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幸せの音

最終回です。

 透けるような青が広がっていた。木々が色づき、実り多き秋の気配が漂う教会は、たくさんの人で溢れていた。

 教会前の広場には、今日の主役を一目見るために集まった民たちが、興奮した様子で並んでいる。俺はそんな民の様子を、控室の小窓から眺めていた。

 白を基調とした上下揃いの洋服は、婚礼様に特別に誂えられたものだった。女王陛下からの命令通り、対外的に国を救った俺のお披露目のため、素材は一級品を使っている。腰にはこれまたお高いサーベルを帯刀している。儀礼用なので、武器としての価値はあまりない。

 俺は長いミリューの歴史で初めての男性当主。これらの明るく前向きな話題が、暗くなっていた世情によい影響を与えるだろうという思惑がある。


「お時間でございますね」


 スチュワードが、目を細めて俺を見る。俺は頷くと、一度深呼吸する。教会の厳かな空気が、否応なしに気を引き締めてくれる。

 小部屋から出ると、祭壇の前に司教と女王陛下が立っていた。礼拝堂の中には、国内の主だった貴族と海外のヴァルキード家の縁者がいた。驚くべきは、俺の遠縁だという人間がいたことだ。

 クレイアイス王室とも遠縁ながら姻戚関係にある、というのは、そういえばアデライドが言っていた気がした。

 肝心のアデライドは、シャーロットを抱いたマリクと俺の親類側に座っている。いや、遠い遠いご先祖様であることに変わりはないんだけど。

 女王陛下に一礼し、礼拝堂の入り口を見やる。厳かなオルガンの音色が響く中、光の向こうからレティスが現れた。


「まぁ……」


「おぉ、美しい」


 どよめきとともに迎え入れられたレティスは、微笑を浮かべながらゆっくりと歩く。純白のドレスに飾り気はないのに、ヴェールで隠されてもなお、輝くばかりの美しさで人々を魅了していく。俺も言葉が出ないまま、近づいてくるレティスを待っていた。

 腕に秋の花々を纏めたブーケを持ったレティスは、花の精の様に可憐でもあった。

 思わず、顔が赤くなる。俺なんかにはもったいない。本当に。

 だからって、誰にもやるつもりはないんだけど。


「お手をどうぞ」


 貴族の婚姻は儀式であり式典だ。いつもの様な軽口を叩き合うことはできない。緊張しながらもレティスの手を取ると、二人で女王陛下に向き直った。


「ここに、新たな時代の幕開けと若い二人の門出を祝おう」


 女王陛下の言葉が、式典の開幕の挨拶となる。俺とレティスを祝福する様に、参列した貴族たちが立ち上がる。

 司教の前に進みでると、女神キルギスの福音を意味する聖句が紡がれ、シスターがリングピローを掲げて跪く。俺の家に代々伝わる指輪と、レティスの家に代々伝わる指輪。それをお互い交換するのだ。

 レティスの細い指に、金色の質素な装飾の指輪はよく似合った。俺の指にも同じ様に指輪を嵌めたレティスが、僅かに腰を折り頭を下げる。


「女神の前で宣誓を」


 司教の言葉に、レティスのヴェールを持ち上げる。ヴェールを上げると、レティスが立ち上がり俺を見つめる。


「レティス・ヴァルキードを、生涯をかけて守ることを誓います」


「オルド・レギンバッシュを、生涯をかけて支えることを誓います」


 宣誓の言葉は、それぞれの夫婦で任意なのだそうだ。俺とレティスはそれを聞いた時、迷うことなくこの言葉を選んだ。

 空よりも澄んだ青が、俺の瞳を切なげに見つめてくる。俺はレティスの肩に手を置くと、そっと唇に口付けた。

 割れんばかりの拍手と、祝福の言葉が礼拝堂を包み込む。腕を組んで通路へ目を向けると、ガチガチに緊張したマリクと、マリクからシャーロットを抱き上げたアデライドが立っていた。

 マリクは貴族の子息が着る、上等な衣服に身を包んでいた。俺の養子の手続きは済んでいるから、親族代表だ。横に付き従うアデライドも、ゆったりとした貴婦人のドレスだった。決して華美ではないが、落ち着いた濃紺のドレスがよく似合っている。その腕の中のシャーロットは淡い桜色のフリルでヒラヒラしたベビードレスで、一枚の絵画の様な美しさがある。


「ど、どうぞ。ちちうえと、ははうえに……」


 顔を真っ赤にしたマリクは、俺たちに花籠を差し出す。レティスが中から花を選び、俺の胸ポケットと自分の髪に挿した。


「さぁ、民たちに英雄の姿を」


 女王陛下の言葉に、俺たちは歩き出す。貴族たちの拍手に見送られ、教会の入り口に姿をさらす。

 拍手と歓声が出迎えてくれた。いい匂いがしているのは、きっと希望の丘の子供たちやファブリス、列席できない若草騎士団の面々が料理を振舞っているからだろう。

 集まった民たちの表情は、思ったよりもずっと明るいものだった。英雄なんてものに祭り上げられたけど、俺の目的はあくまでも彼らの生活をよくすることだ。

 クラレットのおかげで、やろうと思っている事業の方もなんとかなりそうだ。貴族会議での承認も得られたし、これで国内の雇用は上げていけるはずだ。これから春に向けて、壊された建物の再建や戦死した騎士や兵士の補給で、きっと人の流入がある。


「もう、また難しい顔してるわよ」


 腕を組んでいるので、容赦なくレティスが肘打ちをしてくる。さすがレティス、こんなに沢山の人に囲まれていても笑顔を絶やさず愛想を振りまいている。場慣れしているだけのことはあるな。


「ごめんな、レティス。晒し者になっちゃって」


「仕方ないわ。アデライド様もファブリスさんも、ここで英雄視されるのは困るんでしょう? クラレットも商人として動きにくくなるのは嫌だというし」


 女王陛下は、ある程度アデライドの背景を知っていたのか、それともクレイアイス本国から何か言われたのか。冒険者としての報酬を与えるにとどめ、それ以外の要求は何もしていない様だった。まぁ、俺の親族席に座ることだけは懇願された様だけど。それはどうも、クレイアイス本国からの要請でもあるらしい。これはちょっと、俺もそっちと関わりを持たないとダメってことかな。うーん。


「ほら、笑顔」


「あぁ、ごめん」


 俺が表情を緩めると、若いお嬢さん方から黄色い声が上がる。なんだなんだ。

 驚いていると、レティスが小さく笑った。


「さしずめ、英雄と美しい妻が仲睦まじく微笑み合っていて、素敵ーってところかしら?」


「あぁ、そう」


 自分で美しいと言ったぞ。いや、本当にレティスは綺麗なんだけど。しかし、そうなのか。俺の一挙一動でとてつもない影響が出ると考えたほうがよさそうだ。

 あれ、待ってくれ。それって、政治的な意味で俺の利用価値があるってことなんじゃ。


「……まぁ、今は考えないでおこう」


 俺が一人頷いていると、鐘の音が響きわたる。レティスがブーケを投げようと俺の腕を解放し、身構える。


「おーい、オルド! おめでとう!」


 可憐な少女たちの前に、大柄なスキンヘッドが現れる。おい、そこはまずい。


「あ……」


 レティスの間抜けな声を横に、ブーケは少女たちではなくむさいハゲ親父の腕の中へ。おい。


「……あー」


「う……そんなぁ」


「まぁ……」


 民たちはあるものは笑い、あるものは落胆し、あるものは静かに涙を流し。


「お、おう……なんかすまんな」


 頭を掻きながら困った様子のファブリスは、足元をちょろちょろしていた子供にブーケを押し付けた。


「じゃ、じゃあな!」


「わぁ、きれい!」


 ブーケを受け取った子供は顔を輝かせていたけど、花も恥じらう乙女たちの落胆ぶりはちょっと表現できない。

 まったく、後でアデライドに報告しとこう。

 俺が決意すると、鐘がもう一度鳴り響く。式典の終わりを告げる音だ。

 秋晴れの空が、人々の笑顔が、俺の歩んだ道が間違いではなかったのだと言っている様で。俺はもう一度レティスに身を寄せると、口付ける。名残惜しげに離れたレティスは、はにかんだ様に微笑んだ。

 どんなことがあっても、俺はレティスと生きていく。歩くごとに守りたいものが増える欲張りな俺は、きっとこれからもレティスをこまらせ、悩ませるんだろう。それでも。


「レティス、君を愛してる」


「私もよ、オルド」


 幸せそうに微笑むレティスを抱き締めて、人々の拍手や歓声を聴きながら。俺はこの上ない幸せを噛み締めていた。

これにて完結となります。ここまでお付き合い頂いた皆様、ありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。続きを書きたくなりそうなので、そんな伏線も用意しつつ、ひとまず完結と相成りました。

「vivre」や「平凡な主婦の勘違いから始まる異世界転移」も、よろしくお願いします。

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