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優しい思い出

ほのぼの回です。多分……。

 あれから数日。相変わらずレティスは怒っているし、キャロラインは変にくっついてくるしで全く勉強に集中できなかった。

 アペンドック家でノエルの世話をしている時が一番心安らぐ時だ。

 エリスさんは、ケインさんが亡くなってからますます忙しそうだった。俺のような半端者に研究の手伝いを頼むのも頷ける。ただ、肝心の手伝いがまだ始まっていない。


 ここに至るまで、再三エリスさんに確認をした。ただ、いつも困ったように笑ってはぐらかされるだけだった。

 俺もさすがに、何かがおかしいと思い始めていた。


「エリスさん」


 今日は学院が休みのおかげで、なんとかエリスさんに会う事ができた。

 何か重要そうな書類の束を持って出掛けようとしていたエリスさんを、俺は呼び止めた。


「オルド、どうしたの?」


 玄関ホールの時計が、午前8時を告げる。エリスさんは少し急いでいるようだった。


「あの、研究の手伝いをそろそろしたいんですけど」


 頼まれた側なのに、逆に頼むのも気が引けた。


「え、ええ……そうよね」


 エリスさんは考え込むような素振りを見せた。俺は直感する。

 エリスさんは何かを隠しているんじゃないか?


「何か気になるなら……」


 俺が続けようとするのを手で制し、エリスさんは真面目な顔になった。


「いいえ……でも、そうよね。オルド、今夜時間はあるかしら」


「え、ええ。大丈夫ですけど」


「では、夕食後に少し話があるの」


 エリスさんは何かを隠し続けていた。だけど、それはきっといい知らせではないんだろう。

 俺に話があると言った今でも、その表情は緊張か苦悩からかあまりよくはない。


「じゃあ、ノエルをよろしくね」


 そう言って、エリスさんは足早に出て行った。後に残された俺は、釈然としないものを感じつつも歩き出した。

 今日は、ノエルと街で一緒に買い物をする予定だった。何も知らないノエルが、キャロラインを「ご招待」してしまったからだ。

 頭痛の原因がやってくるとあって、俺の気持ちは沈んでいたが、ノエルを責めるわけにもいかない。


「ノエル、準備できたか?」


 召使いに準備を手伝って貰っていたノエルが、パタパタと駆けてきた。どうやら、準備万端なようだ。


「お嬢様、お気をつけて」


 恭しく一礼する召使いに笑顔で手を振り、ノエルが俺の腕を引っ張った。


「早く早く!」


 ノエルに腕を引かれながら、さっきまでエリスさんと話していた玄関ホールに戻ってきた。頼んであった馬車が既に到着していた。


「今日は何を作るの?」


 馬車に乗り込むと、ノエルが屈託のない笑顔で聞いてくる。ノエルのためだ。ここは俺が折れるしかないだろう。


「そうだな、この前の焼菓子とパンを焼こう」


 既にパン生地は寝かせてあった。あとは焼くだけだから、メインは焼菓子だ。

 焼菓子に入れるジャムは俺の手作りがあるから、今回はナッツ類を選ぶ。あとは酒かな。少し入れると風味がます。


「ノエル、あのお菓子大好き」


 気に入ってくれたのは嬉しいが、それをネタにしてキャロラインの猛攻にあっていると思うと素直に喜べない部分もある。

 馬車が市街地を抜け、下町の市場群へと着いた。馬車から降りると、冒険者や住人たちが何事かと観察しているのがわかった。

 うん、まあ。そりゃあ貴族が馬車で乗り込んで来れば驚くよな。俺はいつも徒歩だし。


「すごい!」


 ノエルはそんなことお構いなしに、瞳をキラキラさせながら賑やかな市場を眺めている。


「はぐれないようにな」


 馬車を待たせ、俺たちは歩き出す。市場の商人の何人かは顔なじみだ。気さくに挨拶をしてくれる気のいい人たちに手を振りつつ、俺は目的の店の前に立った。

 軒先に陳列されているのは、南方原産のナッツだ。色々種類はあるが、今回はノエルに選ばせる。


「すごい、たくさーん!」


 はしゃぎながら商品を眺めるノエルを見ていると、奥から店主が出てきた。


「オルド様、いつもご贔屓にして頂いてありがとうございます」


「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」


「今回は可愛らしいお連れもご一緒ですねえ。いつもはケイン様とでしたのに」


 店主の顔が寂しそうな色を帯びる。市場のどの店も、ケインさんに教えてもらったものだった。この店もそうだ。


「ケインさんの娘さんですよ」


 俺が店主に言うと、彼は納得したように頷いた。


「ノエル様でございますね。それでは、ノエル様にはとっておきをおつけしましょう」


 店主は一度店の奥に引っ込んでいった。

 両手にナッツの入った袋を抱え、ノエルが戻ってきた。


「オルド、これ!」


「おお、それって」


 ノエルが選んだのは、いつもケインさんが焼菓子に入れるものだった。中々にいい目をしているぞ、ノエル。


「でもね、どうしても一つ、いっつも上に乗っかってたのがないの」


 ノエルが悲しそうに腕の中のナッツを見下ろす。

 そこに、店主が袋を一つ持って戻ってきた。


「ノエル様、お探しのものはこちらですか?」


 店主が差し出したのは、緑色の皮に黄色い果肉が特徴の野菜の種だった。ナッツではないから店頭には置いていないが、栄養価の高さと香ばしい味わいが菓子類や料理にもあう。


「これ!」


 ノエルがパッと笑顔になる。本当に、よく憶えてるなあ。


「差し上げますよ。これからは、ぜひノエル様もご贔屓にしていただけると嬉しいです」


 今回は代金はいらないと言われた。彼なりにケインさんへの弔意を表しているのかもしれない。俺とノエルは礼を言い、次の店を目指した。

 梱包してもらったナッツの袋を抱え、ノエルは大層ご機嫌だった。もしかすると、自分が見ていない父親の姿に触れられて嬉しいのかもしれない。


 次の店でも、結果的に代金は受け取ってもらえなかった。焼菓子に入れる酒を買いにきたんだけどな。料理にも使ってくれと、結局葡萄酒までつけてくれた。

 ケインさんがどれだけ下町の人々に愛されていたのかがうかがえる。


「パパって、すごいね」


 ノエルにもそれは理解できたのだろう。誇らしげに馬車の中で呟いた。

 俺が思ってる以上に、ノエルは強い。虚勢かもしれないけど、ノエルは偉いと思う。

 俺はノエルの頭を撫でると微笑んだ。


「ケインさんもエリスさんも、優しくて強くて偉大な人なんだ。だから、その子供のノエルも、とっても偉いよ」


「ありがとう……」


 ノエルは本当は泣きたかったのかもしれない。だけど、少しだけ目尻にためた涙を拭うと、にっこりと笑った。

 馬車の車輪が石畳を転がる音が、がたんと響く。


 俺はノエルの為に何ができるだろうか。ケインさんとエリスさんへの恩返しの為にも、ノエルの支えになりたい。

 小さな身体で気丈に振る舞うノエルの為にできること。結局、俺にできることは料理と家事くらいしかないんだけど。


 それでも、この笑顔を守りたいと思うことは間違いじゃないよな?

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