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私と彼  作者: oyoko
3/6

私と彼と専門家

「子供か」


 彼はくすくす笑う。もういいのだ、子供でも。どういう結末になっても、やはり私は彼の答えを待つ身なのだから。

 彼はしばらく無言で私の頭をなでる。

 不意に手を滑らせて、私の背中に両手を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 無事に発表も終わり、教授からもなんとかお褒めの言葉らしきものをいただくことができた。盛大な打ち上げの数日後、彼と二人でひょんなことから飲む機会があった。あの日の遅刻のお詫びにご飯をご馳走してくれる、という話で、なんのことはない、お財布二人がドタキャンしてしまったのだ。


「あいつらまったく」


「しょうがないよ」


 お財布の一人、噂の美人で優秀な彼女は、どうやら○○くんと発表準備で散々に議論をしたのにこりごりしたらしく、最近○○くん関係の話題をだすと拒否反応を起こす。

いわく「私には容赦ないし、敵だし、恋愛感情は全くない。」とのこと。

「○○のこと、○○くん、気に入ってるみたいだよ。○○の話するときをするときは、優しい顔するし。頑張れ!」、と裏がありそうな欠席メールでニヤニヤとした絵文字付きで語られた。

まったく。



「次回絶対、奢らせる。○○さん、何たべたい」


「適当に、おまかせ」


 彼は息まいて、居酒屋のメニューを注文しはじめた。乾杯、とかるくグラスを合わせて、飲む、彼はビール、私は、レモンサワー。注文した料理が届きはじめる。


「わーい、卵焼き」


「美味しいよね、卵焼き。すきなんだ」


「うん、すき。卵が好き。あ、でも魚卵が苦手、おなかの調子が悪くなる」


「そうなの、これ、明太子のってるけど」


 明太子がのった、卵焼きだった。


「ううん、朝に魚卵をたべると調子が悪くなるだけで、夜は大丈夫なの」


「何それ」


 彼はくつくつ笑って、刺身をつつく


「○○くんは、お刺身がすきなの」


「そう、大好き。回転すしとかで、サラダ巻きとか食べる奴の気がしれない。」


「へー。今、いろんなお寿司あるもんね」


「そう、兄貴がそういうの好きなんだけどさ、理解できない」


 私もくつくつ笑った。


「最近、彼氏とはどうなの」


「また、その話ですかー、お好きですね。自分は言わないくせに」


「まあね。なんか頼む?」


 いつの間にか、彼も私もグラスが空いていた。


「食べ物はいいかな。すっきりしたのが飲みたい」


「すっきりね、炭酸とか」


「うん、レモンサワー」


「決まってるんじゃん。俺ももう一杯生かな」


「○○くんは、まだ食べ物食べるでしょ、気にしないで頼んで」


「そうする」


 彼はさくさくと注文をして、皿に遠慮我がちに残った刺身を見つめる


「食べていいよ、私はおなか一杯だから」


「さんきゅ」


 それにしても、嬉しそうに刺身を食べる人だ。


「卒業式、でられないかも」


「え、そうなんだ」


「うん。教授は、この前の発表で単位くれる、っていうし事情も知ってるから、これからあまりゼミの集まりにも出られないって言っても、理解してくれた」


「そうなんだ。寂しいな」


 ありがと、そういって、彼はちらと私の首元を見た。


「今日は、いつものしてないんだ」


「ああ、あれ。うん、ちょっとね」


 彼が、あれというのは、私の作品のことであろう。

 私の趣味は小学生の頃からアクセサリー作りで、装飾品はそれこそなんでも作る。

素人の域は出ないが、友達に誕生日のプレゼントでリクエストされたり、人づてに私の作品を知った見ず知らずの人から制作を頼まれたりするくらいには、需要がある。

 若葉と青い鳥のネックレスは以前、彼が褒めてくれたものだ。図書館の休憩スペースでぼんやりしていたら、隣に座った彼に、なんかいいね、と。

 その後数分言葉を交わしたが、何を話したのだったか。

 褒められたことが異様に嬉しくて、彼が「なんかふらふらしている自由人」から「ちょっと気になる男の子」となった瞬間でもあった。

私が彼と言葉を交わすことになったきっかけの出来事でもある。


 彼と会う時は大抵、このネックレスをしているのだが、先日壊れたのだ。


「あれ、壊れちゃったんだ」


「そうなんだ、残念だね。直せないの。」


 本当に残念そうな、顔をするから、勢い言ってしまった。


「この前、彼氏と別れてね、その時に壊れちゃったんだ。」


「なに、暴行されたの」


 彼が眉をひそめた。「暴行」なんて、日常生活で聞くとドキッとする。


「ちがう。ちゃんと円満に、お互い納得してお別れしました。」


「そう。」


 注文した飲み物がきたので、一旦会話が中断する。私はレモンサワーを一口のむ。すっきりした炭酸は心地いいが、おなかに冷たいものがたまる不快感の方を強く感じた。


「で。」


「え。」


「ネックレスの話」


「ああ、うん。納得して、別れたのは別れて。いいんだけど、なんか自己嫌悪とか、むなしさとかあって」


「うん」


「ちょっと、気持ちが荒れて」


「物に、八つ当たりしたと。」


「そう。って、ちがう、ちょっと乱暴に机に鞄を置いたら、なんでかその下にネックレスがあって…」


「ふうん」


「素材も脆かったから。不幸な事故なんです。」


 いつの間にか、彼が刺身の盛り合わせを注文していたらしく、注文品が届いた。何かの魚のお頭がついていて、目線があう。生前、この魚はこんな風に食べられることなんてまさか考えていなかったんだろう、透明な瞳。あまりにも透明でなんでも、見透かされそうで、気まずくで目をそらす。魚だけど。


「なんで、別れたの」


「え」


「彼氏、いや元カレ」


「私に好きな人ができて」


「へえ、それで自己嫌悪。」


「反省してます。」


「ネックレス可哀想。もったいない、俺○○さんの作品すきなのに。」


「ありがと。よければ、なにかプレゼントするよ」


「期待してる。」


「男の子って、どんなのがいいのかな」


「いや、詳しくないからなあ。専門家にまかせる」


 専門家って、そんなんじゃないよ、そんなことをしどろもどろになりながら言った。


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