新生
次回最終回になります。
子供たちが客間でぐっすりと眠った後、俺はシスター・レインとジェミルを呼び出した。どうしても今夜、話しておかないといけないことがあったからだ。
「掛けて」
長椅子を勧め、俺もその向かいに腰を下ろす。二人が腰掛けたのを確認して、俺は口を開いた。
「テュリナとシャリナが、見つかったよ」
「まぁ……! 本当ですか? 女神キルギス様の思し召しですね……」
シスター・レインが、嬉しそうに目を細める。隣にいたジェミルも、安堵の表情を浮かべていた。
それだけに、これから伝えることを戸惑いかけ……意を決して言葉に乗せる。
「ただ、もうみんなと生活することは不可能だ」
「な、何故です? まさか……」
表情を曇らせ、最悪の想像をしたらしいシスター・レイン。彼女は俺を見つめ、瞳を揺らした。
「いや、無事なんだが……ネージュ」
控えの間で待っていたネージュに、声を掛ける。後ろから、テュリナとシャリナも一緒に入ってくる。
三人並ぶと本物の姉妹のように見える彼女たちは、ゆっくりと俺たちの側まで歩いてくる。
「二人とも、無事だったのね……でも、元気そうに見えますが……」
訝しげな視線を投げかけるシスター・レインを、俺は咎めることはできない。
「ネージュ、説明してやってほしい」
「わかった」
ネージュは頷くと、シスター・レインとジェミルに深々と頭を下げた。
「すまない。私の力不足で、彼女たちは最早人ならざる存在へと成り果てた……」
そうしてネージュが、双子の辿った結末を語る。シスター・レインもジェミルも、驚いたように言葉を失っている。
「……だから、私は彼女たちとともに国へ帰ろうと思う。許してほしいとは、言えない。二人からもあなたたちからも、私は家族を奪うことになる」
ネージュが最後にそう言うと、シスター・レインが静かに嗚咽を漏らす。テュリナとシャリナは、そんなシスター・レインを不思議そうに見つめている。
「……ネージュさん」
事態を静観していたジェミルが、口を開く。ネージュはその視線を受け止め、僅かに首を傾げた。
「許す許さないは、僕たちが決めることではないんです。ですが、あなたが二人を守ってくれる。新しい家族になってくれるというなら、僕たちがそれを怒ることはできませんよ」
「でも」
なおも言い募ろうとするネージュの言葉を、ジェミルが遮る。
「それに、僕たちはずっとこの国にいます。いつだって会いに来ていいんですよ。そうですよね、先生」
「うん、そうだな」
実際には国外追放を言い渡されたネージュたちに、頻繁にミリューへ来られるかと言うと難しい。それでもジェミルの気持ちは、嘘偽りのないものなんだろう。
ネージュも、そんなジェミルを安堵の表情で見つめた。
「……必ず、二人を守ると誓う」
「僕にとっては妹みたいな二人なんです。よろしくお願いします」
静かに頭を下げたジェミルは、年齢よりも大人びて見えた。希望の丘の子供たちは、俺が思っているよりもずっとずっと逞しい。
+++++++
すぐにでも吸血鬼の国へと戻るというネージュたちを見送り、俺は自室へ戻ってきた。
色々とあってバタついていたけど、実は仕事がたまっている。
そしてここにきて、まさかの家督の相続を許された。最優先でやらなくちゃならないのは、俺が家督を継いだことを知らせるパーティか。
ただこれは、社交界シーズンがそろそろ終わりに近いのと、国がこんな状況だからな……。女王陛下から正式な場で与えられたわけでも、爵位を賜ったわけでもないわけで。まぁ、家を継ぐということは、母さんの爵位である侯爵家を名乗ることになるのか。
完全な余談だけど、グエリンデル卿は一代限りの大公家らしい。結局、あの人が若くないってことはわかったけど、どういう存在なのかは俺にもよくわからなかったな。
「とりあえず、今は後回しか……」
家関係の書類はひとまとめにして、後で処理する箱に入れておく。分類することで、少しでも作業を楽にしておきたい。
希望の丘関連でいえば、春から孤児院の建設依頼が最優先事項だ。ジェミルとの連携はそこまで急ぎではないけど、まさか冬の間子供たちの教育をおろそかにするわけにはいかない。やっぱりこれも早めに着手すべきことだと思う。
何より、新しい孤児院ができるまでの子供たちの仮住まい問題もある。レギンバッシュ家の資産は少なくはない。だけど、これからたくさん金が必要になってくる。そうなると、冬の間ここで子供たちの面倒を見続けるというのもちょっと厳しい」
「ん……?」
そこでふと、クラレットが纏めてくれた資料に目がいった。街で展開しようとしていた、俺監修の食堂に関しての。
「あ、そっか」
ポンと手を叩き、資料を手に取る。
食堂兼宿屋、冒険者向けのサービスを行う。まだ人は雇っていない。施設は居抜きで安上がりにするつもりで、いくつか絞り込んでくれている。うん、クラレットに要相談だけど、これ意外といけるんじゃないかと思う。
元々、この国の民の雇用にもなればと思ったものだ。向き不向きはあるだろうけど、子供たちには冬の間店を手伝わせる。社会勉強にもなるし、今回の騒動で新たに孤児になった子供たちの受け入れもある程度できそうだ。できれば、店の近くに寝泊まりできる施設も用意すべきか。
「あとは、流通がどこまで回復するかだけど」
混乱していた情報網も回復してきて、商人たちも利益を取り戻そうと躍起になってきているところだとは思う。しばらくは物価も激しく変動しそうだけど、その辺りはクラレットに相談か。クラレットに頼りすぎな気もするけど、こればっかりは仕方ないな。俺はそこのところは素人だ。下手に口出しするより、お任せしてしまう方がいいと思う。
「あとは、そうだな……」
今回孤児になった子供たちは、最優先で受け入れていく。それは決まった。ある程度それも進めながら、同時進行で店の準備。これも問題はなさそうだ。あとは。
「結婚か……」
実は、グエリンデル卿から手紙がきた。内容は、女王陛下からのお言葉というもの。
「国を救った英雄の結婚を、大々的に祝う……かぁ」
正直俺個人はほとんど何もしていないだけに、素直に喜べないところが悲しい。
これには、政治的思惑も絡んでいるだけに断ることは厳しい。何より、民に明るい話題を提供するという目的もある。
まぁでもそれなら、俺も何もできないわけじゃない。多分民たちは俺とレティスを見にくるし、そこでレギンバッシュ家の料理の味を見せ付けてしまう。我ながらすごい案だと思う。お金のことは……うん、この際考えないでおこう。
そうと決まれば、色々と動かなくては。本当に、休んでる暇なんてなさそうだ。
+++++++
日が明け、俺は忙しく動き回っていた。
店関連のことはほぼクラレットに投げ、俺は王城からキャロラインを連れて帰ってきた。許可はもらっていたので、すんなり連れてこれたのはいい。
「オルド様、どうか……このまま父母と死なせてくださいませ」
問題があるとすれば、これだ。キャロラインはすっかり意気消沈し、死んで責任を取ると言ってきかない。
「それはできない。陛下が生きよと命じられたんだ、君は生きていないと」
本当はそんなこともないんだけど、これは俺個人のワガママでもある。というか本当はキャロラインの両親だって助けたいけど、それはさすがに無理だった。
「ですが……わたくしだけのうのうと生きるなんて!」
酷くやつれて顔色が悪いキャロラインは、花のような美しさは影を潜めていた。ずっと泣いていたのか、涙の跡が赤く痛々しい。
「君だって被害者なはずだろ。だけどそんなに責任を取りたいなら……」
キャロラインの表情が、安堵の色を帯びる。
「君の兄が仕出かした罪を、君は孤児のために生きることで贖うべきだ」
「……孤児たちの、ために?」
「そうだよ。ご飯を食べさせて、シーツや衣服を洗ってやって、本物の家族のように愛情をかけて。時に優しく、時に厳しく見守る」
キャロラインは青ざめた顔をして震えていた。他者の人生を預かる。それは今のキャロラインにとって、どれ程の恐怖を感じるか。まして、自分の兄の不始末で親を失った子供たち。
「死んで終わりにするより、一番いい償い方だと思わない?」
「えぇ……えぇ……」
キャロラインの口から、小さく嗚咽が漏れる。きっとこれからの彼女は、辛く苦しい人生を歩むことになる。それでも、子供たちと触れ合うことで少しでも生きる力になってくれるんなら。
「ありがとうございます、オルド様」
しっかりと呟いたキャロラインは、もう人生に絶望した無力な少女ではなかった。
「君なら大丈夫だよ、キャロル」
彼女の愛称を初めて呼んだ俺に、キャロライン……キャロルが目を丸くする。
「まぁ……もっと早く、呼んでいただきたかったです」
苦笑いを浮かべた彼女は、もう俺への想いも吹っ切れているようだった。俺はなるべく優しい笑顔を浮かべる。
「でも、ありがとうございます。わたくし……いいえ、私は、今日からキャロル。ただの、キャロルですもの」
ほんの少しの寂しさを滲ませ、キャロルが微笑む。
この日、キャロライン・アシェットという貴族の娘が死に、キャロルという平民の娘が生まれた。




