事件は突然に
毎日更新が全然できてなくてすみません。
おかしい。
エリスさんと、今日の夜に話す予定になっていたのだが、夕食の時間を過ぎ、日付が変わっても帰ってこない。
下っ端の魔術師と違い、通常であればエリスさんはとっくに帰ってきているはずだ。城に当直に当たるということもない。
「どうする……?」
ノエルはとっくに寝てしまっているし、夜は召使いも庭師もこの屋敷にはいない。
城まで様子を見に行くとしても、ノエル一人を置いていっていいものなのか。
悩んでいると、玄関ホールから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。慌てて顔を出すと、金属鎧に身を包んだ数人の兵士と、同じような鎧に青いマントをつけた女騎士が立っていた。
「夜分遅くに失礼する」
何故騎士をしているのかわからないほどの美女だった。だが、それよりも。
「オルド様でお間違いないか? 至急、ノエル様と共に城へ」
女騎士の表情は厳しい。エリスさんがこの場にいないことと何か関係があるのだろうか。
彼らの胸に輝くエンブレムは、確かにミリュー王室の騎士団を表すものだ。俺は社交界に詳しいわけじゃないからわからないが、恐らくこの女騎士もどこかの貴族の娘なんだろう。
それが、わざわざこんな物々しい様相で俺たちを迎えに来る。いい知らせでないことだけは、確かだ。
「構わないですが、ノエルの支度をしないと」
「そのままで構いません。あちらで用意させます」
淑女に準備のいとまも与えない……。
それだけ事態が芳しくないということか。
よく見れば、引き連れている兵士たちも女性のようだ。
「若草騎士団でしたか」
「ええ、まぁ詳しいことは馬車で」
若草騎士団はミリューの中でも、家を継がなかった次女、三女にあたる貴族の娘たちが中心になって組織される騎士団だ。
魔術と剣術の両立は少数精鋭だが確かに脅威となる。だが何よりその特色は、全員が女性だということか。
「お連れしました!」
兵士の一人が、眠そうな目を擦るノエルを連れてくる。不安そうに俺の服の裾を握りしめる。
「大丈夫だ」
さすがに寝巻きでは夜は冷える。外套を羽織らせ、俺たちは馬車に乗った。
俺とノエル、そして目の前に女騎士とその副官が座る。
「あいさつが遅れてすまない。私はカルラ・ベアード。こっちは副官のメリアロッテ」
「よろしく。それで、何があったんです?」
馬車が進む。俺の問いに、カルラが切れ長の瞳を細めた。
「……アペンドック家が多くの政敵を抱えているのはご存知だろうか」
「え、ええ。それはまあ」
「よろしい。では、具体的にそれがどの家になるかについては?」
俺は質問の意図を推し量るようにカルラを見つめた。
政敵、という意味では、このカルラの生家であるベアード家は除外される。確か穏健派だったはずだ。
対立関係にある過激派。そこの筆頭はレティスの家だ。
「一番最初に思いつくのは、ヴァルキード家ですか」
「そう」
カルラが難しい顔をして俯く。隣のメリアロッテが、引き継ぐように声を上げた。
「エリス様が、事故に遭われました」
俺は思わずメリアロッテを、そしてカルラを見る。まるで関連性がなさそうだが、先に政敵の話を出した意図。
「まさか」
「いえ、ご無事です。ですが、ケイン様の事故の件もありますので……」
「メリアロッテ! 喋りすぎよ」
すぐ様、カルラの叱責が飛ぶ。メリアロッテは慌てたように口を噤んだ。
今、聞き捨てならないセリフが聞こえた気がした。
「あの、ケインさんの事故と何か関係が?」
「貴公にこれ以上話せることは現状ではない。それよりも、政敵がいるのだということを知っておいて欲しかっただけだ」
カルラが静かに言う。これ以上の質問は無意味だと判断した俺は、ノエルの様子を見つめた。
さっきまで眠たそうだったのに、事態の重さからか青ざめた顔で俯いている。この前父親を亡くしたばっかりだっていうのに。
「む。着いたな」
覗き窓からは、ぼんやりと王城が見えた。上の方は夜闇でよく見えない。
馬車から降りると、真っ直ぐに城内へと案内された。誰ともすれ違わない。
西側にある区画の部屋の前で止まると、カルラが扉を開いた。
中は病室のようだった。
「お戻りですか」
白いローブに身を包んだ妙齢の女性が、安堵の表情でカルラを出迎える。ヒーラーか。
「問題は?」
「ございません、今は患者も容態は落ち着いています。少しなら話もできますが」
「そうか、わかった」
カルラは頷くと、ノエルの目の前にしゃがんだ。
「この人と一緒に着替えに行ってきて下さい」
「うん……でも」
ノエルが不安そうに俺を見上げる。
「大丈夫だから、行っておいで」
「うん……」
ノエルが数人の兵士たちと部屋を出て行くと、カルラは笑みを引っ込めて立ち上がった。
「こちらへどうぞ」
ヒーラーの女性が、俺を呼ぶ。
仕切りの向こうに、エリスさんがいた。
「オルド、ごめんなさいね」
「エリスさん……」
左半身に、真新しい包帯が巻かれていた。顔の左半分も同様だ。
「何があったんですか!」
「うん……そうね」
エリスさんは申し訳なさそうに呟く。まだ迷っているのだろうか。
「エリス様、僭越ながら。もう隠しておくのは限界かと」
カルラの言葉が後押しになったのかはわからないが、エリスさんは悲しげに頷くと口を開いた。
「ケインが……あの人が亡くなったのは、本当は事故ではないのよ」
その言葉に、俺はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。いや、予測はしていた。メリアロッテの言葉だ。
それでも、だ。何故ケインさんが?
「犯人は……ヴァルキード家ですか?」
声が震える。怒り狂ってしまいたかった。
「わからないの。でも、魔術師であることに違いわないわ」
色々なピースが噛み合っていく。だから、レティスと必要以上に仲良くなることに難色を示し、俺のレイダリア留学を中止にした。
エリスさんは戦っていたのか。ずっと、一人で。
「どうして、言ってくれなかったんですか」
いっそ、泣き出したかった。もっと頼ってほしい。そう思うと胸が痛かった。
エリスさんに恩返しをするどころか、負担になっている。
「ごめんね、オルド。でも、今回は防ぎきれたけれど、次はわからない」
エリスさんが、自身の身体を忌々しそうに見つめる。
「魔力を封じられているうえに、重傷だ。しばらくは養生が必要になるだろう」
カルラの言葉に、改めてエリスさんを見つめる。確かに満身創痍だ。
「……オルド。お願いがあります」
エリスさんが真剣な目で俺を見つめる。
「ノエルと出来る限り一緒に居てあげて。そして、可能なら守って」
俺の答えは最初から決まっていた。
「もちろんです」
見習い魔術師にしか過ぎない俺だけど。もう二度と、家族を失うものか。
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エリスさんと面会したノエルは、号泣したうえで泣き疲れて眠ってしまった。
エリスさんは日が昇ったら屋敷へと帰り、そこで養生することになる。さすがに今までのように昼間、しかも召使いだけという事態にはできなくなった。
「交代で我が騎士団のものをやろう」
カルラの申し出を受けることにした。俺もしばらくは看病のために学院は休む。
「今回はさすがに、騎士団も動かざるを得ないだろうな」
エリスさんの命を奪えなかったことが、敵にとっての痛手になってくれるといいんだけどな。
騎士団には、なんとか敵の尻尾を掴んでもらいたい。
「カルラ、頼んでいた件なんだけれど」
「ええ、構いませんよ。調査と護衛という名目で陛下からお許しは頂いております」
俺が物思いにふけっている間に、エリスさんとカルラの間で何やら纏まったようだった。
「では、そういうことで頼むぞ」
カルラが右手を差し出す。
「ええっと」
「聞いていなかったのか! 私が貴公の教官になるという話だ」
いや、聞いてなかったよ。
俺が呆然としていると、エリスさんが助け舟を出してくれた。
「魔術の講師の件よ」
「ああ! よろしく!」
慌ててカルラの手を握ると、カルラは満足そうに頷いた。
なんだか、とても優しく教えてくれそうにないな。うん。