私と彼と衝動と
「まあ、気持ちはしょうがないんじゃない」
しばらくたって、そんな風に彼は言った。
「そうかな」
「じゃあ、その好きな人と今、つきあっているんだ」
「いや、その人は私が好きなこと知らないと思う」
その人は、今呑気に刺身に夢中になっているから。
「そうなんだ、告白、とか、しないの?」
「どうしようかね」
「悩んでるんだ」
「○○くんが、私の状況ならどうする?」
「どういうこと」
「私と同じような状況なら、好きな人に告白する?」
ああ。
あざとい。
と、頭のどこかでもう一人の私が私を批評している。
大学に入ってからだけど、短くない付き合いの、私を本当に大事にしてくれた彼を傷つけて。
そして、それが気にならないくらい、私は彼に夢中になっている。
いつの間にか。
「どうだろう」
「ほんと、こういう話は秘密主義だよね」
「悪いね」
思っていないくせに。
「でも、気持ちが離れたのなら、はっきり言ってほしいかな。○○さんにとっても元カレさんにとっても、よかったんじゃない」
「ありがと」
残っていた、レモンサワーを流し込む。
「やけ酒ですか」
「やけ酒ですよ、悪い?」
「いや、いいけど。面白いし。でも、ま、つぶれないうちに送るよ。」
面白い、か。
なんで私はこんな人が好きなんだろう。
気がついたら、刺身盛り合わせがなくなって、お頭だけになっていた。
いや、ほんとなんでだろう。
ふと見て酒に上気した彼の楽し気な気配にドキリとする。
こちらを見た一瞬の視線が、すごく優しい。
会計を済ませて、夜道を駅まで歩く。
大学に割と近い居酒屋は繁華街なのでがやがやしているが、一本道を入ると住宅地でしんと静まり返る。駅までの近道だ。
無言で二人でならんで歩いていて、ふと、彼が自分の歩調に合わせてくれていることに気がつく。
これだけ身長が違うのだ、歩幅も違う。
彼は、私が2歩歩くと1歩歩く。
踊るように、左右に触れながら、こちらの機嫌を窺っている風でもなく、ふらりと歩く。
もう、どうしようもなく、たまらない気持ちだ。
「どうしたの」
突然止まった私を、怪訝そうに窺う
「好き」
彼は止まった。
「付き合って、もらえ、ませんか」
最後の声は彼に届かないだろう、小さすぎる。私は、小さすぎるのだ。
「ありがとう」
届いた。
彼はまだ、何も言わず、こちらを見ている。
左右に揺れてはいない。
ああ。
しっかりとした瞳をみて思った。
拒絶されてはいない、でも今じゃない。
衝動に負けた気がした。
いたたまれなくて、私は彼の服の裾をちょっと握る。
もう、この場に崩れ落ちてしまいそうだ。
なんでこんな時だけちゃんと立つのだろう、この人は。
「思ってもみなかったから。返事、時間もらえるかな。とりあえず、今日は帰ろう」
ひどい、耳鳴りがした。この後、どうやって家に帰ったか覚えていない。