると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

授業の合間に度々、最初のおどおどとした態度に戻ることがあったのだ。授業を続けるうちにそんな様子も鳴りを潜めることから、夢中になるとそのことしか見えなくなり、本来のおとなしい性格が抑えられるのではないかと予想した。

途中で様子が変わった際に指摘すると、本人の弁では人見知りであるとのことだ。犯罪国家とも揶揄されるクレイナート王国で、そんなんでやっていけるのかと少し心配になったりしたのだが。


クイードからの授業が始まって、今日で5日目。

今はそのクレイナート王国での貴族体制、勢力関係についてを教わっている最中である。


この国の現在の王族は国王と王妃、2人の王子と前国王、国王の弟の6人がいる。

クレイナート王国では、国王は割と若いうちに王位を子に譲るものであるらしい。建前ではいろいろとした理由があるらしいのだが、クイードが言うには暗殺者を自力で退けることが難しくなったら、さっさと退位したほうがマシだとのことだ。

国王という最高位の身分であっても、そんなにしょっちゅう暗殺者が差し向けられるのかと、この国において高い身分を有することに憂鬱になったのだが、それに対するクイードの返答は端的だった。


「そんなわけありませんよ」


曰く、この国には他の国にはない「暗殺者ギルド」なるものが存在するらしい。

国内の全てのギルドは国王の管理下にあり、暗殺者ギルドには王族を殺すことのできる実力者はいるが、それでも絶大な権力を有する国王をわざわざ敵に回すような真似はしないということだ。

それに大陸には7つの国があるが、それぞれの国の王族は、この大陸にいる全ての生き物を作り出したという神竜の血をわずかながらに引いているのだという。

尊敬と信仰を集める王族に手を出すということは、大陸中の生き物を敵に回すということ。そんな真似をする馬鹿はそうそういないだろうと辛辣に言い放った。


それだけ国王に権力が集中する背景があっても、この国では力が全て、能力の高い者には従うべきという風潮がある。

その腕っぷしの強さで国王という地位に就いたのなら、老いて能力が落ちたのなら後進に道を譲る、もしくは壁となり立ち塞がって後進を育てる糧になるのが当たり前なのだと。もしそれで後進が死んでしまったとしても、それは弱かったのが悪いとなるそうなのだ。

もちろんそういった風潮の国であるから、長子が跡継ぎであると定められてはいないのだという。基本的には長子であるが、実力さえあれば他の兄弟が後継と認められるのは珍しくないのだそうだ。


そして後継とは認められなかった王の兄弟、もしくは王位を退いた前国王が、この国での公爵である。前国王の爵位は一応は大公と呼ばれるそうだが、権限的には同じだそうだ。

クレイナート王国においての重要な拠点とは、王都と神殿を有する2つの町、迷宮と呼ばれる古代遺跡を有するオアシスに築かれた町の4箇所である。

国王の右腕として、その重要な拠点を統治するのが公爵の役目だ。役目に対して公爵の数が足りない際には、準侯爵と呼ばれる一時的に仮初の爵位を与えられた役人が、その役目を務めるのだという。

公爵は当代限りの身分であり、その任期中での功績に応じて子に伯爵・子爵・男爵のうちの爵位が改めて与えられる。爵位を与えるだけの功績もない無能は、まず処分されるだろうと笑って言い放つクイードに、クイードもクレイナート王国の人間なのだと納得した。


そして次点の侯爵。アークハルド侯爵を含めて、クレイナート王国には4つの侯爵家がある。

王都は中央と東西南北の5つの区に別れており、東西南北の4つの区を4つの侯爵家が任されているのだそうだ。

それぞれが高い塀に囲まれていて、行き来するには中央区を経るしかない。中央区には王城の他に貴族たちの屋敷や、他国の人間にも関連する重要施設が集まっているのだという。

他の4つの区もそれぞれ特徴があり、アークハルド侯爵が治める西区は国の最高峰の職人が集まる工房が集められている。

その特性上、他国の人間の立ち入りは原則禁止。もし発見したのなら相手がたとえ王族であろうとも、技術の漏洩防止のために処分することが認められている。入国の際の注意事項として説明されるので、あとは自己責任という考え方なのだ。

他にも貿易・流通を任され、一般の旅人への宿などを提供する東区、暗殺者ギルドを含め、あらゆるギルドを統括する北区、大陸最大のカジノ、歓楽街、闘技場を有する南区と、それぞれの区域の特性ははっきりと分けられている。

侯爵の権限は限定されているものの絶大であり、区を治める役目を預かっている以上、保護されているとも言い換えることができる。そのため権力争いといったものはあまり起こらないそうなのだが、人同士の相性までそうはいかない。


「レティシア様が注意すべきは、南区を治めるマッケラン侯爵でしょうね」


マッケラン侯爵

スパイであろうメイドの所属にあった名前だ。やはり対立する相手なのだと、クイードの言葉に集中する。


「レティシア様は、ご母堂のことをどこまでご存知ですか?」


ここでクイードから出たのは意外な質問。

戸惑いながらも世話係のメイドから聞いた母についてを口にする。


「白い肌に銀髪、青い瞳を持った美しい人であったと。音曲や詩歌に優れた人であるとも伺いました」


なるほど、と頷いたクイードは淡々と母について口にする。

他人であるクイードに母親について説明されるというのは、なんとなく妙な気分だった。


「名前はカーラ様。南区の出身です。

花街の最高位の女性である『独花』の産んだ女性で、生まれついての美貌からマッケラン侯爵の夫人となるべく教育を施されていました。宴席に侍ることもあったようですが、それもマッケラン侯爵の賓客に対して音曲を提供するのみであったそうです」


「…マッケラン侯爵の婚約者だった、ということですか?」


「まぁそういうことです。そんなカーラ様がアークハルド侯爵に出会い、恋に落ちた。

カーラ様は花街育ちではありましたが所属していたわけではありませんでした。また暗黙の了解というやつで、マッケラン侯爵の婚約者という扱いはされていましたが実際に婚約したわけではなかった。マッケラン侯爵にカーラ様の意思を縛る権限はなく、彼女は西区へと居住を移しました。

西区へ来たことでカーラ様の意思をアークハルド侯爵も知ることになったわけですが、マッケラン侯爵の婚約者と目されているのは周知の事実です。拒否し続けていたのですが、カーラ様も大陸一の美貌を謳われた女性で、花街で最高の教育(・・・・・)を受けた方でもあったわけです。

それからのことは私は存じませんが、レティシア様がいることを思えば結論は説明するまでもないかと。

アークハルド侯爵自身も美しいと容姿が話題になる方なので、お2人のことは舞台にもなっています。人気の恋物語ですので、世話係にでも聞けば詳しく話してくれると思いますよ」


両親の話を聞いて、わたしは地に手を付きたくなった。

つまりあれか、美女と名高き母は超肉食系での押しかけ女房ということか。


わたしの心情も知らず、クイードは説明を続ける。


「そういった経緯もありまして、現マッケラン侯爵のアークハルド家への心証は最悪です。

とくにカーラ様の忘れ形見でもあるレティシア様と姉君・ハルティア様への執着は相当なものです。できれば自分の妾に、それでなくても息子たちに与えようと画策しているようですから、御身を絡めとられることのないようにお気をつけ下さい」


この大陸での夫婦形態は一夫多妻制である。

形式的に庶民にも認められているが、それだけの人間を養う必要が出てくる以上、実際に適用されているのは貴族や経済的に余裕のある豪族のみである。

正妻という立場はなく、妻たちの代表として第一夫人が公式的な妻の立場を演じるが、複数いる妻の立場は同等であるとされる。優劣がつくとすれば、妻たちの生家の身分の上下関係でしかない。それも表立ってひけらかすのは、外聞の悪いみっともないものとされている。

生まれた子は、どの妻の子供であっても一律に家の子供であり、相続権などに優劣はない。

対して妻という形を得られなかったものが妾であり、いわゆる日陰者でしかない。生まれた子供も家の子供としての扱いではなく、部下などと同じ、下手をすれば当主の血を引いているだけ利用しがいのある駒という扱いになる。

マッケラン侯爵がわたしや姉を、夫人ではなく妾にしたいという言葉から、彼のゆがんだ執着がうかがい知れるようだった。


しかしそこでふと、違和感を覚えた。


「クイード先生は何故、マッケラン侯爵がそういったことを考えているとご存じなのですか?」


「まぁ本人が言っていましたから」


あっけらかんと答えるクイードに、一瞬言葉に詰まる。

気を取り直してどういった意味であるかを問うと、説明していませんでしたかと首を傾げて言ったのだ。


「私の父は中央区にある神殿の神官長でして、私はその後継であると決まっているんです。

神官には守秘義務というのがありまして、そのことを信用していろいろとお話しされる方も多いんですよ」


にっこりと微笑んで言い放つクイードに薄ら寒い思いがする。

なんだかとんでもないことを言わなかったか。

人見知りの神官ってどうよと関係ないことを考えながらも、引きつる口元を押さえつけて尋ねる。


「…守秘義務があるんですよね?」


「ええ、まあ。でも私も人間ですから。

それに妻になるかもしれない方が身を落とす可能性を知って、黙っているほうが問題ではないですか?」


「…妻?」


「はい」


「一応聞きますが、誰のことでしょう」


それに、更に笑みを深くしたクイードは告げる。


「もちろんレティシア様のことですよ」


その輝かしい笑顔を前に、くらりと眩暈がした。

今まで腰かけていたソファに身を沈めて、痛み出したような気のする頭を押さえたのだった。


そんなの聞いてないんですが…!

久々です。思ったより長くなりました。

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