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それぞれの道へ

希望の丘回。

 俺とレティスはなにも、お互いの気持ちを確かめ合っていただけってわけじゃない。

 実は、レティスに大事な相談があったのだ。


「……あなたなら、そうすると思ってた」


 俺が考えていたことを伝えると、レティスはあっさりと肯首する。俺は些か拍子抜けしてしまった。


「怒らないのか?」


「むしろ、怒る道理がないけれど……オルドがそうしたいって思うのも、わかるしね」


 レティスは肩をすくめると、料理を載せたワゴンを押す。既に希望の丘の子供たちは、食堂に集まっているらしい。さっき召使いが教えに来てくれた。


「まぁ、あとは本人が了承するかなんだけど」


「そうね。了承してくれるといいわね」


 レティスの言葉に、俺は頷く。恐らく、集まっているみんなを驚かせるだろう提案に。喜んでくれるかは、わからない。だけど、何かしたいと思ったのは事実なんだ。

 考えごとをしている間に、食堂の前まで来ていた。召使いが扉を開くと、シスター・レインと希望の丘の子供たちが座って待っていた。俺とレティスがワゴンを押して入ると、子供たちが興味津々という様子で見てくる。その輪の中に、マリクとシャーロットもいた。


「オルド!」


 パタパタと駆けてきたのは、ノエルだった。もう俺に抱きついてくるようなことはないが、その表情は満面の笑みだ。今日のノエルは、アペンドック家の代表だ。希望者がいれば、子供たちのうちの何人かを使用人として引き取るための。


「ノエル、ご苦労様」


 待っている間に飲み物を振舞っていたノエルは、初めて子供たちに会った時のような頼りない様子はなかった。

 俺が側で支えるなんて、もう必要ないって思えるほど、ノエルは成長した。


「さてみんな、今日はわざわざ足を運んでくれてありがとう。まずは、食事でもしてゆっくりしてくれ」


 さすがに招待した俺が給仕までするわけにはいかないので、召使いに引き継ぐ。俺は子供たちに混じって席に着き、楽しそうに料理に手を伸ばす子供たちを観察する。

 ここに、テュリナとシャリナはいない。本当なら、二人も一緒に食事を囲めるはずだったのに、その未来は閉ざされた。人と吸血鬼では、所詮生きる世界が違う。まだネージュとは相談していないけど、多分二人もミリューを出ることになるんだろう。

 食事をとり終わり、レティスのカップケーキを美味しそうに平らげたのを見届けて。子供たちの前に食後の紅茶が並べられるのを見計らって、俺は口を開く。


「みんな、聞いてほしい」


 談笑していた子供たちが、一斉に俺を見る。

 一人一人の顔を見て、俺は続ける。


「みんなの、これからの処遇に関してだ」


 子供たちが不安げにお互いを見つめ合う。まだ気持ちが固まっていない子もいるはずだ。


「まず、孤児院は復興するつもりだ」


 これには、明らかに安堵の声を漏らす子たちが多かった。主に年少の子たちで、やはり孤児院といっても家がないのが不安だったんだろう。


「でも、それには時間がかかる。前にも行ったけど、これから冬が来るからね」


 雪が積もれば建物を建てるのは困難になる。新しい孤児院が完成するのは、早くても来年だと思う。


「前に言ったと思うけど、みんなにはこれからどうするかを選んでほしい」


 子供たちが顔を見合わせ、真っ先にドイルが立ち上がる。


「俺は……ノエルやみんなのために、強くなりたい」


 真剣な目で、俺を見つめ返すドイル。まだまだヤンチャで、座学は苦手だとはにかんでいた少年は、しっかりと二本の足で立っている。


「ドイル、ノエルの家に来てくれるの?」


 瞬きしてドイルを見つめるノエルは、とても驚いているようだった。


「……だって、またこの前みたいなことが起こって、誰も守れないの嫌なんだ」


 恥ずかしそうに頬をかくドイルは、ぶっきらぼうに言うと椅子に座りなおす。俺はゆっくり頷くと、ジェミルを見つめた。


「ジェミルはどうしたい? 望むなら、留学の件を進めてもいいんだよ」


「……いえ、オルド様。できれば僕は、希望の丘の再建のお手伝いがしたいんですけど」


 今回の件で、親を亡くした子供はまだまだ出てくるはずだ。これからも、孤児は出てくる。自分たちと同じ境遇の子供たちの手助けがしたい、とジェミルは言う。


「うん、わかった。じゃあジェミルは、我が家で雇うことにしよう。俺がこれから忙しくなるし、君には先生を目指してもらおうか」


「い、いいんですか?」


「ジェミルなら、きっとケインさんも太鼓判を押すよ。もちろん困ったことがあればいつでも言ってほしいし、俺もなるべく顔を出すようにするけど」


「が、頑張ります!」


 これでジェミルも決まった。冬の間は、ケインさんの資料を基にして勉強してもらおう。まだ十二歳のジェミルには荷が重いかもしれないけど、元々彼は年少の子供たちの勉強はみれているし。ただ、折を見て留学にはいかせたほうがいいかな。外の風っていうのは案外大切だ。


「あの……テイルとクーリエはまだ小さくて。お仕事なんてとてもできなくて……」


 ベリンダが、悲しげに幼い兄妹を見る。まだ七つと六つ。確かに、外に放り出すことは不可能だと思う。


「あのね、ノエル付きの侍女なら……どうかな? テイルも、侍女は無理だけど、庭のお花のお手入れとか……」


「ノエル様のですか?」


 ベリンダが首を傾げる。


「あのね……ほんとは、二人とも歳が近いから……」


 恥ずかしそうに俯くノエルに、ベリンダが安堵の表情を浮かべた。


「二人をお友達に、ということですか?」


「お友達?」


 クーリエが嬉しそうに笑顔を見せる。その様子を見て、ベリンダも小さく頷いた。


「そうよ、二人はどうしたい?」


「ノエル様の、お友達!」


「僕もー」


 よかった、これでこの兄妹も居場所ができそうだ。ノエルも嬉しそうだしな。

 幼い兄妹の行き先が決まった安堵からか、ベリンダが口を開く。


「オルド様、私は教会に入りたいと考えていたんです」


「教会に?」


「えぇ」


 将来の夢はないと語っていたベリンダが、自分の望みを言おうとしている。俺は注意深く耳を傾けた。


「シスターになれば、治癒魔術を覚えられます。それだけではなく、孤児院の助けにもなれる。みんなの力にも、きっと……」


「望むなら、レイダリアの魔術学校へ留学の道もあるんだよ」


 別の道もある。だがベリンダは、首を横に振った。


「シスター・エリダは、私たちを守るために逝ってしまいました。シスター・エリダのお志を少しでも継げたらと、そう思うんです」


 静かな、だけど強い意志が感じられる口調だった。俺は頷き、笑顔を向ける。


「うん、わかった。では教会に紹介状を書こう。ただ、君の家はいつだって希望の丘だし、家族はいつだって側にいるからね」


 ベリンダは頷くと、ゆっくりと椅子に座り直した。

 これで、希望の丘の子供たちは、今後の身のフリが決まった。


「さて」


 俺は口直しの紅茶を口に含む。すっかり冷めてしまったけど、渇きを癒すには充分だ。


「あとは、君だな。マリク」


 じっと俺たちのやり取りを聞いていたマリクが、困ったように俺を見つめた。


「お、俺……?」


「正確にはシャーロットもだけど、彼女はまだ自分の意思では決められないし。君が決めるしかないけど、どうしたい?」


「そんな、急に言われても……」


 まさか自分に話題を振られると思っていなかったのか。マリクは腕の中のシャーロットに視線を落とした。


「……希望の丘再建の後、入所したいというなら優遇する。何か仕事をしたいというなら探すし、希望があるなら言っていいんだよ」


 マリクはひどく悩んでいるようだった。それはそうだろうと思う。

 急に親が死んで、幼い妹を守らなくてはいけなくて。本当は不安で泣きそうなはずなのに、マリクは必死に大人になろうとしている。

 かつての俺とも、ノエルとも重なる姿。何より、俺は。


「もう一つ」


 俯いていたマリクが、顔を上げる。不思議そうに俺を見るマリクを、真剣な目で見つめる。

 レティスに相談し、あっさり受け入れられた案だけど。やっぱり口にするときは緊張する。


「マリク、レギンバッシュ家の養子になるつもりはないかな」


「え……え?!」


 俺の言葉に、マリクが素っ頓狂な声を出す。そんなに驚くことかな。はっきり言って、貴族の世界だと私生児をこっそり実子として擁立とか多すぎて当たり前になりすぎているし。

 まぁこの場合、俺はそんな小細工するつもりはない。多分養子に迎え入れても、マリクはレギンバッシュの家督はこのままでは継げないだろう。


「……マリク、私からもお願いがあるの」


「え、っと」


「私はレティス・ヴァルキードです。私とオルドは結婚するけれど、そうするとヴァルキードを継ぐものがいないの。色々あって、今貴族の派閥のバランスが悪くって。お母様は、非常に困っておいでなの」


 言ってしまえば、シャーロットに将来ヴァルキード家を継がせるつもりなのだ。俺たちに死ぬほど子供でもできればそれも回避できるけど、こればっかりはなんとも言えない。


「もちろん、無理にとは言わない。もし家督を継ぐ必要がなくなった場合、君たちには分家として分け与えられるものも用意するつもりだし」


「な、なんでそこまで」


「同じだからだよ」


「え……」


 俺だって、何もかも奪われて孤児院にいてもおかしくなかった。周りの人たちの優しさで、今こうしてレギンバッシュ家の家督を正式に継げただけで、俺自身は恵まれていただけに過ぎない。


「だから、手が届くなら助けたい。もちろん、誰でもいいってわけじゃないから。マリクなら、きっと俺たちともうまくやれると思ってさ」


 こっちに打算がないわけじゃないけど、それ自体は本心だった。

 マリクはかなりの時間悩んでいたようだけど、ややあって頷いた。


「よろしく、おねがいします……」


 おずおずと頭を下げるマリクに、ノエルが駆け寄った。


「よろしくね、マリク!」


「え、う、あ……」


 真っ赤になりながら口をパクパクするマリクに、ノエルが抱きつく。ノエルにとって、気軽に会いに来れる歳の近いお友達が一人増えたことになる。

 しかし、羨ましい……。最近のノエルはなんていうか、人見知りが減って俺に頼ってくれなくてちょっと寂しいな。うん。


「みんなの身のフリが決まったところで、シスター・レインには引き続き希望の丘のシスターをお願いしたいんですが、いいですか」


「えぇ、えぇ……もちろんですわ!」


 うっすら涙を浮かべたシスター・レインが、しっかりと頷く。

 これで、子供たちの今後に対する憂慮はなくなった。


「じゃあ、それぞれ詳しい説明は後でするよ。今日のところは屋敷に泊まっていってほしい。ノエル、ドイルたちの件は、そっちの準備ができたら連絡してくれ」


「うん、わかった。多分そんなに待たせない!」


 ノエルもやる気十分だ。

 まだまだやらなきゃいけないことは多い。だけど、子供たちのことが一段落しただけでも、大きな収穫だった。


 そう。見習い魔術師なんですが、今日から育メンになったようです。

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