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私と彼  作者: oyoko
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私と彼について

「なんでこんなことすんの」

避けなかった彼は完全に確信犯だと思う。

「ねえ」

こちらに体ごと振り返る彼と目があわせられない。

もう終わりだ、という言葉で頭がいっぱいになる。

泣きそうだ。もうダメだ。うつむいてしまった私を、随分とある身長差分だけ上から見下ろす気配。

ふっと、息をひとつ吐いて、彼はしゃがみこんで私の顔を覗き込む。

「だまってちゃ、わからないんだけど」

合わせた視線の先にある瞳は透明で、なにも見逃すまいとしていた。



 大学4年。就職先もなんとか決まり、私大文系学生らしく人生のモラトリアムを謳歌しようと、うきうき―する暇はない。

我らがゼミの秋の討論大会の成功のため、今日も図書室の一角を借りて、資料の準備である。

 昨日は徹夜をしようと思っていたのだが、途中で寝てしまったらしい。

起きた時間はまち合わせ時間を考えるとギリギリで、眠気と戦いながら何とか作り上げた資料をあわててかき集めた。

まあ、時間通りに来るゼミ仲間は彼くらいだろうけれど。

そう言い訳して遅刻はできないのが私の性分。

出かける支度をすること、5分。

レギンスにショートパンツを重ね、白のトップスに薄い色のカーディガンを羽織る。

染めていない栗色の髪を軽く梳かして整え、軽く日焼け止め入りの下地を塗り、粉を軽くはたいてリップを塗ったら、終了。

自分でも、年頃の女性としてはどうかと思う。

ゼミの女の子たちの中には、毎日完璧な恰好でセンスと女性性を存分に発揮しているが、私には、どうやらその才能と情熱がないらしい。

でも、さすがにそろそろ社会人になるのだから、もう少し気をつかわないとダメかな。

いや、一応清潔感には気を付けているし。

平均より低い身長はコンプレックスで、せめてバランスが悪くはみえないように、髪型や小物に気を配ってはいる。

友人たちは可愛いね、という言葉をかけてくれるけど、それも年齢を重ねれば重ねるほどただ可愛いとはうまくいかないだろう。

以前ゼミの飲み会かなにかで、「大人の色気がほしい」と切に訴えた際、その場にいた仲間たちに「人にはそれぞれキャラがある」とか「そのままでいいんだよ」などといわれ、教授に無言で頭をなでられたのは私の黒歴史だ。

そういえば、彼だけはそのときただ淡々と隣で飲んでいた。


「やばい」


早く家を出ないと乗らなきゃいけない電車を逃してしまう。

出かけにテーブルに置きっぱなしになっていた、ネックレスが目に入る。

若葉に青い鳥のモチーフの小ぶりな作品。

さっとつけて、ドアを閉める。


待ち合わせ場所に着くと、彼は長い足を組み携帯をいじりながら待っていた。

身長が高いことを気にする人は自然と猫背になる、ときいたことがあるが、180㎝の高身長のせいか、姿勢がちょっと悪い。

歩き方は、重心が定まっていないように左右にふらふらしているようにみえる。

いや、歩き方が左右にふれるのは、身長のせいか、そう思うとなんかむっとする。

彼の存在は大学入学当初から知っていた。

独特のどこか浮世離れした雰囲気がある人で、こんな人いるんだ、と18の私はじろじろとよく観察していた。

講義中や学食では友人らしき何人かと談笑している姿も見かけるが、よく大学周辺を一人でふらふら歩いている姿を見かける。

ちょっとした出来事があってからは、彼も私を認識したらしく、通りすがりに程度の会話はするようになっていた。

大学3年で彼と同じゼミになったときには、びっくりして、これでもっと観察ができる、と彼と接点がもてたことが嬉しかった。


一匹狼な雰囲気のせいかゼミでの彼の評価は「自由人」だ。

しかし、社交性は以外とあるらしく、飄々とした態度が同期に、礼儀正しい態度が先輩に受けがよく、後輩には面倒見のよさを発揮していて、「自由人」とのイメージのギャップに評判はよろしい。

スタイルはクラシック。ジャケットは堅苦しいらしく着ないようで、パンツに夏はシャツ、春・夏はうすいカーディガン、冬はセーター。大きめの茶色の鞄の中身は、以前みたらきれいに整理されていて、でも、たくさんの図書が入っていた。汚れているのをみたことがない、いつもピカピカの革靴。ブランド物を着ているわけではないのにおしゃれに見える。嫌味に見えないのは、身長と雰囲気のせいだろうか。いや、髪型のせいか。くせ毛で量が多いらしく、厚ぼったい前髪から、その色素の薄い瞳が見える。ときどき、いたずらっ子みたいな輝きを放つ。


「内野、また遅刻らしいよ」


こちらに気がついた彼が、左右に2・3回揺れてから、今日のメンバーの男の子一人の不在を告げる。


「そっか、はるかもさっき起きた、ってメールが。多分、着くのがお昼になるだろうって」


「あいつら、今度飯おごりだな」


「って、この会話何回目だろうね。」


歩き出しながら、そんな会話をしてお互いにちょっと笑う。

並んで歩くと、私の頭は彼の肩にも届かない。

並んで歩いていると、彼の声が聞き取れないことがある。

小さい声とか、滑舌が悪い、とかではなく、彼があちこちと視線をさまよわせ顔をいろんな方向に向けながら話すから、声が遠くに飛んでいってしまうのだ。

好奇心旺盛な少年のように、たえず視線をさまよわせている人なのだ。

会話をかわすようになった当初はよく聞き取れなくて、何回も聞き返してしまった。

ごめん、いま、なんて言ったの。

彼はこちらをちらりとみて答える。

べつに。

たいしたことじゃないという風に。

なんて愛想のない奴だろう。

そして、自分が何故か悪いことをしてしまったかのような、少しの罪悪感。

実際は、何事もなかったかのように、次の会話をふってくれるから、気分を害したわけではないのだろうけれど。

だから、彼と会話をするときはいつも、彼側の耳をそばだてて彼に注意を向ける。聞きもらさないように。

全身にある私の意識が彼側による。ときどき、耳が熱くなる。

身長差の弊害だ。長い手足をもてあますように、踊るように歩く彼の隣で、一生懸命意識を向ける。

そして、別れたあとは、緊張からか少し溜息をつく。

そんな私を彼は知らないし、私もいわない、べつに、たいしたことじゃない。


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